夢色シャトル

□疑心暗鬼恋心
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女同士の恋愛は、要するにただの恋に恋する延長戦、あるいは依存だと言う。
そんな話をどこかで聞いた、と華南は記憶の彼方に追いやったものを思い返した。
自分がかつて彼女、従姉妹である両儀式に抱いていた感情はほぼそれに近かった。
恋愛感情であり、依存であり。
依存であり、恋愛感情であり。

「しきー。」
「きゃっ、」

曖昧な気持ちの狭間で、彼女と式は互いにその境界線の間に立っていた。
駆け寄ってきた華南が、式の背中にどーんっとぶつかって、彼女の首に腕を巻きつける。
式はじろっと彼女の方を向いて、軽く目尻を吊り上げた。

「今日は式?識?」
「見れば分かるでしょ。」

彼女の背中にぶら下がりながら、おどけてみせる。雰囲気でそんなの直ぐに気付くのに、あえてそれを言う此方に式はとても気分を害したようだった。
華南はそんな彼女にニコニコとして、とても嬉しそうに式の耳元に頬擦りをする。

「そうだよね、見れば分かるよねそんなの。
だって式の事をよく知ってるのはこの私だけだもんね。」

嬉々として子供に言って聞かせるように、何度も何度も確かめるようにして華南が言えば、やっと式の雰囲気が穏やかなものへと変化した。
返答はない。けれども反論もない。
変わりに出てくるのは、溜息と共に僅かな口角を上げる姿。

「もう、華南は。」

それだけで自惚れていいんだ、と華南は思うことができた。
だってこんな風に穏やかに笑うのは、彼女が笑ってくれるのはこの自分の前だけだったから。

恋愛感情と、依存の狭間だったけれど、やっぱり…これは恋愛感情だったのかも知れない、と華南は確信した。

だからこそ、彼女が自分以外である黒桐幹也に依存することが気に入らなくて。
彼女が自分以外の誰かのものとして存在するのが嫌いだった。

まるで子供のように単純に駄々をこねて、憎んで、怨んで、やがて華南は思った。

いらないなら、消してしまおう。
嫌いなら、消してしまえばいいんだ、と。
だって自分にはあの無力な男と違って力がある。
そして自分には式と違って何度も何度もこの手を汚してる。
だから平気。だから大丈夫。
だから、簡単に消してしまえば大丈夫。

常に華南は、右手にナイフ、左手に銃を持っていた。
いつでも彼を殺せるように。
いつでも彼を消せるように。

そうして黒桐幹也を殺す手順はそこに整っていたはずだった。
後は実行するだけだった。
簡単な事。ただそれだけなのに。

彼があまりに優しく笑うから。
此方の殺意も知らずに飲み込むほど笑うから。

「やあ、華南」

と、その名を当然のように、普段から優しく呼ぶから。

「今日もいい天気だよね。」

何でもない事を凄く幸せそうに能天気に笑うから。

「知ってる?近場に良いお店が出来たんだって。」

能天気に過ごすから。

「華南はやっぱり甘いもの好き?僕メロンパンあるんだけど食べる?」

普通に生きているから。
殺意が湧いて、殺意が湧いて、殺意が湧いて、湧いて、湧いて、湧いて、

「華南、」

「…幹也うるさい。」

膝を抱えて寝ていたら、ゆさゆさと肩を揺らす掌。
肩を揺らしては、何度も何度も呼びかけを繰り返す少年。
顔を上げずに呻き声に近い苛立ちをぶつければ、友人の声が更に近くなった。

「でもさ、もう少しで授業始まるし、華南が来ていないと式が心配するよ。
っていうかさっき僕と式がここに居た時に居なかったのに、何処に隠れてたんだい?」

「……何処だって関係ないじゃん。」

「式が、」「識は、」

その名前を彼の口から聞くのも嫌なのに。
彼の口を引き裂いてやりたいほどなのに。
何故か、彼の言葉は穏やかだった。

「華南、行こう。」

うーんと背伸びをしていれば、幹也がそっと手を差し伸べる。
顔を上げればそこには晴天の空に溶けてしまいそうなほどに柔らかく、朗らかなその笑顔。
此方が殺意を持っているなんて全く思っても居ない優しげな瞳。
その純真無垢な瞳に映っている自分。
憎しみも何もなく、ただ、嬉しげに微笑んでいる男。

どくんと、一度胸が高鳴った次の瞬間、殺意と呼ばれる感情が消えてしまった。

思うだけ思って、思うだけ思って思って思ったのに、突然ふっと消えてしまったのだ。

ああ、なんだかもう、いいや。なんて。
幾ら自分が憎しみを持っても、そうした所で彼は一切として自分に憎しみを持つことも、苛立ちを持つこともない。
なんだ、ただ空しいだけではないかと。

だから、悔しくも、苦しくも、その声を、その手を、その腕を、いつしか許してしまっていた。

ナイフはとっくに手の中には無かった。
さて、ナイフを落としたのは一体いつだっただろうか。
銃もとっくに手の中には無かった。
さて、銃を手放したのは一体いつだっただろうか。

憎しみは既に消えてしまっていた。
さて、友人と、自他共に認めたのはいつだったか。

そのどれもが記憶を辿っても確信は持てない。
しかし、確かにそこに存在したのは彼に憎悪を抱く獣ではなく、彼の友人であるただの少女だった。

◆二つの失恋

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