夢色シャトル

□一生凡人どんとこい
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「お疲れ様、桂馬。終わった?」
「やっぱり現実はクソゲーだ。僕の人生はこっちに限る。」
「またそっちに逃げ込むー。」

今回も女性の攻略を終えた桂馬の丸い背中をぽんと叩くと桂馬は振り返る事無く、ゲーム画面に食いついていた。
華南は、彼の素っ気無い反応にむすーっと頬を膨らませながら、ゲームから聞こえた如何にも現実では聞かないようなオクターブ高い可愛らしい声にがくりと肩を落とす。

「逃げ込んでるんじゃない、僕は僕に攻略(たすけ)を求めている女の子達を救出してるだけなんだ。こうしている間にもゲームの中の子達は僕の助けを待っている。
どんなクソゲーであったとしてもヒロインに悪い要素など一つもない。」
「じゃあそのクソゲーの現実の此処に居るヒロインも助けてあげてくださいよ神様。」

そういえば、ぴくりと肩を震わせてそのまま静かに黙り込んだ。
後にはぴこぴことゲームの音が響いている。
なにさもう。といつものように見放す事も無く、だからと言って突っ込まない訳でもなく華南は桂馬の頬をつんつんと突いた。

「もう散々助けてるし。」

ぼそりと桂馬の呟いた言葉を拾い上げて、きょとんと指を止める。
そう言えばそうだと手を引っ込めて何故か意味もなく黙り込んだ。
確かに。桂馬はもう散々女の子助けてる。
空いた隙間を恋と言うものを押し込んで、様々な女の子達に明日を向く希望を与えてる。
普段はこんなに馬鹿なゲーマーなのに、人一人の人生を変える凄い力を持ってるんだから、本当に凄いなとその点は感心してる。
けれど。

すると、突然桂馬がびしりと華南の鼻先に人差し指を向けた。

「言っておくがな、もしも華南が賭け魂持ちだったとしても僕はお前を助けてやらないからな。」
「それって、私とは恋愛しないって事?」

「……まぁ、そうなる。」

少し間を置いて遠回しにそう言う桂馬にむっとした気持ちを覚え、華南はあからさまに頬を膨らませた。なによ、と桂馬の頬を摘めば「痛い痛い!」と反論が返る。

「ばかばかっ、桂馬のばかーっ!ぼけー!」
「煩いっ!耳元で騒ぐな!つか離せーっ!」
「恋愛しないってなに?なんでそんな事言うのよっ。私も助けてよ、恋愛で!」
「ぜっっっっ………ったいにヤダ。」

ぷいっと桂馬は私から視線を逸らして、涼しい眼で何処を見つめる。

「もうっ、乙女心が分かってるんだか分かってないんだか!攻略掛かると簡単に女の子落とすくせに、何で普段はこんなに無頓着なのよーっ。」
「お前に言われたくない。」
「私は無頓着じゃないもん!」

私の気持ちも天理ちゃんの気持ちも、果てには攻略した女の子達の気持ちにも気づいちゃ居ないくせに。ある種では現実でハーレムを築いている男なのに、どうしてこうもコイツは小難しい男なんだろうか。と華南は思うたびにむかむかとしてくる。
いいこと、良くお聞きなさい!と華南は桂馬の顔に口を近づけ息を呑む。

「わ、私は桂馬が好きなんだってばっ。もう、ずーっと前から桂馬の事が好きなのっ。」
「ずっとじゃないだろ、同じクラスになってからだろっ。」
「わかってるなら言わせないでよっ。」
「同じクラスになったその日から言われてりゃいい加減もう飽きが来てるんだよ!」

なんだもうその言い草はっ。さっきよりも更にむすっとして華南は桂馬の横顔を恨めしそうに睨む。
けれど視線は此方に向くことはなく、それどころか桂馬は大事そうにゲーム機を両手で抱えていた。
またそれが憎ったらしいったらありゃしない!と、華南は心の中で呟く。

「じゃあそれならなんで恋愛してくれないのっ?もしも私に賭け魂入ったら、桂馬は恋愛で私を助けて私は桂馬の事忘れてお互い万々歳じゃない!」

それは少し悲しいことだけど、でももしも自分に賭け魂が入ったら桂馬はなんだかんだ言いながらもエルシィに言われて結局私を攻略してくれるかもしれない。偽りでも何でもいいから桂馬と恋ができる私は嬉しい。
で、賭け魂を封印したら私と桂馬の思い出もなくなるから桂馬としては疎ましい私に付き纏われなくて安心。
そりゃあ少し悲しい気持ちはあるけれど、全部終わればその事すら忘れてしまうんだから後腐れはない。
良い事尽くめではないか。と、華南は両者にとって利益しかない事を脳内で考える。

けれどどうして賭け魂は自分に付かないのか。
どうして桂馬はそんな事を言うのか。
上手くいかない人生とわかってくれない桂馬に、華南は半分泣きたい気持ちで少し弱弱しい言葉を出してしまった。

「ねえってば、知らん顔しないでよっ!言ってるじゃん、好きだって!」
「あーあーあーあーっ、聞こえない聞こえない聞こえないっ。」
「うわあんっ。馬鹿桂馬っ。」

華南の拘束が緩んだのを把握すると両耳を塞いで桂馬は背を向けた。

「約束してよねっ、絶対に私を攻略するって!」
「しないっ。」
「その為に私、日々心の隙間を開ける特訓しておくからっ。」
「んな特訓しなくてもいいわいっ!ええいっ、お前はいい加減にその考えから離れろっ。この馬鹿っ!」

何でお前はそういつも極論なんだと、ぎろりと眼鏡の奥で睨まれる。
その瞳を直面して見てしまったものだから、う。と肩を僅かに震えさせて言葉を詰まらせた。

「…だって……だって、」

だって。そこから先の言葉が上手く出てこない。
華南はきゅっと唇を結んで震えた掌を握り締めた。

「だって、私バカだもん……。」

皆色々な事で困っているのに、自分ばかりそんな恋愛程度で能天気に賭け魂に掛かりたいなんて願いを抱くなんてあまりにもふざけている。と彼女自身気づいている。
でもそうでもしないと桂馬に本当の意味で近づく事なんて出来ないだろうと考えてしまうから。
他にも出来ることは存分にあるはずなのに、足りない華南の頭では最短の手段を得ようとしてしまっていたのだ。

「……お前は賭け魂になんて掛からなくても、そのままでいいだろ。」
「そのまま…?でも?」

ふうと、桂馬は溜息を吐くと困ったように頭を掻く。
そのままだったら、桂馬が邪魔でしょ?なんて言ってもだったら近づくなよって言われるのは眼に見えているので口には出せず、桂馬が頷くのを見てた。

「そのまま僕の隣に居れば、それでいいだろ。普通で。なんでもなくて。喧しくて。
それでいいじゃないかよ。
僕に此処まで突っかかってくる相手が行き成り居なくなるのも調子が狂う。っていうかキモい。」

「………そう、なの?」
「そうなの。」

つんと、額を突かれてやや強めに同意される。
華南はぽかんとしてから、暫し呆然としていた。

やがて、やはり自分は大馬鹿だ。と自覚する。
こんな程度の桂馬の言葉で、行き詰っていた思いがリセットされて気持ちが軽くなってしまう。
桂馬が本気の攻略を見せた女の子達にはこれ以上の事を言っているはずなのに華南にとってはこれが最高で最強の素敵な言葉に思えて。

「…えへへ。」

「な……、…なんだよ気持ち悪い奴。さっき怒ったかと思えば今度は笑う。」

これだから現実の女は分からない。
呆れたように呟く桂馬の声だったが、声音には少し安堵が含まれていた。
華南はそれでも笑っていた。

「けーまっ、大好きっ!」
「あーハイハイ。」

どんな心の隙間が空いても、悪魔なんて入る余地無く自分の隙間を彼が埋めてしまう。
これだから私には賭け魂が付かないんだろうな、と冷静に華南は理解した。

◆「ふぉーりんらぶ!」「うるさい」

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