夢絆

□本命は僕だけが知っている
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何の変哲もないファーストフード店。
冠葉は先程までそこで、今付き合っている女を今まさに振ったばかりのところだった。
理由なんて物はない、ただいつも通りに頃合が来ただけだ。
少し付き合ってやったんだから、もういいだろう。そんな薄情な事を自分は言ったような気がする。或いは言ってなくとも心の中で呟いたのかもしれない。
そんな風に彼女と別れ話を交わして、激昂した彼女からきついビンタを食らった現在。
目の前に取り残された途中までの飲み物と、誰も居ない空席をぼんやりと眺めながら、冠葉はつくづく「女は面倒」と疲れきった。
時折こちらをちらちらと眺めてくる視線が背中に刺さるも、大した事はなかった。そういう視線は慣れているから。
自ら別れを切り出したのだしショックも受けていなければ、悲しくもない。
けれども、赤く腫れた顔のまますぐに家路に帰る気にもなれずに、一人そこで黄昏ていたら、とんとんと肩を叩かれた。

「君一人?」

ひょっこりと自分の横から笑顔を表した女性に、冠葉は目をぱちくりさせる。
にこにこと笑う女に、先程こっ酷く女と別れたばかりですけど、なにか?と笑顔を向ければ、嬉しそうに女性はにっこり微笑んだ。
調度良い。小声で彼女が零したのを冠葉は見逃さなかった。

「だったら私と話さない?」

その口調があまりにも軽々しかったから、まあいいか。と此方も気軽に誘いに乗った。家に帰る気にもなれない今、調度いい暇つぶしにもなるだろう。
しかし後で晶馬に一度連絡を取ってちょっと遅れると言っておかなくては。と、冠葉は携帯にちらと目線を移した。
そして此方が了承する素振りを見せれば、女性はにこりと笑う。

「彼氏に振られたの。」

元座っていた席ではなく、彼女の座っていた席に移動して、注文したポテトを頬張りながら話を聞く。
切り出したその話は重い内容であったのに、彼女自身の表情はにこやかで、寧ろ振られたとは思えぬ位晴れ晴れとしていた。

「とはいえど、本当の彼氏とかじゃなくて私が勝手に奴を彼氏だと思い込んでただけなんだけどさー。」
「へえ…」
「ほら、よくあるじゃない?周囲からもてはやされていい雰囲気になっちゃうような男女。
私とそいつってそんな感じで、まあなんてーか?おたがい?一応意識してるみたいな関係になってたのよ。」

ストローを少し噛みながら、女性は右手の人差し指と中指を交差させる。

「まあね、そいつも結構流されやすいような天然な性格で、一度そう思ったらやっぱ私の事好きなんじゃないの?的な素振りとかしてくれて、私も私で、あ。こいつ私の事好きなんだーって思い込んじゃってさ。」

えへへと時折笑いを漏らして、ジュースから口を離す。
そして女性も自分と同じようにポテトに手を伸ばした。

「でもねえ、あくまでもそれはぜーんぶ私の思い込みだったみたいで、その男には好きな女…ってか、どうも結婚前提の彼女が居たみたいなの。」

ふうんと内心冷めた思いで聞きながら、「それは気の毒だね」と表情はあくまでも心配するように心がけた。
女はそれに気を良くしたように声を高らかに、「でしょう!」ときらりと目を輝かせる。

「もう本当酷くね、私こんなに可愛い女の子なのに。こんな子が傍に居るのに別の女がいたとか、そっちに向くとか、普通ないよね?ないでしょ、ないないっ。」
「本当、お姉さん美人なのに勿体無いよな。」
「でっしょー。君わかってるー!」

自ら断言して首を左右に振る彼女に、実に自意識過剰だと嘲笑う。
だが本音を隠して彼女に同調すれば彼女は瞬く間に鼻高々になった。

「なのにさーなんであいつは私に興味ナッシングかね。はー、考えらんない。」
「もしも俺が相手だったら、お姉さんの事放っておかないのに。」
「まっ。最近の子供はカッコ良い事言うのねー!」

冠葉はいつものように息を吐くように世辞を言う。
女は口元に手を当てると、にへらっと笑って得意げな顔を見せた。
その笑った顔がどこかで見知った表情のような気がして、冠葉は一瞬、既視感を覚える。
だがそれも束の間の事で、他人の女の笑う顔なんて皆同じだ。と思い込むことによってあっさりと浮かびかけた何かを消し去る。
変わりに、ふと脳裏に浮かんだ疑問を彼女に投げ掛けた。

「ねえ…そういえばお姉さん、幾つ?」
「女性に年齢聴くなんて無粋にも程があるぞー。」

つんつんと冠葉の額を小突いてむすっとする女。
それに気を悪くしたならごめん、と申し訳なさそうな演技で謝る。
最初はむすっとしていた女だったが此方が幾つか言葉をかけるうちに「しょーがないなあ」とやはりへらりと能天気に笑って話しかけてきた。

「なら、お姉さん、名前は?」
「遅くない?」

確かに。
けれども深く考える事はなく、女性はんーっと首を捻って見せてから自分の唇に人差し指を当てた。

「当ててみ。」
「俺が?」

こくり、と女性は頷く。
その表情は実に好奇心に溢れていて、きらきらと目を輝かせている。
どうして女はこういう無理難題を叩きつけるのが好きなんだろうか、と内心うんざりしながらも機嫌を損ねぬように考える素振りをした。

「そうだな…綺麗な人だから、名前に美とか入ってたりとか?」
「んーどーだろー。」
「じゃあ綺麗の方?」
「さあ、どうかなー。」

自分から問い掛けをしたくせに、にこにこと笑うばかりで的を得ない返事。
こんな風に相手を喜ばせるような事を言えば、大抵の女は隙を見せるはずなのだが…この女に限ってはそれも見せない。
こういうのがうっとおしいんだ。と思うも、掠りもしないのは聊か敗北感が溢れて嫌なのでせめて当たりそうなものをと真剣に考える。

すると、こつんと額を突かれた。

「次に逢う時まで考えておいて。これ宿題。」
「…宿題?」

そう、と女はこくりと頷く。
まるで教師のような言い方に自分はハッと自嘲を浮かべつつも、爽やかな笑顔を作り上げて顔を向ける。

「あーでも君に話し聞いてもらってよかった、面白かった。」

そうしてほんの僅かの話をしただけで女は勝手に満足して、勝手に話を打ち切った。
てっきりこういう系統の女は長話が好きそうなものだと思ったために、冠葉は少し面食らう。
女は再度ストローを咥えてジュースを飲み干すと、ぷはっと口を離して乱暴に机に放った。

「これ私の連絡先。またなんか逢いたくなったら呼んでちょーだい。」

女はそう言ってひらひらと手を振る。
そして横に置いてあったバックを手に取ると、此方を見向きもせずにさっさとその場から立ち上がって去っていった。
そのあまりにも迅速な素振りに本当に先程までの頭の軽そうな女なのかと内心でぽかんとした。

元から落とすつもりはなかったが、ああまで素っ気のない素振りだと逆になんだか落としたくなる。
冠葉は好奇心が疼く思いがしたが、それも一瞬の事で「まあ、遊びにするならもっと楽なのがいいか」と先刻前に別れた女の事をふっと思い出し、考え直した。

そしてそれが後に自分にとって良かった事だと発覚するのは僅か数日の事。
朝の時間で担任から副担任だと紹介された人物を見て、冠葉は言葉を失った。

「(あの時のお姉さん、教師かよ…)」

男子全員が女教師の登場に野太い歓声を上げる中、自分はただ一人物凄く冷めた気持ちで彼女をじっと眺めていた。
すると彼女は数ある生徒の中から、自分の姿を認めると目を丸くしてきょとんとする。そしてあの時と同じ悪戯っぽい顔で明らかに此方にのみにこりと笑いかけた。
せめて彼女が忘れていてくれたら自分も何事もなかったかのように知らんふりを決め込んだのだが、どうもあの様子では忘れては居ないようだ。

一通りの紹介を済ませた女教師は、担任と和気藹々と教室で話し出すとちらと此方を見て朝と同じように何かを企む瞳で笑う。
自分はそれに自然と嫌な予感を感じて、すぐさま机から立ち上がる。
しかし、一旦担任との会話を休止させ空気を読まずに此方に手を振って近づく女教師にそれを制止された。

「やーやーやー、君ぃ。なになに、昨日ぶりじゃーん。元気してたー」
「………ああ、お姉さん。」

それを眺めていた多蕗があれ、と首を傾げている。
内心冷や汗をかきながら、面倒な事になったと冠葉は笑顔の仮面を被った。
実に馴れ馴れしい彼女の言葉に多蕗はきょとんと目を丸くしていた。
そりゃそうだ、事情を知らない人から見れば確かにその反応は頷ける。
だが女はにこりと笑ったまま、此方と多蕗を交互に見た。
すると、多蕗が此方に向かって少し大きめな声をかける。

「華南、高倉と知り合いなのか?」
「んー。まあね、ちょっとバンソコを貰ってね。」
「バンソコ?」

そう、でっかい怪我に小さな絆創膏を。
華南と呼ばれた女、もとい教師はにこりと笑い、一度此方に目配せをする。
すると、それを聞いた多蕗は言葉をそのまま受け取って「そうか、高倉良い事をしたなあ」とにへらっと笑った。
その笑顔を見た瞬間フッと脳裏に何かが横切り、そして隣に居る女教師に目を配った途端、やっと思い出した。

ああ、そうだ。昨夜見た彼女の顔と、多蕗の笑顔はそっくりなんだ。
昨夜感じたあの既視感は恐らくはこれが答え。
女はわしゃわしゃと自分の頭を撫でると、本当昨日は助かった。とだけ言って再び担任の下へと戻っていく。

そして、多蕗の肩を叩いてもうっと頬を膨らませてコミカルに笑いかけていた。

「へーあの子高倉君って言うんだねー、あ。でも同じ名前の子、もう一人いたね。あれって?」
「ああ、彼は高倉の双子の弟で晶馬君って言うんだ。」
「双子っ!?すごっ、めっずらしーね!」

休み時間とは言えど教室だと言うのにも関わらず、全く誰にも遠慮しない素振りで二人の世界を作り上げ会話を交わす二人。
それだけで親しい仲なのだと察すると同時に、女教師からの方からのあまりにも積極的そうな雰囲気になんとなく違和感を覚えた。

「あ、そーだ桂樹?あんたそろそろ職員会議行かないとまずいんじゃない?時間やばいぞー。」
「えっ?…ああっ。そうだったそうだった、あはは。すっかり忘れてたよ。」
「んもー、桂樹ってばいっつもそうやって肝心な所抜けてるんだからなー。ま、だから私があんたの人間時計になってやってんだけど。」
「あはは、おかげで華南にはいつも助かってるよ。」

如何にも私が彼の事をよく知っているんだと言いたげな口振り。
その奥底に垣間見える何かに気付いて冠葉はおやと考える。

『その男には好きな女…ってか、どうも結婚前提の彼女が居たみたいなの。』

ふと、昨夜彼女が言った言葉が何故か今フラッシュバックし、冠葉はもしかしてと目の前の人物に疑いを持った。

「(あのお姉さんの好きな人、ってまさか…)」

思わず笑顔を失せてしまって真剣に二人を眺めていれば、気付いた女教師が真剣な眼差しで此方に何かを訴えかけてきた。
自分と彼女はぱちりと目が合うと、女教師はぎらりと強く此方を睨む。
まるで、何も言うなとでも言いたげに。
その目付きには少しもあの能天気な色はなかった。

「(……なるほどね、)」

冠葉はその視線に、にこりと笑顔で返しそして能天気に笑う多蕗を見た。

◆ある意味危険な三角関係


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