夢絆

□恋する乙女は桃色日和
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いつも気付いたら彼を見ていることがある。
たまに会うからだろうか。だからこそ余計に彼が気になってしまって気になってしまって、もう少し彼を知りたい、もう少し彼を目に焼き付けたいと自然と彼を見てしまう時が多くなる。
だが、そんな華南の視線の矛先に当の本人は気づかない訳もなく、「そんなに釘付けになるほど俺って良い男?」とニヤリと笑った。

「…は、…なっ、ななっ!」

今日も今日とてじっと彼の横顔を眺めていた華南は、振り返った冠葉にきょとんとした。
だが、彼の三日月形に上がった口角から出た発言に、ぎょっとして忽ち顔を紅潮させる。

「な、なに馬鹿な事をッ」
「だってお前、さっきから穴が開くほど俺の事見てるんだもんな、」
「う。ぐ……」

慌てて彼に食いかかりつつも、視線を逸らして、華南はどきどきと鳴り止まない胸を押さえる。

「わかってるよ。」

くすりと笑って冠葉はそう言うと、一歩前に出て華南に近づく。
華南は自分に近づいた彼に、ぎくりとして背筋をぴんとさせた。

わ、わかってるってそれ、その、ええと、

どきどきと。否、どくんどくんと高鳴って早まる心音に息が詰まりそうになった。
華南は自分をじっと見て、距離の近くなった彼に緊張してしまう。

「ほら、これだろ見てたの。」
「え」
「やるよ。」

だが、彼の口から出たのは少しも色気のないもので。
ぽかんと此方が間抜けな一言を吐き出す合間に咄嗟に受身の態勢をとった掌に、彼の持っていたものが押し付けられる。

…わ、ちょ。ま…

口に出さず心の中で華南は途切れ途切れの言葉を浮かべる。
そして手渡されたジュースを見て、ぱちくりと何度も瞼を上下させた。

え、いや待って。や、やるって言って渡されたってだって…だってこれは、ついさっきまで冠葉が口にしていた代物そのもので、

「…ば、ばかんば!ちが、これ!」
「遠慮すんなって。この間お前にお茶奢ってもらったからそれの例だ。冠葉君の手付きだから、相当なレア物だぞお譲様?なんてな。」
「…あ、あほおッ!!」
「おっと、恐い恐い。先に行くぞ。」

ひらひらと手を振って先を行く冠葉に、真っ赤になって罵倒をぶつける。
しかし冠葉は諸共せずに、去り際にいやらしい笑みをにやにやと浮かべていた。

「(き、期待させておいて……、勘違いしてるなら余計な前振りするなッ!)」

華南はむすっとしたまま、ぎゅっと押し付けられたジュースを握る。

違う違う、違うよ馬鹿。私はこんなものを欲しかったんじゃなくて、これが欲しくてあんたを見ていたわけじゃないんだよ。
つかそんなにモノ欲しそうな乞食な顔に見えましたか私。
確かに私は欲しいと想っていたものがあって、あんたの顔を見ていたけどさ、それは別にこんなものが欲しかったからじゃなくて、言うなれば貴方のハートですよみたいなそんな、ああ落ち着けこれ以上冷静を欠くんじゃない。

ごんごんと片手で自分の頭を何度か叩いて、留めにぶんぶんと頭を振る。
混乱する思考を何とかしないと。と思い、彼が居なくなったのを確認して気を休める。

ふうと一つ深呼吸を落とした後に、全くこんなもの、と手元に残されたジュースを改めて認識した。

「(でも、嬉しくないわけじゃない、んだよね…うん)」

実の所では初めて彼が自分にくれたものであるゆえ、やっぱりそれはそれとしての歓喜の震えも沸きあがってはいた。

手の中に残っている僅かな彼の指先の感覚と、彼のぬくもりが確かにあったその甘ったるい飲み物をどう処理しようか軽く悩む。

「(なんか飲むのももったいないな、捨てるのももったいないし。
出来るならこのまま何もしないで取っておきたい、とか…)」

あ。これ、私……ちょっと、変態っぽい…の、かな?
と、華南は、はたと我に返って「だから冷静になるんだってば!」と再び頭を強く左右に揺さぶった。

◆彼の事で一喜一憂

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