夢絆

□姫は日常に戻らない
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「聞きたいことがあったんだけど、華南さん…その、僕の隣に居るペンギンみたいなの、見えるの?」

………… ……何の話?

繋いでいる掌の温かさに軽く没頭していたおかげで唐突に出されたその質問が理解できず、自分は思わず首を傾げた。
そんな帰路の事。

その日も、なんとなく予感はしていたがやっぱり今日も下校時刻が重なったらしい。
いつもの場所、いつもの駅で確りとその日も顔を合わせた自分といつもの彼。
驚く事はなかったが勿論衝動的に逃げようと足が動こうとした。
だが、今回ばかりは二度の逃走を目の当たりにした彼からすかさず腕を掴まれて阻止される。

そればかりか、流石に今まで逃げられた事に腹に据えかねているものがあったのか、「流石にもう逃げないでよ」とやや強めに釘を刺されてしまった。

その後、結局自分が逃げないようにと無理矢理手を掴まれて、共に下校すると言う名の連行をされてしまった。
因みに言うと何故共に下校するのかと言うと、この間家まで送ってもらった際に彼と帰る方向が同じで、しかも中々に家も近いと言うのが発覚したからだ。
だから家はこっちとか適当な嘘をついて逃げ出したくも、それは不可能な事になってしまっていた。
…流石にもう逃げる気はあまりなかったけれど。

そんな途中の帰り道で、彼がふと放ったその質問。
自分は一体何を行き成り切り出したのだろうかと面食らって、暫し彼の表情を眺めてしまっていた。

「い、いいいきなり変な話してごめん!ちょ、ちょっと聞いてみたくなったものだからそのっ、…ほ、ほら、初対面の時に華南さん、僕にぺ、ペンギンの事注意してたし!ペットがどうのって……」

すると、自分の視線に気付いた彼が此方が不審に思っていると勘違いしたらしく、妙に狼狽して重ね合わせてない方の手をブンブンと振った。

…はて、ペンギン。
……ああ、あのペンギンの事か?

ふと今まで出逢った時の事を思い出して、そういえばいつも彼の傍らには無表情無個性な変なペンギンが居たのを思い出した。
例えば二度目の再会をした時、自分の持ち物を拾っている時にペンギンは零れ落ちたお菓子を見繕っては見境無く口にしていたり。
例えば三度目の再会をした時には、彼の背中にリュックのようにぶら下がっていたり。

…今にして思えば、あの時はその存在が目に入らないほどにこの目の前の男が気になっていたのだが。

なんとなく恨めしい気持ちがふつふつと湧いてきて、じろりと彼を睨んでみる。

「……?…え、っと…」

降り積もる思いを口にせず、ぷいっと顔を背ける。
すると不思議そうに彼が「華南さん?」と自分の名を呼んだ。

……とりあえず、ペンギンについては見えるけど…なにか。

低音でそんな可愛くない一言を口にして、先程の質問に答える。
というか、最後の「なにか?」はいらなかったんじゃないだろうかとちょっと後悔する。
彼は嫌な気分にならなかっただろうかとちらりと確認がてらそちらを見れば、彼はぎょっとした後、複雑そうに苦笑して目を泳がせていた。

「っそ、…そう…なんだ?見えるんだ、そうなんだ……」

その彼の声の安定しない揺らぎに気付いて、少し焦る。
しまった。やっぱり最後の言葉は余計だったか。
彼を困らせてしまったのに気付くと、自分は慌てて言葉遣いを改めつつ、言い方を和らげて再度返事をする。

み、見えるけど、その別に誰にも言ってないし、ペットを連れなきゃいけない事情もあるんだろうし、家につれて帰れとはもう言わないから。
だからその、

どうにかしないとと、唇を開いた瞬間に妙に早口になってしまう。
そしてせかせかと話した後にそれ以上先に何を言おうか迷ってしまった。

「あ、あのさあ。」

は、はい。

その間を縫って話しかけてきた彼に、不意にどきりとして顔を上げる。

「その、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ね?」

う、うん。

彼は頬をかきながら視線を自分…ではなく、自分の周囲にちらちらと向ける。
その目線の先に不信感を抱くも、今はそちらに思考を向けず、今度は素直に答えようと真剣に耳を傾けた。

「…華南さんも、もしかして何か生物…その、うちと同じようなペンギンとか…飼ってる?」

……え、…あ。別に…いやっ、別にじゃないっ。
多分…ないと、思う、よ。

一瞬先程のように答えそうになって、慌てて素っ気無い答えに被せながら自分は首と手を左右に振った。
多分、という曖昧なの部分があるのは実家が水族館を経営しているからだ。
そこで飼っている動物は結構多いため、個人で飼っていなくてもある意味では飼っていると言っても間違いではない。
だが水族館とは言えども、実はたいして大きな水族館ではない。
この街にあるもう一件の大きな水族館に比べれば、うちの水族館なんて酷くちっぽけなもの。
収入だって雀の涙だし、ちょっとでっかくなったペット小屋と自分は幼い頃呼んでいた位の寂びれたものだ。
だがそんなうちの水族館でも彼の飼っているような、コミカルな種類は見たことは無い。

「そっか、飼ってないんだ…あ、いやなんでもないよ。変な事聞いてごめん。」

彼はほっとしたような、けれども何処かまだ気になる事を残したような曖昧な表情を一瞬見せて、へらっといつものような笑顔に変わった。
その一瞬だけの表情の変化に自分は少し引っ掛かりを覚える。
しかし、あえて何も追求せず、変わりに大丈夫だと言う意思を伝える為に小さく首を左右に振った。

「…試すわけじゃないんだけど、」

うん?

「因みに今、僕のペンギンが何処に居るのかわかる?」

まるで猫を指差して「あれの名前は一体なんだ?」と言うみたいな簡単な問い掛けに、自分は軽くぽかんとした。
一瞬彼は人を馬鹿にしてるのかと思って、不満気に顔を顰める。
なんだその簡単な質問の意図は。意味があるのかと口を開こうとするが、けれどもあまりに彼が真顔で語るものだから、追求する事ができなかった。

………君の、

自分はおずおずと口を開き、ちらと彼を見た後に、ペンギンの居るであろう方向に目を逸らして立ち止まった。
すると同時に彼も立ち止まり、僅かに繋ぐ手に力を込めて続きの言葉を待つ。
自分は黙り込む彼に応える様に、見えている事実をそのまま告げた。

…君と私の後ろで、スナック菓子食べてぺったんぺったん歩いてる。

と、振り返ればそこには自分の鞄の中に入れておいたスナック菓子を、いつの間に盗んだのか大口でぱくぱくと食べているペンギンが一匹。
いや、一羽?
何はともあれ、兎に角ペンギンらしくないペンギンがそこに居る事を自分は彼に伝え終わった。
すると後ろのペンギンのらしからぬ奇行を見た彼が脱力して、額に手を当てる。

「………せ、正解。っていうか、そのお菓子華南さんのなのに、」

いや、大丈夫。食べ切れなかった奴だから平気。

すぐさま彼が此方に謝ろうとしているのを察して、素早く掻き消す。
寧ろ、この子が食べてくれて余らなくてよかった。と言えば、彼はほっとしたように微笑んでくれた。

「華南さんが優しくてよかったよ、本当だったら怒られても仕方ない事なのに。」

さらっとそんな風に人を褒める彼に、一瞬どきっと心臓が跳ね上がる。

べ、別に……優しいって程では。と、もにょもにょ自分が口篭れば、何事も無かったように次の話題へと彼は切り替えてきた。

「あ、それから他にも聞きたい事があったんだけど…いい?」

…そのあっさりさに少しむすっとするも、とりあえず次の彼の質問に答えてみた。なんだか、質問責めだ。
寧ろ彼に質問したいのは自分の方なくらいなのに。
けれども、彼のその質問にちょっとだけ楽しくなっている自分がいたりして、気付けば後半の辺りは最初逃げたくなったのが嘘のようにすんなりと話し込んでいた。

だが、そんな時間も束の間の事。
時間を忘れて話し込んでいればいつの間にか自分の家に到着していて、自分よりも先に気付いた彼が「華南さんの家、此処だよね」と立ち止まった。

あれ、こんなに自分の家に着くのは早かったっけ。と呆けていれば、不思議そうな顔で名前を呼ばれる。
なんでもないと慌てて首を左右に振るも、どこか煮え切らない気持ちがあった。

ぼんやりと自分の家を眺めていれば、パッと彼の手が離れる。
はっとして振り返ると、彼は笑顔でそれじゃあね、とあの時のようにあっさりと背を向ける。
まるで何事も無かったかのようにする彼に、なんだか寂しさがふと湧いた。
あ、と小さく零すも彼には聞こえなかったのか振り返らず、そのまま先を歩いていく。
胸に残る名残惜しい気持ちが拭えなくて、自分は息苦しくなった。
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