夢絆

□気まぐれお姫様と司書
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つまらない、実につまらない。
目の前で本の整理をする彼を横目で見て、適当な本を暇つぶしにぱらぱらと見ていた華南はそうごちる。
淡々と作業を繰り返していた司書、眞悧は、その一言にぴたりと手を止めて緩やかに此方に振り返り笑みを見せた。

「お気に召す本はなかったかな、華南姫。」

その呼び方はやめてくれ、と散々彼に言った不満を再度洩らしてから、自分はこくりと首を縦に振った。
ここの本はもう粗方読んでしまったから。と自分が言えば、眞悧は何が可笑しいのか変にくすくす笑う。

「君は此処の常連だからね、総てを読み終わってしまったのも無理はない。」

そう言って、ずらりと並ぶ膨大な書籍を見つめる眞悧。
冷めた眼でそれを見ながら、自分はいまいち腑に落ちない気持ちを抱いて先程まで読んでいた本の表紙を指で撫でた。
確かに、どれも彼も読んだ覚えはある。
背表紙も、タイトルも、薄らだが見覚えがあるものだ。
だがしかし、その大体の内容は読んでいるのに全く記憶に残っていない。
…もしかしたらそこまで自分の心に震えるような内容ではなかった為、特に記憶に残らなかったのではないかと思うが。

すると、すとんと眞悧が僅かに間を空けて自分の隣に座り込む。

「ここにおいで。」

言って、彼はぽんぽんと自らの膝を叩いて見せた。
何のマネだ、と自分は彼に訝しげな目を向けて訊ねる。
眞悧はあくまで笑顔を絶やさず、さらっと答えた。

「なにって…一人で読むのがつまらないなら、せめて読み聞かせてあげようかと思ってね、」

前はよくこうしていただろう。との言葉に、華南ははてと首を傾げる。
そんな記憶は自分にはない。勝手に改造したんじゃないのかと、じろりと疑わしげに彼を見れば、彼は答えずにこにことしているままだった。
…相変わらずにこの表情は裏が読めない。
実に胡散臭くて、時に腹立たしくて、全く心に震えない笑顔。
けれどもその表情も慣れて流してしまえば、なんとか受け入れる事も出来た。

「相変わらず君は手厳しい。そう言う所も痺れるけれど」

まるでこちらの心の声が聞こえていたのかと言わんばかりに、タイミングよくそんな事を嘯く司書。
口に出してしまったかと一瞬焦るも、まあこの男なら別にいいか。とさらりと流した。

暫く突っ立って彼を眺めていたものの、このままこんな事をしていても埒が明かないと判断して、已む無く華南は眞悧に近づく。
眞悧は待っていましたと言いたげに、此方に手を上向きに差し出して、自分の膝を空けた。
華南はそれに遠慮なく座り込み、眞悧の肩にこてんと頭を預けた。

「座り心地は?」

…悪くはない。
そう答えると嬉しそうに「それはよかった」と一言。

「なにせ、ここは君専用の特等席だから。」

さらりとそんな気恥ずかしくなるような事を吐き捨てる彼に、一体彼はどんな環境で育ってそんな事を口走る性格になったんだろうかと深く悩む。
しかし、結局彼の事なんて考えても考えてもわかることはなく、最終的にまあ暇つぶしには面白い存在だからいいだろうと判断して頭を切り替えた。

読み聞かせと言うのだから、恐らくはこの本を読んでくれるのだろうと読みかけの本を持ち上げる。
けれどもそれは、何故か彼にすっと奪い取られて、「此方はもういいだろう」と勝手に判断されてしまう。
自分がきょとんとしていれば、目の前に一つの本が映し出された。

「退屈な君には此方の取って置きの本を捧げましょう。」

ちらと彼が赤い背表紙の本を見せる。
なんだそれは、と自分が彼を仰ぎ見ればにこりと優しげに微笑んだ。

「『華南姫、高倉家に出会う。』」

◆これも一つの運命の導き


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