夢絆

□気まぐれ姫様、大失態。
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その顔を見た瞬間、自分は間抜けにも「あ」と口をぽかんと開いた。
瞬間、その声が聞こえたのだろうか、不意に振り返った向こうも、同じように目を丸くして口を開く。

目の前に居るその少年は確か今朝、そう。
いつもの下らない妄想を繰り広げて居た時に自分の目に入り込んできたエキストラ候補の少年だった。

よもや目の前で再びあの少年と出会うとは思わずに、時間を確認しようと持っていた携帯を落としそうになる。

瞬時に自分はあの時の失態を思い出して、甦ったあの時の不思議な感覚に、開いていた口をぱっと閉じた。

何故か思わずその場でUターンしてしまう。
おや、と自分ですらもその行動に驚く。
だがしかし驚愕しても動き出してしまった足は止まらず、向けてしまった背は戻らない。
自分は帰り道から正反対の方角にずんずんと歩き、当てもなく突き進む。
その途中でふと何かにぶつかって鞄が引っかかるも、無理矢理それを引っ張って何食わぬ顔で足を動かした。

「ちょ、…ちょっと、君!」

後ろからは聞き覚えのある少年の声が叫んでいる。
耳に届く。彼の声しか聞こえないくらいに、耳によく届く。
だが、知らない。知らない知らない、知らないったら知らない。

たかだかちょっとあの場ですれ違っただけの、ただのエキストラ候補の、しかもエキストラから却下したあの男が、

まさか二度も出会うなんて偶然ある訳がない。

自分は分岐地点を見つけると、一瞬考えた後早足で片方の分岐先へ進んだ。
心なしか足を速めたおかげか、彼の声と足音は一瞬止む。
だが、ホッとしたのも束の間。
彼の声は一旦の間を置いた後、すぐに同じ音程で耳に届いた。
後ろから自分についてくる足音も、速さを増しているように聞こえる。

「ちょ、ま…待って…、ま……待、……待てってば!」

聞かない。聞く耳など持たない。
再度自分は足を速めて、今度こそ自覚するくらいの早足で動く。

どうしてこの男は付いて来るんだろう。
普通はただ今朝出逢っただけの人物に対して、ここまで追いかけてくるだろうか。
そんなに自分が間抜けで気になった?
ストーカーかコイツは。と、再び分岐地点を見つけて適当な所に飛び込む。
今度は複雑な四十字だから、そう簡単には分かるまい。
と、思ったのだが、やはり相手は間を開けてから声と足音をさせてやってきた。

…い、忌々しい。

…というか、だ。
まず自分がこうして躍起になって彼から逃げているのはなんでだろう。
そりゃ相手が不審者だとしたらこれは賢明な判断だ。
だがしかし、彼は見た所普通の人間だし、不審者らしい素振りは一切ない。
…今の状態は不審者だが。
けどそれにしたって、大した理由はないはずなのにと自らふと疑問を抱いた。

しかし、幾度か此処に来るまでに分岐点が幾つかあったはずなのにどうしてこの男は正確に自分を追って来られるのだ?

それを思えば何故か心臓がどくんと一度大きい音を上げて、息が詰まった。
そして、耳を劈く後ろからの大声。

「さ、さっきから、君の鞄の中身全部零れてるんだよーーッ!!!」

……、
…………

……なんだって?

そこで、やっとぴたりと自分は足を止めた。
まさか、そんな筈もないだろう。だって自分の鞄はきちんとこうしてチャックが閉じられている。
中身が零れるなんてそんな…まず、自分は気付かないほど馬鹿でもない。
どうせ自分を止めさせる為の嘘に違いない。そうだ。そうに決まってる。
こうして自分が油断した所を見計らって、後ろからがばっとかするに違いない。ああ、恐ろしい。恐ろしい。…とは、流石に考えすぎだけれど。
なにはともあれ、やはり彼の言葉を信じきることが出来ずに、自分は立ち止まりながらも恐る恐ると振り返る。

すると、その際にふと肩にかけてある鞄の異様な軽さと、違和感に気付いた。

………ん?

その瞬間に嫌な予感が自分の中を駆け巡る。
一度持っている鞄をふと何気に揺す振ってみた。
途端、足元に何かがぼとんっと転がり落ちる。

見ればそれは、今朝彼が拾ってくれたまま鞄に押し込んだあの物体。

…これは、まさか。よもや。なんて、今度は言い訳の道具でしかない。
自分は軽く青褪めバッと素早く振り返ると、そこにあった光景に絶句した。

……ああ。

これは追って来られる訳だ。と、妙に納得。
否、人間であるなら普通は誰でも追ってこられる。

なにせ自分の歩いて来た場所から、今立ち止まっている場所まで、ノートや教科書、メモ帳や、果てには雑多に入れられたお菓子等が見事に道を作っていたのだから。

まるでヘンゼルとグレーテルのパン屑の道筋のよう。
そして、道に置いてある自分の落下物を総て拾っているのは、鳥などではなくれっきとした人間で、あの印象的な青い髪の少年だ。

やっと自分が立ち止まったことに気付いて、少年の双眸が此方をきちんと捉える。
遠いけれどもはっきりと自分を見つめている眼差しに、眼を逸らしたくなるも、ぐっと堪えて体ごと向き返った。

……

ごめんなさい。

自分はその場でぺこりと頭を下げて謝る。丁寧に。迅速に。

「いいから君も拾ってよ!ノートっ、ノート飛んで行くから!!」

必死で教科書やら何やらを片手に抱えて、その上今もノートを片手で拾い上げている彼の必死な叫びにやっと我に返った。
慌てて自分の足元に落ちているものを手始めに拾って、先程来た道を辿る。だが、

「ああッ、か、鞄!鞄は外して!抱えてッ!更に落ちる!!」

言われて、そうだ。そうだった。と鞄を外す。
そして穴の開いている部分を上にして抱え、今度こそしゃがみこんで行動を再開した。
少年は遠目から自分をはらはらと見ていたが、此方がきちんと鞄を抱えたのを見て安堵したように再度拾い出した。

傍から見ればなにをしているんだこいつ等はと言うような滑稽な光景だろう。しかし、他者が何を思おうともそれは自分の気にする事ではなかった。
だってどうせ、身も知らぬ他人が思う自分の事なのだから。
ただ目の前の彼に馬鹿にされているんじゃないか、迷惑をかけているんじゃないかと思えば、忽ち羞恥と申し訳なさがふつふつと湧いてきた。
彼だって他人の一員に過ぎないはずなのに。

ノートやこの間の酷い点数のテストで作った紙飛行機。髪留め。ガム。
このたいして大きくもない鞄の中の何処にこんな細々としたものが入って居たんだと、自分ですら怒鳴り散らしたくなるほどのくだらないものを回収し先に進む。
そして目の前にある絆創膏に手を伸ばして前に進もうとした瞬間、

ごつん、と鈍い音がして頭に衝撃が走った。

「っで!」

一瞬何が起こったかと混乱するも、前方からの低く唸る声に気付いて、なるほど。単純に彼と衝突したのかと理解した。
ぶつけた部分を両手で支えて声にならない声で痛みに耐える。
予想だにしなかった激痛にその場になりふり構わず総てを投げ捨てて転がってしまいたい衝動に駆られた。

「ご、ごめん。前見てなくて…」

いいや、こっちこそ。

しかし、いつの間にか自分の前へと到達していたらしい彼を思えば、そんな事は出来るはずもなかった。
というか、こいつ。来るペースが早すぎだろう。
半分涙目で顔を揚げた彼をちらと見て、自分は髪で顔を隠しながら首を左右に振る。
…なんだか彼には失態を晒してばかりだ。
もしも穴があるならば今すぐに突っ込んでそのままそこで夜を明かしたい気分。だがしかし、実際にあるのは穴ではなくどうしようもない現実で、自分は恥ずかしさを堪えているばかりしかなかった。

「えっと、君…華南さん、だよね?」

……、…!?

何で名前を、と言う前に「これ、名前違うけど…」と目の前にノートを差し出される。
見ればそれは、帰り際に友人から借りた休んでいた間の分のノート。
あ、と洩らして自分は首を縦に振る。

それは友人のものだ、と言えば、彼はなるほど。と納得した顔を見せた。

「ならこれ、何処にも行かなくてよかったね。
先にこれだけ仕舞っておきなよ。」

言いながら、優しげにノートを自分に差し出す。
自分はこれは丁寧にどうも、と両手でそれを受け取り、先程の鞄に押し込む。それを見ていた彼が、「それ、大丈夫?」と苦笑して鞄を指差した。

「また途中で落ちたりしない?気をつけないとそれかなりの重症だよ。
それに、落ちたもの全部入りそうにないし…」

…まあ、確かに。

ここまででっかく裂けていると、途中で落ちる危険性も否めない。
だが、確りとチャックを閉じてでっかく穴が開いている部分を上に抱えていけば多分二度目の災難は起こらないだろう。
そう伝えれば、相手の少年は少し悩んだようにして、「でもなあ」と何処か此方の発言に素直に頷けないで居た。

「…君、家どこ?もしよかったら途中まで運んでいくよ。」

………え?

「だって君の手一つじゃ流石にこれ全部持って良くの大変だろ?だから、僕の鞄に入れて運んでいこう。…あ、立てる?」

……え、いや、ええと。ええ。

そこで断ればよかったのに、何故か自分は断り切る事が出来なかった。
いつもならば誰に対しても「結構です」と直ぐに素っ気無く出来るのに。

とりあえず、差し伸べられた手は……丁重にお断りしたが。

◆第二回目の失態。

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