夢絆

□彼女は答えを掴まない
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「貴女、高倉冠葉と接点があったわね。」
「ええ。ものの三日で別れた関係ですが、…なにか?」

前を歩く我が女主人を眺めて、華南は素直に問いかけに頷き首を傾げた。
高倉冠葉。
それは華南の元恋人であり、華南が人生で初めて付き合った男性の名前。
だが、結局は性格の不一致が原因となり彼女に言ったとおり僅か三日で破局の道を辿った。
一体何がきっかけでどちらから別れを告げたのかはもう忘れてしまった。
思い出と言う思い出もおぼろげにしか思い出せず、今はもう自分の中には彼を証明するものはあまりない。
ただ単に、自分は別れた時に不思議な感情を抱いたのだけは覚えている。
その感情が何なのか、今でも答えが出ることはないが。

軽く自己の世界に没頭しつつ、ふと何故彼女が突然そんな事を聞いたのか、不審に思って真砂子を見つめた。
すると優雅に髪をふわっと舞わせて振り返った真砂子は「いいえ、なんでも」と少しも乱れる事無くさらりとかわす。

「若いて言うなら、貴女に関することなら一つでも多く知っておきたかった…というところかしら。」
「まるで口説き文句ですね。」

ふっと嘲笑うように自分が言えば、彼女はあらと目をぱちくりさせる。

「私はそのつもりだったのだけれど。」
「…お戯れが過ぎますね。」

元はと言えば嫌味という名の冗談をぶつけたのは自分なのだが、ソレに反して来た彼女の上手な言葉に冗談にしても趣味のいい冗談じゃない、と跳ね除けた。
そんな自分と対抗して彼女の表情は愉快そのもの。

「まあ、振られてしまったわ。」

と、演技かかった事を口走りながら、小気味良い彼女の足音が早まる。
それに合わせて此方も足を速めれば、前を歩く彼女が唐突に止まった。
ぴたりと止まったその姿に、自分は驚いて急ぎ足を止める。
訝しげに彼女に声をかければ、真砂子はくるりと振り返って残念そうに眉を下げた。

「あら…てっきり止まり損ねて私に飛び込んできてくれると思ったのに」
「…私はそこまでおっちょこちょいではありませんよ。」

自分で遊ぶ彼女に内心ではうんざりしながら受け応えを返し、今度こそ進もうと彼女の隣を過ぎ去ろうとする。
けれども、そうする前にくるりと真砂子が体ごと此方に振り返って、此方の進行を瞳で阻んだ。

「所で、例のものは手に入って?」
「…此方に。」

切れ目の瞳が真剣に自分を捉えたのを見て、自然と身体が強張り畏まる。
そこには先程まで自分に幾度も冗談をぶつけていたあの姿はなく、いつも通りの何処か掴み所のない不思議な女に代わっていた。
洗礼された動きでさっと彼女の目の前に紙袋を差し出すと、真砂子はそれを白魚のような綺麗な掌で受け取った。
その中に折り畳まれて入っていたピンク色のナース服をちらと取り出して確認し、にこりと真砂子は上出来と微笑む。

「流石ね華南さん。素敵だわ。」
「真砂子様の為ならば。」

口癖のようないつもの返答を返すと、やはりそれに満足した真砂子はくるりと此方から興味をなくしたように半回転して振り返る。
彼女の視線から逃れられた事にやっとほっとして、けれどもすぐに疑問が湧いた。

「(ナース服など、一体どうする気なんだろうか)」

いつもながらに彼女のやる事為す事は総て検討できない。
出来たとしても恐らく自分には理解することなど出来ないんだろうが、それでもやはり気になる事は蓄積する。

すると、そんな自分の疑問を打ち消すかのように「そうだわ」と僅かにトーンが上がった声と、両手をパンと叩く軽快な音が耳に入った。

「ねえ、華南さん。これを受け取ってくれないかしら。」

と、再び此方に向きかえった彼女がずいと自分の前に何かを差し出した。
目をぱちくりとさせてそのプールの時間に使うような水中眼鏡の改造版のような物体を良く見れば、それは俗に言う暗視スコープと言うものだと察する。

「…これは?」
「今回は、貴女にも是非傍に居てもらいたいと思って。」
「…いつも傍に居るではないですか。」
「いいえ、もっと近く。私の呼吸が降りかかるほどに。」

実に艶かしいその口振りに同性とは言えどぞくりとしてしまう。
恐らく自分が男ならば最後の一言だけでころりと落ちるに違いない。
自分は「またそんな事を」、と彼女の遊びに呆れたような素振りをして内心を隠し、そっと眼を逸らした。

「(けれど、それと暗視スコープは一体なんの関わりが。)」

彼女の意図することはまるでわからないままだったが、彼女の絶対的信頼を裏切る気も、裏切られるとも思えずに自分は何も言わずにそれを受け取った。

「真砂子様のいう事ならば。」

彼女はやはり、嬉しそうに。
けれども何処か納得のいかない表情で、此方に優しい笑顔を向けた。

「所で華南さん?」
「はい。」
「貴女は彼の何処がよかったのかしら。」

「…自分に持っていないものを持っている人って憧れるじゃないですか。」
「……そう。」

ゆらりと、少しだけ彼女の瞳が濁って輝いたのが横目で見えた。
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