睡眠時間

□ペンギンぱにっく
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ぱっぱっと何気なく冠葉が姉の膝の上を叩く。
その行動に姉はきょとんとして、口にしていたお茶を机に置いて不思議そうに首を傾げた。

「なんだい、いきなり。なんかあったかい?」
「いや別に。」

真顔でそう言ってすとんと隣に座る冠葉。
華南は不審に思いつつも、まあいいやと直ぐに再び今日の新聞に眼を逸らし、再度先程まで読んでいた部分の途中から読み始めた。
すると今度は突然、冠葉が華南の頭上を素振る。

「…なんだい?」
「いや、別に。」

嫌がらせかと思った華南は冠葉に振り返り、目をぱちくりさせる。
だが冠葉はさり気無く視線を逸らして華南と目線を組合そうとはしない。
不思議に思いつつ怪訝そうに冠葉を見ていたが、華南はその内興味をなくしたように冠葉から眼を逸らした。
冠葉はちらとそれを確認して、ふうと一息つく。

さて先程の一連の行動は見えない華南にとっては何の行動か一切分からない不可解なものだったろうに違いない。
しかし、見える目を持つ冠葉にとっては、彼を模したペンギンが華南の膝の上でごろごろとしていたり、頭上に乗って顔を擦り付けていたりと、実に彼にとっては不愉快な行動を取っていた為に、その都度彼を振り払う為に不審な行動を取っていたというわけだ。

つまり、最初に華南の膝の上を払ったのもその上に居た一号を退かす為。
次に華南の頭の上を素振ったように見えたのも、その頭上に居た一号を跳ね除けた為のものだった。

「(なんかこいつ、姉貴が居ると妙にくっ付きたがるんだよな。)」

それこそまるで磁石のように。
気付けば華南の後を追っているし、気付けば華南と共に居る。
別にそれが気に入らないと言う訳ではないが…何故かそれが妙に気恥ずかしかった。
晶馬を模したペンギンですら、ここまで華南の後を追わないというのに。

と、ちらと再度姉の方を向く。
するといつの間にか机によじ登っていた一号が姉の見ている新聞の上に座ってじっと姉と向かい合わせになっていて呆気に取られる。
姉の視点では一号を抜かして、新聞にしか目が行っていないのだろうが、こうしてペンギンが見える自分としたら彼らが目と目を合わせているようにしか見えない。

やがて、そうしてじっと姉を見ていた一号がんーと尖った口を半開きにして姉の唇に徐々に近づき始めた。
それを見てぎょっとした冠葉は一瞬我を忘れて、拳を握り締め一号へと振りかぶる。

「(こ、の、馬鹿っ!)」

心の中でそう叫んで、華南の前に拳を突き出すと、「ぎゅ!」と蛙が潰れたような鳴き声が聞こえ一号はすっ飛ぶ。
だが、何も知らない姉はきょとんと目を丸くしてどうしたんだと此方に振り返った。

次の瞬間、殴る際に勢いを付けすぎて思わず姉の方へと圧し掛かってしまい、互いに目を丸くしながらそのままばったりと倒れこんでしまう。

「わ、」
「っ。」

咄嗟に彼女を押し潰さないようにと両手を動かして、床に手をつけたが姉は自分の下に組しかれるような体勢になってしまう。

おいおい、なんだこのベタな展開。
というかあのペンギンのせいだろ。
なんて事が一瞬頭を張り巡るも、自分の影に隠れて真下にいる華南の顔を見れば、途端に考えも真っ白になった。

「………だから、なにやってんだい?」
「……蚊、が居たから。」
「今の時期に?」
「…。」

完全に苦し紛れの嘘をつくも、じとっとした目で見られてしまえばなにも言えなくなった。
まさかペンギンを退かす為に体制を崩したなんて言えやしない。
というか言えたとしても彼女に大丈夫かと不審な目で見られるだけだ。
互いに眼を逸らしたまま、これどうしようかと額に汗を浮かべる。
とりあえず、一旦彼女を起こした方が良いだろうとは思いながらも何故か体が動かない。

「……冠葉、」

はっとして静かに自分を呼んだその声に冠葉は我に返って、曖昧に返事を返す。
ぽんぽんと自分の胸板を叩く彼女を改めて直視して、その少し焦ったような表情に珍しいからだろうか、僅かに心音が跳ね上がる。

「…悪い。」
「え、」

いつに無く素直に彼がそう謝った事で、華南はぽかんと口を開いた。
冠葉はやや熱くなっていく自らの頬に気付きながらじっと僅かに真剣に華南を見てそっと零す。

「もう少しこのままでお前を見てたいんだが、」
「………お前の体制辛いと思うよ?」
「だからもう少し。」

思わず口から出たその唐突な一言を否定しなかった彼女に冠葉は自然とホッとする。
なんとなく、この両腕から今は彼女を解放したくなくて。

◆ペンギンが巻き起こしたきっかけ

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