夢色シャトル

□ぼくのわたしの最優先定位置
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「ハルユキ、ハルユキいっしょにかえーろー。」

そう声高らかに張り上げて、どばーんっと教室に飛び込んできた少女はお目当ての丸い姿を見つけると、ずんずんと歩み寄ってきた。
今まさに荷物を纏めて帰ろうと思っていたハルユキは驚いて、うっかり鞄の中身をぶちまけてしまいそうになる。
あまりにも迫力のある声は一瞬にして教室内の注目を集め、個人同士の話に集中していた人々でさえも目を惹きつけられる。

「へいっ、ハルユキ。かえろ!」
「華南…いきなりきて驚かすなよ…」

だが他に目もくれる事無く、本人はちゃきちゃきとハルユキの元に辿り着いて笑う。
頼りなさ気に溜息を吐くハルユキに対して、華南はにこにこと笑ったまま彼の想い等知る事もしない。
すると、突然彼女はきょろきょろと辺りを見渡して、何かを探るように僅かに目の色を変えた。
やがて左右に振っていた首はぴたりと止まって、彼女はにやりと笑みを浮かべる。

「いえすっ。今日は私の勝ちっ。」
「は…?」

突然拳を固めてガッツポーズを決め込む華南に、ハルユキはきょとんとしてしまった。
すぐに手を解いた彼女はにんまりと笑い、多くを語らずにいいからいいから。と心なしかとても愉快そうにハルユキに笑う。
そしてハルユキの背中を押して、妙に早足で教室から立ち去らせた。

「っちょ…あ、あの華南っ。今日、俺はちょっと……」
「なにさー。黒雪姫先輩と御用無いんだから今はいいでしょー。それともなに?私と一緒じゃイヤだってか。」

強引に足を進められながらも、ハルユキは遠慮がちにしどろもどろに彼女に声をかけた。
だが、そんな彼に対して、華南はぷくっと頬を膨らます。

「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」

ちらとハルユキは周囲を見回し、もごもごとして肩を落とす。
決して彼女と一緒に居るのは嫌なわけではない。寧ろ、心地よいくらいだ。しかし、ある意味。別の意味で嫌ではあった。
ハルユキが煮え切らない態度を続けていれば、その間にぱんっと彼女が両手を叩く。

「じゃ、いいよね。はい、決まり!OK!」

此方の答えをまるで聞かずさっさと決定した有無を言わさぬその彼女の強引さに、ハルユキは結局勝てずじまい。
一旦背中から離れて、次はぐいっと腕を引かれ、再度強気に連れて行かれてしまう。
昔から彼女のこういう強さには本当に適わないと、ハルユキは前のめりになりながら肩を竦めた。

何かを警戒するように辺りをきょろきょろと見渡した彼女は素早くハルユキと校門から飛び出る。
一瞬、彼女は外側の敵対者の事を気にしているのかと思ったが、それは間違いでなにやら校内に意識をずっと向けているようであった。
しかし、一歩校門から出ると、にんまりと笑ってぱっとハルユキから手を離す。

「よし、完全勝利。」

そして、そんな事を自信満々に言い放つと彼女は人懐っこく嬉しそうな笑みを浮かべた。

「は……完全って…なに、華南?」
「やーなんでもないなんでもない。こっちの話さー、あっはっは。」

そんな彼女の一際目立つ明朗さに驚いて、ハルユキが恐る恐ると声をかける。
だが、華南はいやに明るく茶化してひらひらと手を揺す振ると、威風堂々と前を歩きはじめた。
ハルユキは何処か納得がいかないまま、彼女の後を短い足で懸命に追いかけ地を蹴る。そしてゆっくりと彼女の隣に並んだ。

華南は最初の辺りは隣に来たハルユキを確認して、二言三言を交わしていたが、徐々にその会話は雑踏に紛れて小さくなっていってしまう。それは周囲があまりに煩すぎたというわけではなく、単に二人の話題が尽きたと言う所だった。
先程まで煩いくらいにはしゃいでいたくせに、いきなり黙り込んでしまった華南に対して、ハルユキは少しだけ不満に思ってしまう。
そうして彼女の事を考えていればそういえば今までは幼馴染の少女一人と、途中で他校の幼馴染等と帰っている事が多々だった為、こうして二人きりで歩くというのは久しぶりかもしれない事に今気づいた。
ちらとハルユキが視線を上に向けると、そこには沈黙に耐えかねて辛そうな、つまらなそうな顔、では無くとても楽しそうな横顔があった。
その綻んだ顔つきといったら、一体何が楽しいのかと問いかけてしまいたくなるほどで、思わず彼は言葉をなくす。
ぽかんとしてからさり気無く目を逸らし、ハルユキは辺りを軽く見渡した。
その際に時々ちらちらと目に付く周囲の目線を目の当たりにしてしまい、自然と萎縮してしまった。
ぴったりと隣に並ぶ華南の細くて長い足元をちらと眺めてから、彼は目線を落としたまま歩く速度を緩めてしまう。
だが、二歩にも満たぬうちから此方の思惑を見破られたらしく、華南までもが歩みを遅め、再度隣に並ぶ。

「ごめんね、ハルユキー。私ちょっと早すぎた?」
「えっ、」

くるっと振り返る華南の下がり眉に、ハルユキはぎくりとしてしまった。
そう言うわけじゃないとすぐさま彼がぶんぶんと左右に頭を揺さぶると、彼女はほっと胸を撫で下ろす。
だが、それは決して華南のせいじゃないと言うだけで、距離を起きたいという部分はまだ消せなかった。

「………あ、あのさあ。華南?」
「んー、なに。」
「す、少し離れた方がいいよっ。」

彼女の顔色を窺いながら、ハルユキは意を決しておどおどしながら言葉を放つ。
その一言に、一瞬華南の足は立ち止まりかけて、微妙に彼の一歩後ろに下がった。

「なんでよう、……あー、わかった。ハルユキ私と歩くのやなんだ。」

それでも声色に変わりは無く、不満たらたらと言いたげに子供のように拗ねて見せた。
気づいたハルユキはハッとして、ふるふると小さくて丸っこい手を顔の前で振ってみせる。

「そそそ、そういうんじゃなくてえッ」
「うーそだあ。だってハルユキ、私と一緒だと楽しそうな顔しないんだもん。」

更に一歩、華南は自分の意思でハルユキから離れると、つんと顔を背けた。

「タクとかチユなら楽しそうなのにさー……」

ぽつりとそう嘆く声は、二人の間を吹きぬけた風のおかげで彼の耳には届かなかった。
けれどもハルユキは彼女が完全に沈んだ様子だけは受け取って自身の歩みも緩やかにしながら、華南に振り向き立ち止まる。

「そ、そんな事ないよ!華南と一緒に居るのは心地よいし、楽しいし…わ、悪くない!
でも、寧ろ……だから、その、…華南を退屈させたら嫌だし、俺と歩いてる事で悪目立ちさせたら…嫌かな、って…」

目の前で立ち止まった彼のおかげで、華南も足を止めないわけには行かず両足を揃えて歩みを止めた。
やや声の強弱にぶれを感じさせつつ普段に増して威勢の良い声を上げるハルユキは必死でその思いを彼女に伝える。

「…ばーか!」
「な……」

だが、予想だにしない唐突な暴言に、ハルユキは面食らって口をぽかんと開いた。
目を見開いて唖然とするが、次の瞬間彼女がハルユキの手を無理矢理奪ってぎゅうっと握り締める。

「私は退屈なんかしないし、悪目立ちも気にしないっての。むしろ、私がハルユキ誘ったんだもん。
いいことしか浮かばないに決まってんじゃん、ばか。」

心なしか頬を赤らめた華南は、唇を尖らせて不満げにとつとつと零す。
ハルユキとは正反対に頼りなくなった彼女の口調に、思わず動揺してしまった。
一体何を言えばいいのだろうかと迷いに迷って、彼は先にぺこりと俯いた。

「……ご、ごめん。」
「本当だよ、まったくもう。」

はあ、と重そうに見える演技かかった溜息を落とした彼女は、わざとらしく肩を上下させた。
しかしその直後には、にぱっと普段通りの笑みが生まれて、彼女はハルユキの手を握る掌に力を込める。

「でも、今回はハルユキが私を家まで送り届けてくれる事でチャラにしたげよう。…というか、ハルユキが考えすぎっ子なのもわかってるもんねーっ。」

途端にけらけらと笑い始める彼女につれて、ハルユキも徐々に気分が浮き上がってくる。
はは、とほっとして笑い返してみれば、彼女は更に笑みを深めた。

「あ、まーさーかー。私の家覚えてないなんて、詰まんない落ちはないでしょーねえ。はるゆきぃー?」
「そ、そんな事ないよ!…っていうか、隣の隣なのに忘れるわけ無いだろッ。」

それもそうだと納得した華南は、今度こそ目一杯の笑顔で傾きかけた夕日よりも眩しく笑った。

◆鴉が鳴かずとも帰ろう

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