夢色シャトル

□おにぎり処理班
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「主将、こんなに結び作って如何するんですか。店でも開くんですか。」
「……やかましいっ。」

つい先程楠の姉、檜からの電話によって、楠が製作した机一杯の皿に盛られた大量のおにぎり。
どたどたと激しく慌しい足音を響かせて台所に走る楠を追いかけて来た陽介は、その光景に愕然とした。

「アメリカまで10秒でおにぎり作って持ってきてよ。」

妹をからかうのが好きな檜は、またもやそんな無茶振りを彼女に叩きつけてきたらしく、そのせいで忙しなく彼女はこんなに大量におにぎりを作っていたらしい。
勿論それはただの檜の冗談であり、真に受ける必要なんてものはなかった。
しかし、軽快な姉、檜とは違い、真面目一貫である楠は秒読みを真に受けて本気でこのようにせっせとおにぎりを作ってしまったのだ。
電話を切った後、楠は暫し自分の愚かさを嘆いていた。
だが、陽介は大して彼女を慰める事もなく、ただ哀れむ。
恐らくはどうせ幾ら嘆いても、何度もあの秒読みに引っかかるであろう事が目に見えたからだ。

「送ってやればいいじゃないですか、檜様に。コレをこのまんま郵送で。」
「馬鹿者が!向こうに付く頃には腐るだろうがッ!」

茶化すように陽介が言えば、冗談交じりで行った一言を本気で受け取る楠。
相変わらずの生真面目さだと笑いながら彼女を宥め、きちんと冗談だと言う事を彼女に言って聞かせた。
楠は全く、と唇を尖らせて、山盛りになっているおにぎりをひとつ拾い上げた。

「ん。」
「ん?」

すると、それをそのまま、ずいと陽介の方へと差し出してきた。
おにぎりも此処まで行けば壮観だと改めて山を眺めていた陽介は、彼女の行動に気づくのが遅れて、少し間を空けてからぽかんとする。

「あの、これは…」
「食え。」

たった一言。
問い掛けに対してそれだけの言葉を返し、有無を言わさぬ威圧感で畳み掛ける。

「このままでは勿体無いからお前も食え。
食い物を粗末にするのは勿体無い。」

まるで射殺さんばかりの視線を受けて、陽介はやむを得なくおにぎりのひとつに手を伸ばした。
正直、そこまで腹は減っていないのだが…一つくらいは何とかなるだろうと、陽介はごくりと唾を飲み込んで口を開く。
一口、ぱくっと三角の天辺に歯を立てて割り、口の中で噛み砕く。
すると、調度良い塩加減と糊の味が舌を刺激し、陽介は目を見開いた。

「あ、美味い。主将なかなか料理上手っすね。」

口からは凄く自然な声が出てきたが、実際の所はそれだけでは言い表せないほどに自分好みの味で、陽介は素直に高く評価する。
だが、感銘を受けている陽介とは正反対に楠は先程とは違った様子で冷静に話を流す。

「馬鹿か。たかが握るだけのおにぎりで失敗する奴なんているか。」

被っていた三角巾を取った楠は、ふいっと顔を逸らして「所詮ただのおにぎりだ」と続ける。
確かにおにぎりで失敗する人はあまり居ない気がする、多分。
しかし、同時に絶品だと唸るほどのおにぎりも一般的にはあまりないような気がする。
何はともあれ、彼女の造ったおにぎりは間違いなく陽介好みであり、彼は口を開くのも惜しいらしくただおにぎりを貪った。

「主将…いい嫁さんになれると思うんですけどね。」
「なっ。」
「いや、本当。」

おにぎりを食べ終わった後で、さらっと何気ないことのように陽介が告げる。
ぎくりと大袈裟に肩を震わせた楠が固まった。
しかし気づいていないのか、陽介は手に残った米粒を舌先で舐め取りながら、もうひとつおにぎりを取り上げる。

「主将も食べてくださいよ。あったかいうちの方が美味いですよ。」
「わ、わかってる!」

陽介に促されれば、楠も慌てておにぎりのひとつを掴み取った。
そのままろくに味わう事もなく乱暴に口の中に押し込む楠に、勿体無いなあ。と陽介は惜しむ。
けれども今現在味を楽しんで口を動かしている為に、陽介はそれを口にする事は無かった。

「でも本当、いい具合の塩加減で美味いです。俺は好きですね、この結び。」
「…中身に何も入っていない10秒で仕上げただけのものだが。」
「10秒でこれだけ作れたら十分でしょ。」

陽介は何気ない素振りで再度もうひとつのおにぎりに手を伸ばす。
ひょいと持ち上げた所で自然と出てしまった手に自分で驚いていれば、寧ろ楠の方がぎょっとしていた。

「む、無理するな。残りは私だけでも処理…」
「いやー。なんか本当に美味いんです、コレ。無理とか関係なく、俺これ好きです。」
「そ、そう……か……」

珍しくおろおろとする楠に対して、陽介は微塵も無理をしていないときっぱりした態度を見せた。
楠は彼の毅然とした態度を目にすると、突然顔を赤らめてしおしおと俯いてしまった。
陽介は更に一口を喰らい付こうとして、あ。と何かに気付いたかのように間抜け居開いた口を止めた。

「あ…あんまり食ったらまずいですかね。他の奴らにも分けるんでしょう?」
「………い、いや。いい。あいつ等には余った分をやるから、その…お、お前が好きなだけ食えば良いっ。」

苦笑しながら陽介が遠慮がちに身を引く。
すると、はっとした楠が最初と同じように、ずいっと陽介におにぎりを差し出す。
ぽかんとしながらも、陽介はお許しを貰った事にとりあえず安堵した。

◆嬉しい

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