夢絆

□気まぐれ姫様、高倉弟に出会う
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暴力的な朝日に起こされ、否が応にも一日の始まりを知らされる。
朝は弱い。と言うよりも朝はあまり好きではない。
燦燦としている太陽や、緩く流れる白い雲や、気分を落ち着かせてくれる青空は全部が全部自分にとってただの目の毒でしかないからだ。

ほぼ無意識のまま、定期的に身体に刻まれた行動を実行しながら、自分はその日も適当に朝の支度を済ませて玄関へと赴いた。
外に出るなりドアの鍵を閉めて、何度かドアノブをまわして、開かないのを確認しやっと家から出る。

また今日も代わらぬ一日を過ごすのか、と思うと途端に憂鬱が攻めてきた。
決して代わり映えのしない一日。悪くはないが決して良くはない。

だが本音を言えば、例えば明日世界中の全員がゾンビになってたりとか、UFOがやってきて突然地球侵略しますとか言ってきたりとか、心の何処かでこの安寧とした日の終末を望み、激動を求めていた。

脳内で自分とすれ違った人々の顔を役者として当てはめて、そんな事態が起きないだろうかと願ってみたり。
勿論、そんな事なんて起こる訳がないのだけれど。と、現実的に我に返ってフッと自嘲する。

だが、ありえない事だからこそせめて夢想する事くらいは許して欲しい。
この安穏とする日常の最中、常に心に潤いという名の激動を求めて病まない自分にはそれは手放せないものなのだ。
名もなきエキストラの皆さんには申し訳ないとは思っているが、何せ自分は割と面倒な性格で、きちんとした明確な役者を頭に思い浮かべないとろくに気晴らしの妄想が進まない。

だからこそ、こうして道端ですれ違うどうでもいい人々自分の退屈さを紛らわすには彼らの存在は必要不可欠だった。

さて、今度の設定は一体どんな悲劇にしようかと今日も今日とて空想を開始しさくさくと登校への道を歩いていれば、ぎゃーぎゃーと喚く男子の声が耳に入る。
ちらと顔を上げて改めて現実に眼を戻せば、少し前の方で何処かの男子校の制服を着た二人の学生がじゃれあっていた。
片方は顔がよく見えず、片方は地味目な青髪の少年。
後者の少年は前者の少年を怒鳴り、整ったような顔つきを歪めていた。

勿論ただそうしてすれ違っただけの彼らも、自分の脳内のエキストラに当てはめようと目論む。
だが、前者の彼はすんなりと脇役の中の一員として馴染んでくれたが、どうにも地味な割には中々容姿が目立つ後者の少年は上手く決まってくれなかった。
ふと、やられ役の脇役Aには勿体無い気がしてそこで一旦考えを止める。
はて。これは今までにはない事だぞ。
今までは例えどんな女性達が騒ぎ色めく男でも、決して容赦なく脳内で次の瞬間にはミンチになる役や、死亡フラグを立てる役に変えてきたというのに。

自分の中に突然振って湧いたその違和感にいつもなら立ち止まるはずはないはずなのに、困ったことにそこで行き詰ってしまった。
出来るならばそのまま「まあいいや」と流せば良いものの、不思議な事にそれすらも出来ず結局妄想を続けられず困難に陥った。
このままではいけない、と再度改めてちらとその横顔を見ようとゆっくりと横切りながら、彼をしっかりと眼前に移す。
だが、予期せぬ事に一瞬何気なく此方を見た少年と目が合ってしまった。
丸い、丸い、その空色の瞳にぎくりとして息を止める。

………。

しまった。
立ち止まってしまった。
しかも、目が合ったまま彼の真隣で知り合いのように立ち止まってしまった。

ぽかんとこちらを見ている瞳を映して、だらだらと冷や汗が流れる。
そそくさと彼から逃げるようにして足を速めた。
別にやましい事をした訳ではないのにどうしても今はそうしなければならない気がして。

「あ、ちょっと…」

だと言うのに、まさかの後ろからの制止に、ぴたりと素直に足を止める。
消え入りそうだけれどもはっきりしたその声に、自分は内心かなり心臓の音をどきどきと跳ね上がらせながら振り返った。

…な、なに。

するとそこには案の定先程のばっちり目のあった少年。
少年は自分の姿を見るなり、すっと目の前に何かを差し出した。
突然の事態に自分はぽかんと驚いて唖然とする。

「これ…君のでしょ?さっき、落ちたのが見えたから…」

言って、彼が差し出したるのはピンクのくらげのキーホルダー。
それは自分が前にとある水族館に行って買ってきた土産の品だ。
こんな奇特なキーホルダーをつけているのは自分以外居る訳がなく、一目でそれがが自分のものだと気付いた。だから確認の為に鞄を見れば案の定そこには見慣れたそれがなくなっていた。

本音を言うと先程の醜態の上にこんな失態を晒してしまった事について、悔しいながらも心をかき乱され立ていた。
だが、それでもめげずに自分は冷静を装い、ありがとう。と丁寧に彼の掌からそれを掬い取る。

いいえ、と安堵したように笑う彼の掌にふと自分の指先が触れた。
その時に、そう言えば自分は久し振りに異性に触れたなとよりにも寄ってそこで思い出してしまって、なんだか急に恥ずかしさが訪れる。

思わず頭を下げる振りをしてそっと彼から目を逸らして伏せる。
今目を合わせると、更に可笑しな言動をしてしまいそうで嫌だった。
それを避けるためになんとか視線を他へ逸らそうと、あちらこちらに目をグルグルさせる。
するとなんとなく着いた下の方で、直立しているぬいぐるみのようなペンギンと目が合った。

……ペンギン?

おや、と疑問が湧いてそれを凝視すれば、ぱちくり、と先に向こうが瞬きし、次いで自分が瞼を開閉させる。

………ペットだろうか。
変なものをつれているんだな、と暫く頭を下げたままそうしていれば、頭上から不審そうな少年の声が降りかかった。

「…? あ、あの…」

はたと、彼の声で目が覚める。
流石に三度目の恥ずかしい姿は見せるまいと我に返った自分は直ぐに目線を元に戻して、冷静になんでもないと首を左右に振る。
だが、一度気になってしまえばどうにも一言零さねばいられなくて、でもどうやって何を伝えればいいのかわからなくて、とりあえず至極全うそうな事を告げてみた。

とりあえず、学校行くならそのペットは家に置いてきた方がいいんじゃないかな。

自分はそう告げると、ややすっきりしてさっさと踵を返し歩き出した。

「………え。………あっ…ちょ、ちょっと!?」

大分間が開いて、再度、後ろから先程の少年の声が聞こえる。
しかし今度は振り返る事はならなかった。
自分が振り返るよりも先に、目の前から来た自分の友人が此方に彼の声を掻き消す大声で叫んだからだ。

「華南ーっ、おっそいおっそーいッ。今日は10分の遅刻ですよーっ。
きちんと10分待っていた私の精神損害賠償を払っていただかないとですねーっ。」

相変わらずに耳を劈くような甲高い声を上げて、友人は自分の腕にきゃっきゃっと撒きついてくる。
彼女の姿を黙認するなり、ああ煩い奴がきたと内心で脱力した。
学校に行く前から既にもう気疲れしてしまったようだ。
先程までの自分の内面の浮き沈みが嘘のように、再び感情は平坦を取り戻す。
そういえば、結局あの少年は何が言いたかったんだろう、と疑問に思うも、振り返る事は出来なかった。
一瞬浮かんだその疑問すらも長続きせず、結局友人の彼氏との惚気に掻き消されてしまった。

◆ああ、退屈。
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