夢色シャトル

□私を見て!
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「なー、七香。」
「なんよ。陽介。」
「あんまり鮎川苛めるなよ。」

学校からの帰り道。さくさくと一人マイペースに先を行く幼馴染、七香の背中を追いかけながら、陽介は肩越しに此方を見た七香に返した。
すると七香はまたそれか。と言いたげにうんざりとした顔色を見せて、すぐにふいっと前を向いてしまった。

「苛めとらんわ。うちは思うたこと口にしとるだけ。
いつまでも鮎川がぐずぐずやっとるからあかんねんやろ。」

いつの間にか、つかつかと此方を振り放そうと歩きだして遠ざかる七香。
そんな彼女の背中を必死で追いかけて、陽介は足を速めた。

「でも言い方ってもんがあるじゃないか。」
「しゃーないやないの。
こういう言い方しか出来ひんねんもん。
第一うちの言う事、気に入らんかったら向こうから幾らでも言うてくればえーだけの話やろ。
うちは全然かまへんわ。」
「そんな、お前じゃあるまいし…鮎川は謙虚なんだから、もう少し大人しい態度でだな。」

突然くるっと方向転換してきた七香は、陽介をねめつけながらずんずんと此方の方へと歩み寄ってくる。
そして、一歩間を空けて立ち止まると彼を激しく怒鳴りつけた。

「あー!もうっ。なんであんたは鮎川ばっか気にするん!?
ちゅーか、いちいちそれを私に言いに来るってとこが気に入らんわ!
この無神経!もう少し考えたらどないやのッ!?」

ずいっと陽介に顔を近づけると、その胸を人差し指でつんつんと何度かつ突く。
あまりの七香の剣幕に、陽介は驚いて目を丸くする。
普段から彼女の怒りは何度か身に受けた事はあったが、それは今までの事に比べれは幾らか群を抜いていた。

「鮎川やのーて、ちいっとこっちも気にせえっちゅーんじゃボケ………。」

さり気無く視線を逸らした七香は耳の後ろを掻き、ぼそぼそと何かを呟く。
その頬は静かに赤く染まり始めていた。
ぽかんとした陽介は幾度か瞼を瞬かせると、自ら彼女の顔を覗き込む。

「え、ちょっと待って。七香、どういう意味?」
「しっ、知るか!阿呆!アホアホっ、あーほ!!」

折角逸らしたはずだったのに、息の掛かる距離にまで近づいた彼の顔にぎょっとして、七香は子供のような暴言を吐き捨て力強く陽介を押す。
あまりにも稚拙すぎる彼女の言葉は陽介の心に響く事はなかったが、普段よりも力強く押された胸は物理的な意味で少し痛んだ。
ぐらっと陽介が後方へと倒れ掛かった隙に、七香は即座に彼から背を向けて駆け出してしまった。
今度はもう後ろを向く様子もない。
とん、と足を後ろに出して支えにし、陽介は顔を上げて七香の背中に声を張り上げた。

「鮎川と仲良くしろよなー、七香っ。」
「いちいちうっさいわ!人の名前気軽に呼ぶなボケッ」

然程遠くには行っていなかった七香にはその声は容易く届き、その上ご丁寧にも返事を返してくれる。
本当に怒っているのならば無視して返っても可笑しくはない所なのに、こういう所が実に榛原七香らしい。と陽介は去り行く背中を消えるまで眺めて思った。

◆そしてそこが可愛い

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