夢色シャトル

□朝と夜の中間地点で
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俺とその少女が追いかけっこをする事は最早日課になっていた。
といっても、俺の方が勝手にその娘を追いかけているというだけで、悪く言えばストーカーと言う状況に陥っている。
勿論、彼女もそれを知りながら、毎度毎度顔を見るなり徹底的に何処かへと逃げ去っている。
だが、やがて根負けして最終的には彼女の足は止まってくれるのだ。

今日も今日とて、見つかったその姿に奈緒、とその名前を呼んでは見るがやはり無視、無言、見向きもしない。
三連コンボに流石に参るが、普段からの経験でへこたれないのがこの自分。

やがて、奈緒が背伸びをしてくるっと此方に振り返った。

「あんたさあ、本当に毎日毎日良くやるわ。
なに?意味わかんない。そんなに私がいい訳?」

きらりと奈緒の瞳が輝き、奈緒は耳元の髪を指で掻き揚げると、前かがみになってこちらの顔を覗き込む。
そして自分の胸元に手をやって、厭らしく指を這わせた。

「それともなーに?あんたも私にお賽銭恵んでくれるっての?
いいわよ、それなら大歓迎。
まあ、昔なじみの縁で?おさわりくらいは許してあげる。」

いや、それは御免被る。
一歩引いてはっきりとそう物申せば、すぐに不機嫌そうにふんと鼻息を荒くして奈緒は顔を背けた。

「だったらさっさとどっかに消えなさいよ。目障りなのよあんたみたいなタイプ。俺は何もしていません、ただ誠実に不良少女を全うな道に正そうとしているだけですっていう、偽善的第三者ヅラ。ああウザいウザい。」

吐き気がするわと心底嫌そうに両手を振って、早口で捲くし立てる奈緒。
いつもは不敵な笑顔で食って掛かってくるくせに、今回の終いには此方に背を向けて、視線を合わそうともしなかった。
恐らく呆れているのだろう。
いつもいつも幾ら振り切っても必ずその背後にたどり着いている、まるで金魚の糞とも言っていいような俺に困り果て、心底では疲れ果てているに違いない。

でも、それなら、本気でそれなら何故いつも奈緒は。

「ねえ、あんたさ。いい加減本当にウザくない。」

それは、どっちが?
問い掛ければ奈緒は一瞬だけ間を置いて、上ずった声で「あんたに決まってるでしょ!」と怒鳴り込む。
俺はそれに少しだけ胸を痛めながら苦笑して、確かにそうだよな。と改めて感じる。でもそう訊ねてしまったのは、恐らく奈緒の声がいつもの元気がまるでなくて、奈緒でないように感じられてしまったから。

「毎度毎度、何が好きで私なんか追いかけてくんのか…理解に苦しむわー、その馬鹿っぽさ。」

その答えを出す前に、奈緒が声のトーンを下げて話しかけてきた。
夕暮れに照らされて眩しく光る奈緒の後姿が、少しだけ綺麗に思えて、けれどもとても寂しげに見えた。ふと視線を落として奈緒の影を見れば、長く伸びるその影が遠く見えた。

昔はよく二人で時間を忘れて遅くまで影踏みなんて遣ったもんだよな、なんてふと思い出して懐かしくなった。
何故か無性にその影を踏みたい衝動に駆られて、ふらりと足を其方に向ける。
そう言えば影踏みではいつも俺が奈緒を追いかけて、その度に何度も買っていた記憶がある。逆に奈緒が俺を追いかけてくることなんてあまりなかったんじゃないだろうか。

…ああ。なんだ。思えば俺は昔から彼女を追いかけてばかりだったじゃないか。と、笑いが込み上げる。それは自嘲にも似た、けれども悪くはない気持ちで。

「いい加減、あんたも帰んなよ。
私はもう少し放浪するし。」

けれども俺は立ち去ることは出来ない。とはっきり伝える。

「なにそれ。また『俺はおばさんに奈緒を頼む』って頼まれたから。とか言うわけ?ふざけんじゃないわよね、そんなのもうとっくにかなり昔の話じゃない。あんたが洟垂れ坊主で、私がおぼこのむかーしむかーしの。」

ああ、そうだ。だがそうじゃない。
確かに今までそのお願いの為にずっと自分は此処まで動いてきていた。
けれど奈緒の言うとおり、それはあくまでも自分が洟垂れ坊主でまだまだ子供だった頃の話だ。今では、一応男として成長した自分の今の話では、その意味合いはがらりと変わった。いや、勿論お願いの事を忘れているわけではなく、その部分に更に私欲も加わっただけ。

だって俺は奈緒が好きだから。偽善とかそういったものじゃない。ただ単に、奈緒のことが好きなんだ。

だがそれを言い切る前に奈緒はエレメントの爪先から糸を放出し、何処かへと器用に巻きつけて身体を持ち上げ去ってしまった。

「(聞きたくない聞きたくない聞きたくない)」

「(これ以上私に入り込んでくんなこれ以上私を追いかけてくんなこれ以上私をそんな目で見んな居なくなれ消えろ消えてしまえ)」

◆ おねがい、早く私を 、

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