夢色シャトル

□カラクリの夢
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「よお。」
「おう。」

何の事はない、ただの返事。
何の事はない、ただの挨拶。
片方が手を上げれば、もう片方も手を上げる。
その掌には陽介と、もう一人の男には巴と名前が書いてあった。

「派手にやられたな。」
「そうでもねえけど。」

陽介が巴の片方の腕を撫でれば、巴が軽く頬を掻いた。

「走ったか?」
「かっこよかったか?」

疑問符で告げれば疑問符で返してきて、巴はにへっと笑う。

「腹減ってるか?」
「いや、別に…」

巴の腕を離して陽介が尋ねると、それには巴は無表情で首を振った。

「ストロベリー」
「もういいって。」

いるか、と何処からか差し出したアイスをつき返されて、陽介は少し残念そうにした。
けれどもやはり笑顔は消さずに、アイスを手放してぐしゃぐしゃと巴の頭を撫でる。

「お疲れ様、巴。」
「ああ、ありがとう。」

素直に告げる巴に、まるで人が変わったようだなんて陽介は嘯く。
しかし巴は言い返すことはしてこなかった。

「なあ、陽介。」
「ん?」
「お前の目には如何映ってたかな、俺。」

「そうだな。お前は、」

そこで陽介の視界は暗くなり、目の前に居た巴の姿が跡形もなく消えた。
まだ、まだきちんと彼に伝えきれていないと言うのに。
けれど消える寸前の一瞬だけ、彼が確かに笑っていたように見えたから陽介はもうそれで良かった。

「陽介、大分お目覚めが良さそうじゃないか?」

ぱちっと目を開けた瞬間、耳に飛び込んでくる声。
陽介は寝心地があまり良くないソファに頭を預けていることに気付くと、ゆっくりと上半身を持ち上げて自然と欠伸を吐いた。
振り返って机の前でにこやかに迎える所長に、陽介はぐしゃぐしゃと頭を掻き毟って笑う。

「なんだ、可愛い助手の寝顔を見てたのか?」

周りを見渡せば、普段居るはずの眼鏡の青年や、彼を愛しく思っているその妹や、魔眼を持つ女性が居ない。
やる事もないだろう橙子の事を冷やかすように言えば、橙子は意外にも薄く笑った。

「可愛いだけは訂正して欲しいがな。」

遠回しにその通りだと言いたげな橙子に、やや陽介の鼓動は早くなるが、そうか。と冷めた声で返して胸中穏やかにする。

「何か良い夢でも見てたのか?」

橙子がそう陽介に問えば、陽介は一度体の動きを止めて、額にあった手を静かに下ろした。

「ああ、そうだな。」

先程まで自分の頭を掻き毟っていた手と、もう片方の誰かを撫でたような感覚のある手を交互に眺めて、陽介はふっと笑った。

「一等賞の走者の夢を。」

◆君は確かに此処に居た

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