夢絆

□歩み寄ることから始めよう
1ページ/1ページ


久し振りに顔を逢わせた友人の顔に暗く灯る影を見つけて、放っておけずに何か約束を取り付けて彼を縛り付けたいと思ったのがことの始まり。
自分は、表情の曇った冠葉と言う名の友人を連れて、一件のファミレスに来ていた。
だがそこで、第一の壁に突き当たったのがよもや自分と彼の関係性に関する初歩的なものだとは自らでも思わずに、落胆した。

「(なにかあるってわかったから、こうして離せずに引き止めたのに…)」

それなのに結局自分には何も出来ない。
正直の所、自分は一体何処まで進めばいいのか迷う。
自分はその紅の髪に指を絡めてよいのだろうか。
その寂しげな背中にぽんと手を押し当ててもいいのだろうか。
強そうに見せて弱弱しい彼に何かを宥めるような声をかけてもいいのだろうか。

自分は彼の母でもなければ妹でもましてやもう恋人でもない。
曖昧な間柄の、彼にとっては只の友人、あるいは知人と言うだけの存在。
自分にとっても彼は元彼氏でありながらも現友人と言うだけで、それ以上も以下もない。
そんな存在が気安く相手しか入り込めない世界に土足で立ち入ってもいいものだろうか。

もしもこの場に居るのが自分ではなく、気の利く誰かや、心置きなく安らぎを作れる彼の弟妹だったら忽ちこの空気を、そして冷たく凍て付いた彼を安らかなものに変えてくれるだろう。
そう、例えば彼の溺愛する太陽のようなお姫様とか、彼の唯一の良心である優しい普通の弟とか、或いは現時点で彼と付き合っている女性陣等など。

だがしかし、幾ら自分がそう思案した所で結局此処に居るのはこの自分。
何も出来ない、彼の安らぎにもならないこの自分なのだ。
それを思えばちくりと張りが刺すように胸が痛む。それが現実で変えようのない事実だと理解するからこそ、余計に苦しくなった。

「(私しか居ないのに、その心の開かせ方がわからない)」

ちらりと何気なく再びその背中に目を遣れば、背中はぴくりとも動く事無く窓の外、何処か遠くをじっと眺めていた。
何気なく自分は彼と目を合わせるのが恐くて、店内にあるテレビに眼を逸らす。
その中では最近話題のアイドルグループ、なんとかHとやらが満面の笑みを浮かべてミュージシャン達と他愛のない話題を繰り広げていた。
あんな風に自然に話せることができるなんて、芸能人とはなんて凄い存在なんだろう。いや、芸能人を馬鹿にしていたわけではないが、今の冷ややかな空気のこの状態に居る自分と比べたらあまりにもテレビの中の世界に居る彼らが眩しく見えてしまった。
改めて、その話術の巧みさと毅然さに見惚れる。

自分もあのように出来たなら。
そう思ってなんとか話題を考えようとするけれど、上手く話題が浮かばない。
というか、浮かべない。
確かに自分は元から馬鹿で、陳腐な言葉しか浮かばない自他共に認める低脳だけど、それとは別の思いが絡まり上手く言葉が浮かぶことが出来なかった。

生半可な事を言っても、それは全て彼を傷つけるナイフに変わるに違いないから。
下手な慰めをした所でかえって空気を悪くするだけでいい方向へ好転するとはまるで思えなかった。
確かにテレビの中の彼らはあんなにも饒舌に話しているが、よくよく考えてみればそれは何も知らない他人だからこそああまで立ち入っていけるのだ。

なら、今の自分の状態は如何だろう。
完全に彼の事を知り尽くしていると言う訳ではないが、完全なる他人同士というわけでもない。
…とても曖昧すぎる関係ではあるが、彼を知っているからこそ、どういう対応を取るべきかに悩んで、どういう対応を取ってはいけないかがわかる。

「あ、」

ならばわかるからこそ、今時分が同行動をするべきか、どう判断を下すべきか、答えは一つしかなかった。

何も言わない彼には、例え強引であろうともその先に踏み込んで無理矢理引き出すしかないのだと。
そうでなければ恐らく彼はまた逃げて、今度こそ自分が何かを言う機会は失われてしまう。

ごくりと唾を飲み込んで、掠れた声を這いずり出した。
案の定相手はそんな蚊の鳴く様な声で動く事はなく、それを確認しないうちに勇気を振り絞って言葉を今度こそ続ける。

「あ、の…さ …かん、ば…」

「…なんだ。」

やっとの事で彼が此方に興味を示して振り返る。
だがそれで安堵することはなく、自分は更に一歩を踏み出そうと前を向いた。

「…冠葉、何かあった、よね。
…その、もしよかったら、私で良いなら。
そのなにか、話してくれないかな…」

彼の中の頑なに縛られた鎖を解く鍵は持っていない、だから代わりに自分はその鍵を実力行使で壊すことにした。

私なら頼りになるから、なんて出過ぎた事は言えない。
けれどもそう思うほどの気持ちになる事は出来る。
何でも知っている、何でもわかる。
否、わかりたいから話して欲しい。

自分は今度こそ真っ直ぐに彼の方を向いて、真剣な口振りで続けた。
冠葉は鋭い目付きで此方を一度射抜いて、それから再び無言を貫く。
少し前の自分ならそれで恐らくひるんでいただろう。けれども今はもう怯まない。怯めない。

踏み出してしまったからにはその先を進むしかないのだ。

「私はっ…、

……少しでも、冠葉の力になりたいんだよ…。」

◆入り込むにはまだ早く、捨て置くには情が深すぎて

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ