夢絆

□下落した後再浮上
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第一印象、また馬鹿な女が引っかかった。

少し前に彼女として付き合いを始めた女に対する気持ちは間違いなくそれだった。
まあ、こういうタイプは限りなく絶対に馬鹿だから多少ほうっておいても構わないだろう。
そう思って適当に相手していたら、まさかあのとんでもない一部始終を確り眺められていて、その上問い詰められるとは思わなかった。
結局立ち去ろうと思ったのに立ち去れなくて、むりやり前の席にどっかりと座り込んだ現彼女の相手をする事になる。
じっと此方を何か言いたげに睨む華南に、自分はさり気無く視線を逸らした。
…面倒くせえ。

「いやあ、冠葉君はかなりの女誑しだったんですねえ…」
「…。」

顔色を悪くしてげんなりとする華南に、自分は無言を貫いてみる。

「幻滅した?」
「この期に及んで君はまだ私に猫被るかね。」

流石に二度目は素直に騙されてくれないらしく、にこりと出来うる限りの優しい笑顔を向けても酷く冷めた対応を返された。
そう言う事ならと此方も繕っていた笑顔を失せて、背凭れに体を預ける。

「あーもう最悪だ。私の彼氏だと思っていた人がこんな男だなんて最悪だ。」
「はいはい、悪かったよ。お前の惚れた奴がこんなろくでなしで。」

「そこまで言ってないし!最悪だとは思ったけどろくでなしなんて微塵も思ってなんかいないし!
確かにモテそうな人だって思っちゃいたけど…うわあああ冠葉君マジでそう言う人だったんだ!
マジでそんな風に素っ気無くて最低で最悪な人だったんだああ」

がんっと机に頭をぶつけながらわっと大声で泣き出す女。
女に泣かれるのはこれが初めての事じゃないし、今まで泣いた女の中でも特にこの女の涙は哀愁を誘わないので自分もフォローする事も慰めることもなくそのままにして水を飲む。

さっきからの女達の襲来でこっちはもう疲れて喉がからからなんだ。
だがしかしここまで素早く化けの皮が剥がされたのは初めてのことだなとぼんやり思う。

「っていうか少しも一言も慰めてくれないんですね冠葉君…」
「慰めてほしいなら慰めるけど。」
「どうせ本音じゃないんでしょ?ならいらないよお、寧ろ愛をおくれよー…」

それは無理だ。
自分が本当の愛をあげるのはこの世でたった一人の人物に対してのみ。
心から愛する我が妹のみだけなのだ。
それ以外の女になんて、微塵たりとも興味はない。

「あんな場面見て、まだ俺に愛を求める気?」
「そりゃあそうだけど…」
「お前のためには悪い男に噛まれたと思って此処で離れるべきだと思うけど、」
「あーでもなあ、別れたくないなあ。なんか別れたくないなあ。」

この期に及んであんな彼氏の醜悪さを目撃しても、それでもまだ彼女は自分にしがみ付いて居たいらしい。
机に肘を突いてはあと溜息を吐き出せば、「そんなに私は重いですか!?」と勝手に解釈してきた。

「言ってねーだろそんな事…」
「溜息がッ、溜息がもう間違いなくこいつ面倒くせえオーラ出してたんですよ!うわ悲しい!別れたくないとか思っていても相手には微塵も思われていないこの現状!最高に悲しい!」

一人でわあわあと騒ぎ立てて、一人で思い込んで落ち込む馬鹿女。
…正直今まで付き合ってきた中でこれ以上のとんでもない女はまたと居ないと思う。
なんか面倒な奴と縁を持ってしまったなと軽く眩暈がする気がした。

「じゃあ出してたらなんだよ、潔く身を引いてくれるわけ?」
「う…そ、それはそのお…」

その話題を出せば途端に口篭って、大人しく考え出す華南。
自分は冷たい目で彼女の言葉を待ちながらコップの水を一口含めば、目の前で彼女が両手で頭を抱えだした。

「ううう…それを考えると嫌なんだよお…。頭じゃ理解していましても、なんていうかいざ別れるって思うと寧ろ『なんで!?』なんて思ってしまうわけでして…っていうかあの短い付き合いでも私はとっくに冠葉君に心を奪われていたわけでして…」

唸りながら眉間に濃い皺を寄せて、頭をゆらゆらと左右に動かす華南。
彼女の口から漏れる明確な名残惜しさにこれは一筋縄では別れそうにないな、と察する。
すると案の定、一人で折り合いをつけた華南が、一つの結論を熱く語りだした。

「ようするに!駄目だよッ、私は冠葉君が居ないともう駄目だってことなんです!一度冠葉君と付き合った日々を思い起こせばろくな事ないのにそれでも手放したくない大切な思い出に出来上がってしまうんだよ!冠葉君が居ないと私はもう駄目なんだよ!」

「お前は俺が居なくても人生楽しそうな気がする。」
「冠葉君が居ると更に人生楽しくなるんですよ!!」

どんと掌で机を叩いて、必死で此方に訴えてくる彼女にやっぱりなと呆れ果てる。
だが、そこまで肩で息を切らして言いきった彼女が、ふと

「でも、これだけ言っておいて今更だけど…その、無理に好きでもないのに冠葉君を自分に縛り付けておきたくない、ってのは…あったりする。」
「……」
「やー…その、さ。色々見苦しい事言ったし、今でもかなりまだ全然見苦しいけど、でも好きだから困らせたくないから、……頑張って別れる。」

そんならしくない台詞を今にも泣きそうな顔で吐くものだから、つい此方も黙り込む。
さっきまで散々泣き喚いていたくせに、途端に真顔になってぷるぷると身体を震わせ涙を堪えだす華南。
これ以上重い女になりたくないという此方への気遣いなのか、それともただの意地なのか、上手く判断が出来ずに少し悩む。
けれど感情表現が素直な彼女だからこそ、多分前者の線が強いのではないかと判断した。

「…言っておくけど、俺あの女達だけで終わりじゃないんだよね。」
「え?……まままままだいるの冠葉君!?」
「居るよ。」
「はぐあ…」

予想外にショックを受けた様子で、まるで弾丸に胸を射抜かれたような大袈裟なリアクションを取って身体を揺す振らせ、机の上にばったりと倒れこんだ。
ぴくぴくと痙攣している彼女の瞳からは、だらだらと絶え間なく涙が滝のように流れている。
…なんか、ちょっと面白いなんて思ってしまった自分が不覚で、さっと口元を覆った。

「だから別にお前一人と付き合っていても居なくても、あんまり大して変わらないし。」
「…うううう……」
「それでも良いなら今までどおり好きにして良いけど。」
「うううう……ぅえ?」

彼女からさり気無く視線を逸らして、素っ気無く言い放つ。
すると先程までえぐえぐと泣いていた彼女がぱっと顔だけを上げて、ぱちくりと此方を見てきた。

「え、…あの、それってどういう……」
「だから。そんな俺でも良かったら、まだ暫くは付き合ってやっても良いけど?」
「……はぇ?」

此処まで言ってもいまいち的を得ないように、ぽかんと呆けて華南は首を傾げている。
ちらと彼女に視線だけを向けて、にやりと笑う。

「お前俺が居ないと駄目なんだろ?」

まるで悪者のように言っては見せるものの、実を言うならそんな言葉が口から出た自分に、自らでも驚いてしまっていた。

「(…なんていうか、意外に常識はあるから俺も切り捨てられないんだよな…)」

他の女と違って連絡が取れなくても大量のメールや電話を寄越しては来ないし、何処で何をしていたとか強く咎めないし。
それに今まで馬鹿だとは思っていたが、然程彼女は馬鹿ではないらしい。
さっきの色々言った後にきっぱりと考える行動もそうだし、本物の馬鹿ならばきっと衝動を抑えきれずに先程の元カノ達に混じって自分を問い詰めに来るはずだ。
こうして見てもやっぱり煩い女だと思うが、弁えている所は弁えている部分は素直に評価できる。

そんな風にこんな馬鹿を装っているが、根底では謙虚な彼女の事をなんだか放っておく事ができなかった。
華南は此方の思想も知らず、ぱっと笑顔を輝かせる。

「は…はい、お願いします!是非とも改めてお願いします!!」
「その代わり今までのように必要以上な身体接触なし。」
「えー……」
「不満があるなら別れてくれていいんだぞ、俺は気にしないから。」
「不満は大いにありますがそれ以上に冠葉君が好きなんで耐えます!!」

素直な事を口走りつつも、挙手をして姿勢を正す華南。
それならいいんだと自分は残っているコップの水を飲み干して、机に置いた。

「じゃあ帰る。」
「え、」

いつの間にか横を通ったウェイトレスの尻に張り付いていた一号をさり気無く引っ張り回収する。
よいしょと何事もなかったように立ち上がって、じゃあなとだけ告げた。

「ちょ、ちょちょちょま!」

それに伴って荒々しくがたっと立ち上がった音が聞こえるが、自分は全く振り返ることはなく、その場から颯爽と立ち去る。
最後の最後まで一人で楽しそうな奴だ。と、無性に可笑しくなる気持ちと、やっと開放されたと言う安堵感が胸を襲う。
店から出て外の空気を吸い、一歩踏み出した。

「ま、まったまった冠葉君!私も帰る!」

その瞬間後ろから先程の慌しい声。
自分はもう振り向きもしないで、さっさと一人先を歩いていく。
だが、その後からたったと駆け足で追いかけてくる足音。
まだ何か言いたいことがあるんじゃないかと訝しげに首だけを振り返る。

「……なんで着いて来るんだよ。」
「あ、私の家こっちなんで。」
「…俺の家もこっちの方角なんだけど、」
「なんと!?え、じゃあ送って送って!」
「一人で帰れ。」
「そんなッ、か弱い女の子を捨て置くつもりですかッ。御仁!」
「か弱いの意味を辞書で引いて来い。」

とことんまでに喧しい女だ。って言うかハイテンションにも程がある。
ふと振り返れば妙にしゅんとした彼女が目に入って、ぐっと言葉を詰まらせる。
…面倒だ、本当に面倒な奴だ。
はあと大きく溜息を吐くと、立ち止まり振り返った。

「ほら、さっさと隣に来いよ。」
「え。」

呆けた顔で目を丸くする華南。
自分が立ち止まったのを見ると、自分も同様に立ち止まって呆けた顔で小首を傾げだした。

「…なんだよ、帰るんだろ?方角一緒なら途中まで行って別れりゃいいだろ。後からついてこられるの気持ち悪いんだよ。」
「……えー…だって、その…え、本当にいいの?」

さっきまで嫌と言うほど押してきたくせに、突然しおらしくなって俯きがちに戸惑う華南。
その変化の様子に寧ろこっちの方が驚いて、何を今更と鼻で笑ってやった。

「送っていけって最初に行ったのはお前だろうが。今更言うな。」
「あ、うん。そうでした。……あー…それじゃあ、お願いします?」
「いいよ。」

えへへ、と嬉しそうな顔で笑う彼女に、何が楽しいんだかとほとほと呆れる。
だが今までもそんな顔は何度か目撃してきたはずだったのに、何故か今日の顔は一段と違って見えたりもした。
そのせいだろうか。
思わず猫被りで彼女に接していた時の癖で手を差し出してしまいそうになり、慌てて引っ込める。
すると彼女がそわそわとして、何かを期待するような目で此方を見てきた。

「せ、折角ですから手を繋ぎません?」
「調子に乗るな。」

◆なんでそこで変なテレパシー感じるんだ。


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