夢色シャトル

□例えば兄妹、あるいは親子
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廊下に差し掛かって、自分の教室に戻ろうとした矢先の事だった。
北条リカは自分の判断を見誤り、此処に来るんじゃなかったと本気で後悔した。

なにせそこには自分の天敵と呼べるあの、あらゆる意味で名高い藤原めぐみが片手に三つ矛を持って、見知らぬ眼鏡を襲っていたからだ。
その眼鏡はとっくに捕まった直後らしく、めぐみに首根っこを掴まれて、じたばたと四肢を動かしていた。
もがいている眼鏡君の口からはまるでジェイソンにでも出会ったような女子に近い甲高い悲鳴が飛び出している。

「やめてくれーッ!たっ…助けて…助けてくれぇぇえッ!!」
「男の癖にピーピーうるせーんだよッ。さっさとあたしの餌食になんな!」
「いやああー!!だ、誰か、誰かぁあああ!」

二人の姿に悪漢に襲われる女子と、それをねじ伏せる筋肉質の男の幻影がリカの脳裏にふと浮かんだ。

「(…うわ、やなもの見ちゃった。道変えよ…)」

あの悪魔的な微笑を携え「リカちゃーん」等と自分に人懐っこい猫撫で声で寄ってくる彼女を少し想像すれば、身震いが止まらなくなった。
考えるだけでぞっとしない。
あの眼鏡君には悪いものの彼に目をつけている限りあの天敵は自分には向かってこないだろう。と、リカは罪悪感を隠しつつ、彼を見捨てて身を隠した。

「いい加減にしろ、めぐみ。」

直後、二人の声ではない第三者の凛とした声がリカの耳に届く。
ごつん。と辺りに響く重々しい重低音。


ではなく、ぺちん。と、酷く薄っぺらい音。
彼女の背中から現れた少年の行動により、めぐみの動きはぴたりと止まって凍りついた。
辺りからはさあっと騒々しさが風の音に包まれて消える。

「(殴った!?…つーか叩いた!?)」

殴るとまでは行かないはずのその行為だったのに、リカはそれを成した行動だけでもひどく驚いてぎょっとした。

顔を上げためぐみは自身の頭を摩りながら、ゆらりと男の方に振り返り、ふるふると肩を震わせた。
対してダメージにはならなかったはずだが、恐らく心の中に蓄積されたダメージは半端内に違いない。

「(な…なんて命知らずなのかしら。アレ絶対殴り返されるわよ。)」

明らかに負のオーラが漂うめぐみの姿にやや後ずさって、リカはごくりと唾を飲み込む。
なんて身の程知らずの大馬鹿野郎なんだろうか。この学校で藤原めぐみに逆らって無事で居られる生徒はいないというのに。この自分も含め。

「う、…わああああッ?!?!なっ…なぐ、陽介、なぐ…めぐみを殴ったぁあああああっ!???うああああ」

ぶわっと大粒の涙を流し始めるめぐみに、リカはあんぐりと口を大きく開いた。

しかしそれを陽介は少しも気にも留めずに、地面に転がる眼鏡君へと手を伸ばした。

「ごめんな。大丈夫か?」
「えっ!?…あ、ああ、はい。その、はい…!」

自分同様に呆然としていた眼鏡君は差し伸べられた手に遠慮がちに頭を縦に揺さぶりながら、静かに起きる。

「ほら、めぐみっ。きちんと眼鏡君に謝りなさい!」
「うえええ…陽介、なぐ…うえええ」
「ああもうっ。後で謝るからッ。今はお前は眼鏡君にだろ!」
「うう、ごめんなさぁ………」

あの、藤原を!殴って泣かせて謝らせた!?

普通ならば男子が女子を殴るなどとてもじゃないが褒められたものではない。
しかし、藤原めぐみとも言えば男や女の類を超えて悪名高く有名で、先生であろうが校長であろうが誰も手をつけられない、超危険人物。
自分含め、彼女に様々な悪行をされた人物はこの学校では数え切れない。
一部では悪人よりも悪人らしいと称されていたりする為、女の部類に入らない。
そんな彼女にここまでのダメージを与えられたものなどむしろ賞賛に値する。

リカは脳天に雷を食らったような衝撃を受けて、ついつい目を釘付けにさせてしまう。
テストの答案をクラスに運ぶことなどすっかり忘れてしまっていた。

陽介の服の裾を掴んでえぐえぐと泣くめぐみは、まるで別人のようだ。
それだけでは飽き足らず、あろう事か眼鏡君の前で頭を下げさせたのだ。
眼鏡君はおどおどしながらも「謝ってもらえればそれで…」と殊勝に丸く収める発言をした。
だが藤原めぐみはやはり納得いっていないらしく、「眼鏡覚えていろよ」等と容姿とは似つかわしくない怨嗟の念をぼそっと吐き捨てる。
そのめぐみの言葉に眼鏡君はひっと上ずった声を上げて再びがたがたと震えだすが、気づいた陽介がすかさずめぐみの頭をぺしりと叩いた。

「あでッ」
「きちんと謝りなさいっていってるだろ、めぐみ!」

お前って奴は!と、くわっと目くじらを立てる陽介に再びめぐみは渋々ながらに眼鏡君に謝った。

「……ごめんなさい。」

陽介に何度も怒られてすっかり大人しくなってしまっためぐみに、最早別人を見ているのではないかといった具合の奇異の視線で二人は陽介とめぐみを見ていた。
最後にぺこりと陽介がいつもの頼りない笑みで笑いかけて謝り、何とかその場は収まったらしい。
そして自分の服を掴んでいためぐみの手を離させ、変わりに手を握って引導して行く。
その姿はぐずる子供を引き連れる母親のようだ。

かくして、嵐のような一場面はひとりの地味男の介入によって事なきを得た。
しかし、それだけでは終わらない人物がここにいた。
先ほどから固唾を呑んで見守っていた北条リカ、まさにこの人物だ。

リカは物言わずに陽介の背中を眺め、そして艶っぽいため息を吐く。

「(…普段は地味でまったく目立たなくて対してかっこよくもない人間なのに、なんなのあの男…。
颯爽と来て、颯爽と事件を解決して、颯爽と藤原をなんとかしていくなんて、まさに神業だわ。)」

ちなみにそんな陽介に見惚れていたのはリカだけではない。

「(陽介君…普段地味なのに、なんてイケメンなかっこよさなんだ…)」

先ほど陽介に助けられたその人物も、まさに今禁断の扉を開く寸前だった。
頬を染めて陽介の行いに感服する二人を知らず、めぐみをクラスへ届けて行った陽介はその途中で大きなくしゃみを起こした。

「はっくしゅ!!!」
「うわっ、陽介どったの!?風邪っ、真水の中に入って服着たまま校舎全力疾走した!?」
「お前じゃあるまいし…大丈夫。それより、さっき頭大丈夫か?」
「頭っ!?え、なに、陽介頭打ったの!?」
「いや、そうじゃなくて…さっき、お前の…悪かったな。」
「私!?私の頭ッ。ちょっと陽介なにそれっ、頭悪いけどッそんな事直球に言ってくる事無くね!?」
「……まあ、いいや。」

◆でっかい子供放棄

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