夢絆

□熱に焦がされ、転がされ
1ページ/1ページ


携帯をちらと除き見て、自分はどきどきと辺りを見渡した。
様々に流れていく人々を流し見しつつも、その中に一つだけ。
たった一つだけ自分の求める顔はないかと期待をする。
どきどきと逸る胸を押さえてふうと人知れず深呼吸を一つ。
僅かに心臓が鳴り止んだような気がしたが、それはあくまでもほんの僅か。本来の方の心臓の高鳴りは一切として抑えきる事はできなかった。
否、きっと自分では抑える事は絶対として無理なのだ。

自分のこの心臓を落ち着かせられるのは、恐らくはきっとただ一人。
そうゆっくりと顔を上げて、華南が再び辺りを見渡そうとした時、現れた顔にはっと息を呑んだ。
その姿を完全に視認した瞬間、自分は疾風の如く駆け出す。

その速さは自分でも驚くほどで、瞬き一つをした瞬間に求めていたその場所へとテレポートをしたような錯覚をした。
何食わぬ顔で通学路を歩いていたその人物は、息を切らして突然現れた自分に面食らい、一度ぎくりと身体を強張らせる。
まあ、それも無理は無いだろう。行き成り見知らぬ女が目の前に現れたら普通はなんだこいつと驚くのは当たり前の事だ。
だがしかし、それも気にしないで。否、あえて気にしないようにして自分はぐっと顎を引いて、ずいと彼へ顔を突き出した。

「高倉冠葉くんですよねっ、」

「あ?……ああ、そうだけど…」

一瞬僅かに揺らぐ瞳。
彼の鋭くなった目が自分を訝しげに見ているのがよくわかる。
しかしそれでもめげない。
寧ろこうして彼の瞳の中に入ったこと事態でもう自分は既に歓喜に打ち震えているからだ。
意を決したまま、更に自分は言葉を重ねる。

「わっ、私ですね!私、櫻花御苑女子高等学校所属の華南と申します!
昨日、この駅で高倉くんを見つけてから、高倉くんの虜になりました!」

湧き上がる僅かな緊張を解きほぐそうと意味もない挙手をする。
辺りの人々が何事かと此方に振り返るような予感がしたが、今はそんな事はお構い無しだった。

本当だったらこんな風にするんじゃなくてもっと知的で、スマートな手段があっただろう。
そもそもに相手が自分の事をどう思っているかなんて全く分かりはしないのに。
けれどもこんな博打の様な手に出たのは、偏に自分が短絡的思考の猪突猛進人間であるからだ。

胸の中に一度浮かんだ熱を秘めたまま黙って恋焦がれるなんて大人しい事、出来る訳が無かった。
だから今日。
こうして彼がここに表れるその日を待って、自分は勢いのままで彼にぶつかろうと思っていたのだ。

勿論砕ける事は承知の上。
初対面の相手の告白を直ぐに了承するなんて上手い話ある訳が無い。
だがしかし、例え了承しなくても、これをきっかけとして了承するまで自分を知ってもらえばいい。

ぽかんとしていた彼が、自分の言葉を聞くなり真剣に此方を射抜くようになる。
視線の変化に僅かに華南はたじろぐも、それでも負けじと前を見据えたまま息を大きく吸った。

「…っす、す、す……す、好きです高倉冠葉くん!昨日から寝ても冷めても高倉くんの事しか考えられません!っていうか24時間頭の中が高倉くん天国なんです!あれです…その、本当高倉くんまみれなんです!
…どうか…わ、私とお付き合いしてください!!」

腹から出る限りの大きな声で、頭に浮かんだ総ての感情を包み隠す事無く彼へと曝け出してぶつける。
内心、自分が変な事を言ったなと冷静に理解はしていたが、それを押し留めて告白するほど自分の彼への好意は甘いものではなかった。
たった一言「好きです」では言い表せないこの思いの真実。
その本気を知って欲しくて、笑われても惹かれてもその本気を聞いて欲しくて、華南は精一杯にそれを伝えた。
そして、すぐさまばっと頭を下げる。

よし、言った。言ったぞ。言い終わったぞ。

自分の思いを伝え終わると、不思議な事に妙な達成感で胸が支配され、なんと告白しただけでも十分に満足しきってしまった気になっていた。
だが、本題はこんな所で終わりを告げるものではない。
大事なのはその先だ。
伝え終わった自分の気持ちを彼がどうやって返してくれるか。
まあ、まず良い返事は期待できないだろうなと言う気はなんとなくしていた。
幾ら猪突猛進で馬鹿な自分でも、常識的に考えて初対面の女にいきなりそんな事を言われたら引くという事くらいは分かるし、もしすればストーカーの線も考えるかもしれない。

…そ、それは困る。
自分はただ純粋に昨日初めて彼を好きになったばかりだというのに。

流石にストーカーには勘違いされたら困るので、せめてそれだけはきちんと訂正をしようかと再度華南は顔を持ち上げようとする。
だが、そうする前に眼前にすっと手を差し出された。

「…こんな俺でよければ、お願いできるかな。」

「…………、……え。」

一瞬、彼の言葉に頭が真っ白になってしまいかけた。
とりあえず恐る恐ると顔を上げれば、そこには先程とは違い優しい綺麗な笑顔でにこりと微笑む彼が居た。
それを目撃すればどきりと一瞬心音が乱れ、華南は自然に口をぽかんと開いてしまう。

「……ま、マジですか?!いいですかッ。本気で良いんですか!?」

ちょ、今とんでもない事を、しかも物凄く気持ちの悪い事を言った女ですよ私。自分ですら言った後僅かに引いた位の事を言ったんですよ私。
さ、さては高倉くん耳が悪いんですか!?と、思わず声を大にして言ってしまいそうになれば、相手がきょとんと驚いて逆に問い掛けてきた。

「当たり前じゃないか。第一、そんな風に俺の事を考えてくれるなんて、男冥利に尽きるってものだよ?
それに…ずっと俺の事で君の一日を無駄にさせてしまったなんて思ったら、なんか申し訳なくて…さ。」

…う、愁いを帯びたような気障っぽいその顔なかなかOK!!
まるで全身に電流がほとばしったような感覚に陥って、自分は思わず震え上がる。
徐々に頬には熱が灯り、自分でも分かるくらいに紅潮しているのだと理解した。
自分はブンブンと首を左右に振る。

「そ、そそそそそんな、全然。まったく、まったくありません!む、寧ろ高倉くんのことを考えるのは至福の時間で…」
「でも、責任は取らせてくれよ。俺なんかが君の隣に立つ事で、君の一日の俺への思いが浄化できるなら安いものだ。
…いや、逆に燃え上がるかな?」

勿論砕ける事は承知の上。
初対面の相手の告白を直ぐに了承するなんて上手い話ある訳が無い。
僅か前までそう思っていた。
思っていたけど、どうやらその上手い話はあったようだ。

こんなまたとない幸運は一体如何いうものなのか。
女神様とかキリスト様とか地蔵様とか何かが自分に微笑んでくれたのだろうか。無信仰者だけど。
或いは今日一日自分は絶世の美女に見られる呪いでもかかったのだろうか。
いやもうなんでもいい。兎に角彼が自分の告白を許可してくれたのは紛れも無い事実だ。現実だ。
自分は彼の口から出されたその言葉がやはり信じきれられずぽかんとしていたが、彼から頬を撫でられて漸くそれを実感した。

「は、わっ。…ぇうえ?!」
「可愛い反応。」

くすりと僅かに口角を上げて優しげに微笑む目の前の彼。
華南はそれに硬直して、見る見るうちに顔を真っ赤に変貌させていく。
いやだってそれも仕方ない。仕方ないと思って欲しい。
少し前にはただのすれ違うだけの他人だった恋する彼が、今はもう自分に関係のある一人となったのだ。

「…あ、改めてよろしくおねがいしまーっす!!!」
「ああ、よろしく。…ええと、華南さん?でいいのかな。」
「で、出来れば呼び捨てでお願いします!」

自分は浮かれてへらへらとした笑顔で敬礼する。
彼はやはり冷静な笑顔で笑いながら、自分のお願いを聞いてくれた。
ああ、今日はめちゃめちゃ最高の日だ。本当に最高の日だ。

きっと彼と自分が出会った事は運命。
運命に違いなかったのだ。
否。例え運命ではなくとも構わない。
寧ろ運命にしてみせる。
だってそのくらいに自分は今、彼の事が好きで好きで仕方ないのだから。

◆真実が見えなくともしがみ付く覚悟もある

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ