夢色シャトル

□勝負に勝って、試合に負ける
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「またまけた。」
「勝った。」

勝利のメッセージが浮き出る画面から目を離して、ハルユキはふうとひとつ息を吐く。
その隣に居た華南はゲーム機から手を離すと、自身の鞄の中を徐に探った。

「ハルユキつよい、やっぱりかっこいい。」
「え、いや。そ、そんな…」

さらっとハルユキを褒め称える彼女に、ハルユキはあまり言いなれないその一言に恥らってしまう。
ぶんぶんと頭を揺す振って熱くなる顔を冷ましながら、ハルユキはへらっと笑みを浮かべた。
あれから、彼女に後を追い回されてよくこうして共に過ごす時が多くなった。
というか、強引に何処かへと連れ回されて勝手に時間を取られているというのが正しい。
最初は渋々彼女に付き合っていたハルユキであったが、何時しかその時間を自分自身でもすんなりと過ごすようになっていて、一緒に遊びに行く中で特に多いゲームセンターではすっかり羽目を外してしまっていた。

「それを言うなら、華南さ、…華南、だって。こんなに強い女の子、出会ったの初めてかも。」

実際、何度も窮地に立たされたのは本当だ。
HPギリギリまで追い詰められて、最終的に溜まった技ポイントからの必殺技で事なきを得た。
もしも技ポイントを惜しんで居なかったら確実に彼女に負けていたに違いない。
だからこそ、ハルユキは素直に彼女の強さを賞賛し、感心した。

「あげる。」

けれども華南は平然として、取り出したミネラルウォーターが入るペットボトルをハルユキにへと手渡す。

「勝者へのごほうび。」

うっすらと笑みを浮かべた彼女に、ハルユキは軽く固まる。
しかし、それでも意識を取り戻して徐に手を差し出した。

「あ、…ありがとう。」

時々、華南の笑みは必殺技なんじゃないかと錯覚してしまう時がある。
なにせ、彼女は普段が無表情で居るからか、時折見せるその笑みが如何にも良い意味で胸に突き刺さって動きを止めてしまう。
ハルユキは受け取ったペットボトルの蓋をくるくると回して開き、ちらと華南を見た。
未だにハルユキを見ていた華南はその様子をじっと見つめながら首を傾げる。

「きらい?」
「え、」
「それ。」

と、彼女が指差すのはハルユキが持っているペットボトル。
ハルユキはきょとんとしてから、すぐにふるふると左右に頭を振った。
というか、水に好きも嫌いも無いような気がするが。
すぐに彼が首を左右に振ると、華南は興味なさ気に視線をそむけ、自身が扱っていたゲーム機の画面へと目を向ける。

「たのしい。」
「え、」

またしても脈絡なく唐突に、一言そう告げた彼女に、ハルユキはきょとんとした。
けれども、その発言は中々に心理をついているものだなとは思う。
実際一人で遊んでいるよりも、二人でこうして遊んでいるのは倍増しに世界が彩ったような気すら感じる。
NPCではなく、実際の人物と対戦するのは心にも潤いが感じるし、なによりも純粋に楽しい。
そういえば暫くそんな当たり前の感情すらも失念していた気がする。とハルユキは自覚した。
そんな彼見つめて、華南は首を傾げる。

「はるゆき?」

舌足らずに放つ自身の名前に、ハルユキはハッとして顔を上げた。

「あ…ご、ごめん。その、なんでもなくて、」

ぶんぶんと手を振るハルユキは、言葉を選びつつ、総てを語るまでには行かずにひとつ確信している事を放った。

「僕も、その………楽しい。」

まるで彼女と同じ事を簡潔に告げたハルユキに、華南はくすっと笑みを浮かべた。
それは先程と似たうっすらとしたものではなく、明らかにはっきりと笑顔と分かる表情で。
それがあまりにも不意打ち過ぎて、ハルユキは完全に息を止めた。
すぐさま、ぱっと目を逸らして妙に早くなる鼓動を押し込めるように胸に拳を当てる。
気づけば喉はからからに乾いていて、口の中に無理矢理水を流し込む。
一心不乱にペットボトルを抱えて飲み込み、息苦しくなったところで口を離した。
すると、横合いからその半分になったペットボトルを彼女が奪い取る。

「かんせつきっす、ゲット。」
「……え?」

ハルユキが完全に彼女に反応をする前に、華南は彼の口をつけたペットボトルに唇を押し当てて、残りをちびちびと飲んだ。
呆気に取られて呆然としているその間にも徐々に減っていくペットボトルの中身。
やがて唇を離した華南は軽く息を吸って、そしてペットボトルを胸に抱えた。

「わたしへのごほうび。」

ペットボトルを片手に人差し指と中指を立てて、にたりと不適に笑う華南。
彼女は余った水を軽く背中に隠して、かえさないよ。とハルユキに言い放った。
その瞬間、ハルユキはかあっと顔を熱くして、完全に硬直してしまった。

「もっかいしよう。」
「ふ、え?」

そう言うと彼女はハルユキの鼻先に人差し指を向けて、自信満々に再選を挑む。
まだ何処か夢見心地というか、心此処にあらずであったハルユキは、戸惑い困惑してしまう。

「今度は直接。」

潤いが保たれているその唇が紡ぐ発言に、思わずハルユキは椅子ごと卒倒しかけた。


◆勘弁してください

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