夢絆

□やっぱり恋してる
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自分は一体どれだけ運が悪いのだ、と棚の影からちらりと一組の男女を見て、華南は深い深い溜息を吐いた。
するとその内の男女の一人、女性の方が上目遣いに男に尋ねる。

「冠葉君の好きなものって何?」
「そうだな…やっぱり今は、君…かな。」
「や…やだもう、冠葉くんったら!」

…殴りたい、ああ、殴りたい。
先程コンビニで買ったばかりの缶ジュースを飲みもしないうちから潰してゴミ箱に投げ捨てたい衝動に駆られる。
ぎゅうっと強く片手に握った缶は僅かにぴきんと音を立て凹む。
その音にはっとした華南は慌てて手の力を緩めた。

自分がこうなるに至ったのは僅か数時間前の出来事。
いつもの日課でコンビニにちょっとした新作のお菓子が出ていないかと足早に向かったのがきっかけだ。

最近はコンビニといえども侮れない。
下手な洋菓子店よりか案外いいものが揃っていたりするし、なにより近場でお手ごろで楽。そして安い。
だから、こうしてコンビニで当てもなく甘味を探すのが華南の趣味の一つだった。
今日も目新しい新作のデザートがあったのを見かけて、華南は歓喜に打ち震えていた。

だが、店員の明るい「いらっしゃいませー」というお馴染みの台詞と共に中に入ってきた人物の姿を見て、幸せだった気分は一瞬で消え失せる。

「ごめんね、冠葉君。私が飲み物欲しいなんていって…」
「いやいいよ。俺も調度喉が渇いてたところだし。」

「…」

ふわふわとした巻き髪のちょっと大人びた可愛い女の子。
共に、現れたのはイケメン仮面を被ってにっこりとその隣に寄り添う、我が友人。
先程までじっと甘いものに食らいついていた目は、気付けばそちらに釘付けになっていて華南はその姿を見るなり、慌てて二人から見えないような棚に隠れた。
冠葉の腕に巻きついている女子は迷う事無く先程華南が立ち寄った飲み物コーナーへと真っ直ぐ歩いていく。

「冠葉君、なに飲みたい?」
「君の好きなもの、かな。」
「やだもう、冠葉君ったら。」

どちらともなく微笑む二人の姿に、その場に居た男性店員がわなわなと震えて、顔を歪ませていた。
華南は彼の姿を見て苦笑して哀れみながら、自分も彼の気持ちはよくわかると納得する。
実際あんな臭いカップルを目の前にしたら口から反吐を吐きそうになる。
けれどもそうする事ができないのは、あの片方の男に自分が好意を抱いているからで。そして出来るならばあの女子が自分であるならばと少し羨ましい気持ちを抱いてしまうからだ。

むうっと険しく眉間に皺を寄せて、華南は先程手に入れた缶ジュースを強く握る。

「(私だったら、あんな事言われても絶対冠葉の好きなもの無理矢理にでも買ってやるのに。)」

だが目の前の女子は華南の考えとは裏腹に「どうしよう」と言いながら、彼の言うとおり自分の好きなものを選び取って冠葉に笑顔を向けた。
これいい?と小首を傾げて、いいよ。と冠葉が笑顔で頷く。

「じゃあこれもう一個ね。」
「いや、それはいいよ。」

と、女子が手を伸ばそうとした瞬間、冠葉がその手に触れて止める。
きょとんと首を傾げた女子が目をぱちくりさせて冠葉を見た。
すると彼女が持っている飲み物をひょいと奪い取り、冠葉はそれを自分の口元に近づけた。

「だって一つで十分だろ。…一緒に飲めば」
「か、冠葉君…」

「……」

色男オーラを出しながら、彼女の腰を抱き寄せる冠葉。
それにぽっと赤くなる彼女の姿。

コノヤロウ。本当にコノヤロウ。
見ろ、先程の店員が遂に血涙まで流し始めたぞ。
華南は勢い余って今度こそ缶ジュースを潰しかけて、やっとの所で思い留まる。
はっとして慌てて缶ジュースをくまなく確認すればちょっと凹みはしたけれど然程外相はなかったようでほっとした。
おかげでどうやら冷静になることが出来た為、自分は一つ深呼吸する。

落ち着きがてら趣味も時によっては大きな不運を齎すんだなと、華南は鼻で笑ってみた。
しかしこうしている間にも周囲の目が自分の不審者として認識していく訳で、とりあえずは冠葉に見つからないようにわざとらしく何事もなく、ごくごく自然を頑張って振舞いながら、適当な品を吟味した。

だが、それでもふと耳に入ってくる女性のきゃっきゃとした笑い声と、冠葉のいつにない優しげな声が入り込んできてしっかりと商品を見ることが出来ない。

「(…なんか、耳障り。)」

こんな事は決して思ってはいけないのだろうが、やはりむっとしてそう考えてしまって、慌てて華南は考えを取り消す。
自分は冠葉のなんでもないし、っていうかそもそも関係ないにも程があるんだし、っていうか別に冠葉なんて見てもいつも通りに振舞えば言いだけなのになんで私ってば。
等など…複雑で自分にも理解できない考えがふつふつと湧いては消えていく。

変わりに今度は缶ではなく、胸の中から小さな音が聞こえた気がした。
ふいに、華南はじっとその横顔を睨むように眺めだす。

「(どうにかして気付かないもんかな。)」

気づいた所でどうしようもない事は知っている。
恐らく気付いても知らぬ振りをするか、ただの友達だと思って普通に話しかけてきて自分が痛い目をするかのどちらかだ。
どちらにしろ彼が気付くことによって自分が傷つくのは逃れられない。
だがそれを知りつつも、どうしても華南は自分を見て欲しかった。

気づけ。気づけ、と念を送るが、勿論それでも気付かない。
さっきまで早く消えろと思っていたのになんて矛盾だ。
この矛盾はいつだかも体験した事がある気がする。
そう、それは以前、冠葉と逢った出来事の事で。

「……あ、あんなん、事故だし」

ぽつりと小さく呟いてふっと脳裏に過ぎった出来事を消す。
だが、近づいてきた冠葉の瞳や、間近で見た彼の顔がどうしてもあの日から頭にこびりついて消えてくれず、そして一瞬浮かんだ今だけでも自分の中を支配した。
こんなに間近に本物の彼が居るというのに。

ふと隣の女の子を横目で見て、華南は少し、否…かなり寂しい気持ちに陥った。

「(私は妄想の中の冠葉で、あの子は本物の冠葉と一緒に居るんだ)」

ちくり、と胸が刺すように痛む。
別に此方を振り返ったわけでもないのに、慌てて華南は彼女から眼を逸らした。
思わず顔を俯かせると目から何かが零れてきそうな気になって、はっとして直ぐに顔を上げる。
ぐいっと帽子で目元を隠して、華南は震える手を握り締めて店頭を見た。

「(やだなあ、何泣きたくなってんの私。キモい。馬鹿だ。馬鹿だわ。)」

苦々しい気持ちで自分を罵るも、余計に自分が惨めになるだけ。
いっその事、バレてもなんでもいいから此処から逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、そうする際に冠葉の顔を嫌でも見ないといけない事を思えば、やはり恐くなってそれもできなかった。

「(…冠葉達が出てったら、帰ろう。)」

心の中でそう決めて、華南は今度こそ彼を見るのを止めて棚に隠れた。
折角だから甘いものを買っていこうと思ったけれど先程とは全く打って変わってそういう気分でもなくなってしまい、手に持っているジュースで我慢しようと考えた。
ふとジュースの銘柄を見れば、何故か冠葉の顔が浮かんできて慌てて華南は首を左右に振る。
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