睡眠時間

□本当は彼女が欲しかった
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昔からうちの弟と姉はとても仲がよかった。
なにかと弟は姉の後を「姉ちゃん」「姉ちゃん」と呼んで後を追っていたし、姉もそれに対し、全く満更でもないように彼を受け入れていた。

いつからだろうか、その弟が彼女に対する呼び名を変えたのは。
てっきり自分に連れて大人ぶりたくなったのかと思っていた。
けれどもそれが違う事は弟の視線によって直ぐにわかった。

姉ではなく、まるで異性を見るような視線。
姉は一向に変わることは無かった。
それでも弟は一心に彼女を眺めていた。
一体あの女の何処が良いのか、一体なんであの女なのか、自分はとても不思議でならなかった。

もしも、確実に恋をするとしたならば幾ら身内でも確実に陽毬の方だったからだ。
今でもそう思っている。
なのにどうしてあいつは姉なのか。

「晶馬ー、おいでおいでー。」
「ん、どうしたの姉ちゃん。」
「私に活力をくれい。」
「え、ちょ、わ!」

帰ってきて早々、鬱蒼とした顔色で酔っ払っているみたいにふらふらとする姉。
多分また仕事で疲れて寝ていないんだろうなとは直ぐにわかる。
そんな姉を介抱していた弟に、姉は切羽詰ったようにぎゅうっと抱きつく。

弟は突然の事に顔を真っ赤にさせて、暫く手の置き場をなくしたように固まっている。
するとずるずると彼女の身体が弟の肩から抜けていき、やがてこてんと晶馬の膝の上で眠りこけてしまった。

自分はちらちらと姉と自分を交互に見ている弟の視線から逃れるために、あえて空気を呼んでその場を退場する。
けれども、少しばかり二人の行動が気になって少し出た先で一瞬ちらと後ろを振り返った。

その時にはもう既に弟の視線は姉にしか向かっていなくて、すんすんと眠りこけている姉の髪を優しく撫でていた。
あんな姉の何処が良いんだろう、とつくづく思う。
だがその二人から目が離せなくて、居なくなった振りをして暫くそこで見つめていた。
するとやがて、晶馬の目付きが一瞬だけ変わって真剣な顔で彼女を見出した。

「…華南…」

そう呟いた次の瞬間には、晶馬はそっと姉の瞼に口付けを落としていた。
それを見た途端に、何故か焼け付くような痛みが胸に走って、思わず息が出来なくなる。
気付けば自分はいつの間にかその場から立ち去っていて、何故か外に出ていた。

そんな出来事があってから数日後の事。
自分が苛々とした得体の知れない感情に苛まれている時に、再び姉は同じ症状に見舞われていた。
その日は残念な事に晶馬は陽毬と一緒に出ていて、家には自分と姉の二人きり。
辺りを見てそこに晶馬が居ないのを確認すると、姉はぐるっと振り返り半開きの目で自分に目をつけてきた。

「冠葉っ、」
「あ?」
「肩を貸せぃ。」
「やっぱそう来るか。」

その顔色を見ただけで確実にこれはあの時と同じだと悟った。
本音を言うとあの時の事を思い出されて更に胸が痛くなったのだが、けれども気付かない振りをしてはあーっとあからさまな溜息を吐きながらも、素直に彼女の隣に座る。
それに満足したようにほっとした姉はこてんとその肩に頭を付けた。

「あー……やっぱお前の肩は安心するなあ」

あいつには抱きつくくせに、自分にはこれかよ。
ふとそう拗ねたような考えを思ってしまった事に自分で驚いて、思わず考えを正そうとした。
けれども振り返った瞬間そこに居た華南の瞼を閉じた顔に考えるよりも早く心臓が揺れて、激しく高鳴った。

「…別に、肩じゃなくてもいいけどさ、」

ぽつりと呟いた言葉に返る言葉はなく、自分はちらと彼女を見てからその髪の毛を指先で掬う。

自分でやったくせにその彼女に触れたというその事実に何故か心臓が早鐘を打ち始めた。
ふとあの時弟が姉の瞼に口付けた事を思い出して、一旦手を止める。

「(そういやこいつ、眠ると中々起きないんだったな…)」

変わりに投げ出されている彼女の掌にそっと起こさないように静かに口付けた。

◆今はこれで、このままで

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