夢絆

□嫌よ嫌よも好きのうち?
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うちの副担任の女教師は、担任の多蕗桂樹に目下片思い中である。
副担任としてうちに移籍したその時から、彼女は他に目もくれずに、ただ彼ばかりを追いかけていた。
勿論仕事はきちんと済ますし、生徒共分け隔てなく接して教師としてはなかなかのもの。
だが、担任を追う副担任の姿は、正直引く位の獲物を見つけた捕食者の姿に相違なかった。
ああまで熱烈に女に追いかけられたら普通は嫌々ながらも大抵は落ちるのが男だ。しかも相手が然程悪くはない容姿ときたら尚更。
だが残念なのは相手はあの多蕗だという事。
早々簡単には落ちず、そればかりかあの天然さでさらっと流しては、上手く相手をかわしていくばかり。

「もう…ほんっとう、どうしてあいつあんなにニブチンになっちゃったかなあ…もお……」
「先生も大変だね、」

何気なく放課後、下校しようとしている自分の前にふらりと現れた彼女は、自分の机に突っ伏して項垂れだした。
まるで管を巻くような彼女ににこりと自分がそう心配をしてやる。
しかし、相手の教師はむすっとした顔を持ち上げて此方に答えた。

「別に。大変と言う大変じゃないし、考えてみりゃさ、私まだ告白もしてない訳だから完全に終わったとか言えないじゃん?だからまだ未来はある訳で」

それは未来じゃなくて未練の間違いじゃないだろうか。
内心ではそう思うも、ここで水を差したら最初の自分のイメージが台無しなので、やはり表情だけは仮面を被ったまま「強いね、先生は」と褒める一言を放ってみる。
案の定教師はそれに鼻高々にふふんと笑い、背筋をピンと張らせた。

「でっしょおー、先生マジ強いのよ。こう見えてメンタルだけは世界一なの。だから今でもあの男に女が出来ても全く気にせずぐいぐいいけるんだけどねー、いや。正直へこむけどさ。」

忽ち立ち直った女教師に、やれやれと肩を竦め冠葉はちらと学校の時計を盗み見た。
恐らく双子の弟はとっくに家に帰ってるだろうか、ならば陽毬の事を任せられるけど。と内心では家の事を心配しながら良い笑顔で話を聞く。
その後は勿論の如く、彼女の多蕗トーク。
よくそこまで彼に対する話題が尽きないものだ、と呆れつつも、時折此方の相槌を求めてくるので、下手に意識を飛ばせない。

だが、ここまで自分に興味がないというのは面白みがない。
今まで自分に対峙する女と言えば大抵が自分に好意を持っている者か、或いは一度深い仲になった人物達のみだった。
はっきり言って自分に好意を持つ女から熱烈な好き好きアピールをされても鬱陶しいが、相手にされないとされないで少し気分が悪いものだ。
なんとなく、今までにない気持ちにもやもやとした冠葉は、少し彼女の心を揺さぶってみようかという悪戯心に駆られた。
ここまで親身になって話を聞いてやっているんだ、少しくらいは彼女を浮つかせて、遊ぶのも悪くはないだろう。

「でもさあ、ここまで手応えないと、ちょっと他の男に移っちゃおうかなーって気もする訳なのよね。」

そう思ったその矢先だ。
やっとマシンガントークもひと段落を終えて、がっくりと肩を落とす教師。
調度いい具合に巡ってきたその姿に冠葉は、よし来たと目を光らせて内心で含み笑いを浮かべる。
空かさずその弱った彼女の頬に手を伸ばして、にこりと笑顔を携えた。

「じゃあ、俺とかどう?」
「…は?」

唐突な自分の発言に女教師は驚いたように眼を見開いた。
冠葉はその表情に満足感を抱いて、更に椅子から立ち上がり、目の前で机に肘を付く彼女の髪を指先で梳く。

「俺だったら、先生にそんな想いさせないよ。」

口振りはあくまでも変わらずに、けれども若干声を震わせて。
僅かに眉を凛々しくさせると、口元に不敵な笑みを携える。

「あんな風に言い寄られたら、俺だったらくらっと来る。ただでさえ先生、こんなに魅力的なんだから。」

しかし瞳だけは真剣そのものを装って、真っ直ぐに彼女の目を見た。

「先生、俺じゃ駄目?」

大抵はこれで女と言うものは落ちるものだ。
恐らく次の瞬間には、完全には落ちなくとも自分の事を意識する素振りくらいは見せるだろう。
完全に彼女は自分に篭絡されたなと確信して、冠葉は内側でにやりと笑みを浮かべた。

「っていうか、君さ。」

と、話の途中で突然区切るように、教師がぱっと自分の手を振り払った。
あまりにも素っ気無く、まるでハエでも追っ払うかのように邪魔そうに拒んだものだから、一瞬冠葉は呆気に取られた。

「つまんないよね、正直言って。」
「………、…ん?」

はああーっと、深い…否、深すぎる呆れた溜息を隠す事無く吐き出して、華南はハッと冠葉を嘲笑った。

「女に対するパターンもなんか似たかよったかの使い古された奴だし。なにそのよくある口説き文句。…いや、十年は古いよねソレ。
今までソレで女落としてきたの?ないわ、本当ないわ。それって単に色恋で遊ぶただのガキっぽいし。いやいいんだよ、実際ガキだもん。
でもさぁ、もちっと色んな女に対応できるパターンを勉強すべきだと思うよ。
少なくとも私はどっちかって言うとがつがつ来るタイプよりも、マジ桂樹みたいなああ言うのがくらっと来るから。」

要するに、今流行りの草食系男子と言うのがお好みという事で?
笑顔のまま固まった自分に、容赦なくずけずけと思う限りの事を言ってくる華南。
そんな彼女に反論する事が出来ず、冠葉は暫し絶句していた。

「あ、もしかして今まで言われない事言われて吃驚した?
あっははー、しょうがないっか。君なんていうか百戦錬磨っぽい感じだもんね。でもさあ、たまにはこういう事言う女一人くらい作った方がいいのよ。
あんまり調子乗ると、その内嫌な男になるからね。
その点、あいつは調子に乗らなかったから今までああも誠実な色男になったこと!」

まるで多蕗に対する募った苛立ちを、ここで発散するかのような怒涛の勢いで捲くし立ててくる女教師。
その言い草に最初はただただ、驚きに呆けて彼女の話を聞くばかりだったが、次第にふつふつと怒りの波が徐々に襲ってきた。
待て。自分は何で此処までこんな女に言われなくちゃならないんだ。
ただ単にいつものように女を口説こうとしただけじゃないか。
それに別にお前みたいな女を本気で口説く気はない、遊んでやろうと思ったまでで…。
と、そこまで考えて思いの丈が溜まり、流石に此処まで言われて黙っていられなくなった。
せめて一言でも反論しようと表情を険しくさせた時、そんな二人の間に第三者の声が割り込んで響く。

「おーい、華南ー。そろそろ帰ろうか…っと、なんだ。まだ高倉も居たのか。邪魔だったかな?」
「あっ、桂樹ー、いやいやちょっと勉強について話し合ってただけだから気にしないで。もう話し終わったし、それじゃ高倉君また。」

ころっと態度を変えて多蕗に夢中になり、さっさと話を切り上げる華南。
まるで先ほどの事などなかったかのように華南はすたすた真っ直ぐに多蕗の元に向かい、彼女のように隣にぴったりとつき従う。
先程までの自分への対応とまったく違うその姿に冠葉はぽかんとした。
…確かに女ってこう言う生き物だよな。と内心では理解をする。
しかし、理解はしても納得は出来ず。
冠葉にはすぐさま、ぐつぐつと煮えたぎった別の熱い感情が湧いてきた。

あの女、マジぶん殴りてえ。

「(ここまでコケにされて黙っていられるか…あの女、いつか落とす。冠葉くんなしじゃいられない、とかぜっ……ッたい、言わせてやる…!!)」

心の底から女に対してそう思った冠葉は、決意を新たにフッと笑った。
冠葉がそう決意したのを露知らず、華南は内心で安堵の息を吐いた。

「(やばいやばい…幾つも年下の相手に一瞬浮気しかけるとか…危ないにも程があるでしょ私。
咄嗟にいつもの可愛くない素振りかまさなきゃマジビッチになる所だったわ…)」

◆捕食者を狩る狩人が増えた。

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