夢色シャトル

□どれが誰のお人形?
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「陽介っ。やーっと見つけた!
今日も付き合ってもらうからね、私とさくらちゃんにッ。」
「うわ!」

むぎゅうっと腕に柔らかな弾力がぶち当たり、振り返ればそこにはむすっと眉を吊り上げた朝日奈の顔。

「えへへ、陽介捕まえたっ。
ほらほら、早く行こうよドーナツ屋!今日は新作のドーナツが出る日なんだから!」

屈託ない笑みを浮かべた彼女はがっちりと陽介の腕を離さぬように掴んで、その胸にぎゅうっと抱き締める。
そんな彼女にげんなりとした陽介は、なんとか腕を振り払おうと身を捩った。

「だーから、俺はもう二度はいやだって言ってんだろッ。あんな所。流石にもう耐えられないっつの!」
「ええ?でも前は一緒に来てくれたじゃないーっ。」
「それはお前達にただ付き合って欲しいところがあるって言われただけで、騙されたからだろうが!」

以前、陽介は彼女の言う彼女の大好きな食べ放題のドーナツ店に顔を出した事があった。しかしその際は、彼自身には何も知らされず、何処に行くかを伏せられて連れて行かれたのだった。
おかげでほぼ女性達に取り囲まれている店内では陽介は張りの寧ろとも言わんばかりに白い目で見られて、浮いていた。
まだ場が分かっていてつれてこられるならばまだしも、何も伝えられずにその様な場所に足を踏み入れさせられた陽介にとっては、その際の身を切られるような辛さは言葉に出来ないほどだった。
その時の経験から流石に二度は勘弁して欲しい、と陽介は断固として彼女を突き放す。

「そこ以外だったら何処でも付き合ってやるからよ!大神と行け!な!?つかっ、なんでいちいちそこで俺を呼ぶんだ、お前は?」
「え?……あ、………それはー………あ、あんたが一番付き合いやすいからに決まってんじゃん!
葉隠馬鹿だし!十神は煩いし!苗木はこの間付き合ってもらったし!」

健康的な小麦色の彼女の肌は、やや朱に染まっている。
だが、やがてするりと腕からは圧迫感が取れた。

「…じゃあ、次ね?次は私に付き合ってよねっ!」

やや名残惜しげに言う朝日奈は、ぶんぶんと手を振ってその場から去っていく。
その際ちらと彼女が肩越しに此方を見つめたが、後は知らんふりでたったっと、軽快な足取りの音が耳に入る
ふうと陽介は息をついた。

「随分楽しそうでしたわね。」

かつん、とヒールの音が一つ耳に届いた。
今この学園内でヒールなんてものを履いている人物なんて、物凄く限られている。
尚且つ何処か鼻に付くその口振りは、自身が想定できる範囲内では一人しか存在しない。というか、その人物でいてほしいと言う思いから陽介は振り返らずともその名を呼んだ。

「何が楽しそうだよ、セレス。ただぎゃんぎゃん騒いでただけだっての。」

はあ、と溜息をオマケつきで陽介が言い放ってみれば、くすりと耳元で花のように笑う吐息が届いた。

「あら、その割には満更ではないと顔に書いていらっしゃいますわよ。
そもそも、あの大神さんと朝日奈さんについていけるなんて余程でもなければムリですものね。」

もう一度ヒールが床を擦る音が響いて、気配が自身の背中から隣に移る。
真横を向くと、上から下までほぼ漆黒に染め上げた一見御令嬢様と呼べる自身の肩よりも少し低めの少女が立っていた。
彼女は陽介と同じく朝日奈の去った場所をぼんやりと眺めて、くすっと綺麗な笑みを浮かべてみせる。

「ばか、場所を告げられないで浚われたんだよ。あいつ等には。最初から知ってたら俺だって憚ってた。」
「その割には貴方、前にもその様な事をされて下りませんでしたこと?」

そういわれて、陽介は少しぎくり、とした。

「確か最初は舞園さんと霧切さんに、次に腐川さん、藤咲さん、江ノ島さんと……」
「上げるな、上げるな。いちいち、上げるな。」

セレスは白々しく一つ一つ指折りをして、朝比奈達同様の手口で彼を連れ去った同級生達の名前を一つ一つ挙げる。
それを陽介が制すれば、にこりとセレスは微笑んだ。

「あら、でも本当でしょう?」
「………言わないあいつ等もいけないんだろ。」
「でも、立て続けでしたら気付くはずですわ。」
「……。」

反論できずに陽介は無言を返す。
別段騙されやすいと言う訳ではないが、実際彼女達にブティックだの、古本屋だの、挙句の果てには同人会場だのに連れ回された事は立て続けにあっからだ。
痛い所を突かれてしまい、陽介は自身の学習力のなさが彼女に露見されたようで、今更ながらに居た堪れなくなった。

「本当に陽介君は皆にモテモテで羨ましい限りですわ。」
「…モテモテ、か?」

うろんげに陽介はにこにことするセレスを見て、釈然としない顔をする。
そもそも、それを言うのなら男女の比率分け隔てなく付き合っている苗木の方がモテモテに近い存在だと思うのだが。と、陽介は思う。
少なくとも、霧切は確実に苗木に好意を持っているのは確かだろうし、舞園さやかとて少なくとも自分よりも彼の方に好意があるはずだ。腐川は勿論の事ながら十神に御執心。
朝比奈はそう言うことには今は関心はないだろうし、大神と江ノ島も恐らくはない。
その定義からすれば別に自分はやっぱりモテていると言うわけではないのだが。と、陽介は自身で結論を出し、自信満々にセレスに言い放って見せた。
するとセレスはぽかんとした顔をして、園あとすぐに不満気に眉間を下げる。

「…無知とは時に恐ろしいものですわね……」

はあ、と溜息を吐くセレスに対して陽介は、更に困惑した。

「なんだよ。」
「いいえ。無粋な事は申しませんわ。ただ、そこまで女性に苦労していらっしゃらないのに…意識なさっていないのは哀れだなんて思いまして。」
「あのな、だから俺はモテてなんか、」

幾ら言っても通らぬ此方の話に、段々と苛々として声を荒げかけた。
だが、その直後に発したセレスによってその発言は途中で濁される。

「少なくとも、この私からはモテていますわよ。」
「…………… え、……あ?」

さらりと放った彼女に、陽介は素直に呆気に取られた。

「…それは、他の女性達とあまり仲良くされるのは好んだ事では在りませんけれど…私は、皆に好かれるそんな貴方を愛していますし…そうでなくては貴方は私の好きな貴方ではありませんものね。」

その白い頬に目立つ赤色を浮かべながら、セレスは徐々に笑みをぎこちなくさせていく。
更に、陽介は驚いてしまった。
彼女が男性に対して寛容だと言う部分にではなく、そうして実直に自身に好意とも取れる言葉をすんなり溢してくれたからだ。
思わず陽介は口をぽかんと開く。
はにかんだ彼女の笑みに見惚れてしまい、心音がぶるりと揺れ動いた。

「……え、あ。…その、セレス?」

ぶわっと突然顔面が熱くなったような気がして、陽介は戸惑いを口に表しながらぱっと視線のみを逸らす。
直ぐに、らしくないな。と彼女に言ってみせながら、自身の中の動揺をひた隠した。
が、

「な、訳ねーだろーが、ビチグソが。」

「……………ん?」

直後に耳に届いたどすの利いた一言には、頭に水を被せられたような衝撃を覚えた。

「…セレス、おまえなにか」
「あら。なんでしょう八方美人の陽介くん。」
「……あ?」

ゆっくりと彼女に振り返ると、そこにはやっぱりにっこりと笑みを浮かべたセレス。
だが、その笑みの中には完全に黒く淀んだ威圧が見え隠れしていた。

「ふふ、陽介くんったら本当に思った以上に純情なんですのね。私なんかの一言でそこまで動揺されるなんて、朝比奈さんが可哀想ですわよ。」
「なッ………」

口元に手を当てて上品に笑うセレスは、本当に愉快そうに陽介を見て笑っている。
彼女が放ったその衝撃的な一言は、陽介の中に雷を落とし声を殺させる。
そして、そもそもどうしてそこに朝日奈が、と陽介は続ける所だった。
だが、彼が口を開く前に腕の時計をちらと見た彼女があら。と目を軽く見開く。

「まあもうこんな時間。私、これから山田君にミルクティーを淹れて貰わなくては。」

くるっと、興味なさ気に視線を背けて、セレスは足早にもと来た道を戻っていこうとし始める。
陽介はその素早さについていけずに、その場でおたおたとしてしまう。

「お、おいッ。」

「なんですの?見苦しくまだなにか言い訳をしたいのでしょうか?そう言うのは私ではなく、朝日奈さんになさったらいかが。
…それともまさか、貴方が私にミルクティーを淹れて下さると?」

陽介は、踏み出した足をそのままに凍りついた。
残念ながら、がさつな陽介に彼女の好むミルクティー等捧げられるわけもなく。そもそも紅茶一つですら自分で淹れた事もない自信にとって、それは難問中の難問だった。しかも、いまや徐々に上達してきている山田よりも彼の腕は完全に格下だ。
ぐうの音も出ずにいるとやがて彼女は冷たい視線を陽介に浴びせて、そのまま去っていく。

そして、彼に聞こえぬようぼそっと呟いた。

「……貴方はそうして、私だけのコマになっていれば宜しいんですわよ。」

◆自分に翻弄されていれば良いのに、

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