睡眠時間

□それでもしがみ付いても良いですか
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気付けばいつも彼がそこに居て、いつも私の手を引いてくれた。
大丈夫?と気にかけてくれて、平気だよ。と自分は返す。
私が先を歩くなら、その背中が折れないように自分が背中を押してあげると彼はいつも後ろについてくれていた。

だから自分は安心して彼の兄である上条恭介を追いかけることが出来たし、自分は後ろに必ずついてきてくれる彼を、手放さずに居る事ができた。

前に一度、恭介のお見舞いをしている最中、親しげにナースと話していた彼を見るまでは。

彼とナースはあくまでも上条恭介の足の事について話しているだけに過ぎなかったのだが、その姿がどうしてもさやかの目にはただお似合いの二人にしか映らず不安を覚えた。

それを見て上条恭介の足を直せば、きっと彼も慶んでくれるんじゃないかと心の何処かで思った自分がとても卑しかった。そして最低だった。
兄の足を盾にして、自分は弟の心を永遠に奪ってしまおうなんて思っていたからだ。

だが彼の隣に居るあのナースはそんなんじゃない。
人間として一緒に隣に立って、一緒に現実の苦難を夢を見ずに乗り越えていこうとしていたからだ。
自らの足で。
奇跡や魔法に頼らないで。

そして彼はいつしかその彼女の現実論に徐々に心を奪われ始めていたように見えた。

「(やめてよ、やめて。その位置だけは奪わないで。)」

唯一彼が自分だけを見てくれる大切な位置。
唯一彼が自分を手放さない大切な位置。

ベクトルの方向変換なんてあってはならない。
彼は唯一自分だけを見ていればいいのだ。

だから自分は彼女とは違い夢を求めた。
奇跡を起こす事によって総てに幸せを与える道を選んだ。
それが例え私利私欲に塗れたくだらないものであったとしても、動機が不純だったとしても。
それでも、総てが笑顔になれるならそれでいいかと思ったりした。

それがどれだけ愚かな事か気付かずに。

総てを知らされて、騙されたと思ってからは既に遅く、また彼への恋心に気付いたのもやっとその時点からだった。

「(化け物になってから大事なものに気付くなんて、あたしって本当馬鹿。)」

罰が当たったのだ。
馬鹿な事を考えて、恭介を利用しようとした自分に。
罰が当たったのだ。
恭介を好きだ好きだと言ってその実別の視点を向いていた自分に。
罰が当たったのだ。
彼の気を引きたくて、長年心の奥底の本来の気持ちに気付かないように居た自分に。

罰が当たったのだ。

唯一残った自分の理性が、抑制の効かない自分の心を叱咤する。

離さなくちゃ

「(…離したくない)」

傍に居てはいけない

「(…傍に居たい)」

好きになってはいけない

「(…だけどやっぱり、好きで居たい)」

気づいた時にはほろりほろりと零れてくる感情の雫。
抑えきれない気持ちにさやかはその日、一日の出来事を思い出しながら身体を丸めて布団を被った。

でも無理だ。
自分がどれだけ思っても、自分がどれだけ好きになっても、
その先までを望んではいけない。
こんな自分では彼の重荷になってしまうから。
最早自分はただの化け物でゾンビなのだから。

なのに傍に居たいと思う裏腹な欲望。
自分はいつの間にこんな酷い我侭になってしまったんだろうかとさやかはきゅうと痛む胸を掴んだ。
それは体の不備から来るいつもの痛みではない。
ましてやソウルジェムを通じての痛みでもない。
彼の事を考えるたびに襲い掛かる切ない痛み。
胸の奥からの危険信号のような、軋み。

「(本当は、私の事妹のように思ってるだけなんてわかってた。)」

幼い頃から恭介と一緒に自分を見てきてくれたから、きっと彼は未だに自分を溺愛する妹分としか意識していない。

だが例え彼がそう思っていたとしても、自分は、美樹さやかはやはり彼を手放すことは考えられなかった。今際の際まで。

視界が、総てが闇に飲み込まれる瞬間脳裏に浮かんだのは皮肉にも彼の笑顔。
けれども最後にこの顔を見られるのならば、十分だとさやかは目を閉じる。

その直後に、現実からの本物の声がさやかに届くとは思わずに。
薄汚れたゾンビの手を堕ちる前に彼が掬い上げてくれるなんて思わずに。

「さやか」

そう、彼がもう一度名を呼んでくれるとは思わずに。

「助けに来たよ。」

さやかは半信半疑のまま、信じられないまま、耳慣れた声に促されそっと眼を見開いた。

「王子様じゃないけどさ、」

そこに居たのは先程脳裏に描いたその人物と確かに呼べるもので。
優しく自分の手を取り、諭すように囁く彼にさやかは絶句しながらどうしてと驚く。

「俺じゃ、ダメかな。」

そう言って、困ったように微笑む彼に咄嗟に首を左右に振って否定した。
それが例え夢幻だとしてもそれでも繋ぎ止めたいと感じて。

ダメじゃない。ダメなわけがない。
貴方が良い。貴方じゃなくちゃダメ。
貴方じゃなくちゃイヤだ。

今更私は気付いたのだ。
貴方ではないとダメな事に。

だから、どうか。

◆私の総てを受け止めて

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