夢絆

□浮上した先でのすれ違い
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「冠葉くんっ、私は貴方に言いたいことが山ほどある!」
「俺はお前に話はない。」
「いいやっ、言わせていただきますとも!
冠葉君、確かに君は今までどおりに私に接しないとは言ったよ!確かにソレはこの耳でお聞き届けしましたとも、了解しましたともさ私もッ。
……でも朝の時間……私の事見えているくせにフツーに無視はないんじゃないですかねえ?!
フツーに無視は!!」

帰りの電車の中、偶然ばったりとその人物に出逢った自分は問答無用で彼をとっ捕まえ、今朝遭った出来事について言及している最中だった。
此方が涙を堪えて訴えているのに関わらず、隣に居る色男は心底疲れきった顔であさっての方向を向いている。
そればかりか、小さな声で「今日のご飯なんだろーな」等とぼそりと言っているのが聞こえた。
最早意識は此方にはない。
だがそれを分かっていながらも、今朝の彼の対応には腹に据えかねるものがあって自分は休む事無く彼にぶつけ続けた。

「一応彼女だって言うのになんですか、あの扱い!
目の前を素通りしていくわ、呼んでも返事してくれないわ…あれじゃあ私がただ冠葉君に言いよってる馬鹿な女みたいに傍から見られるじゃないですか!
実際冠葉君の名前連呼して叫んでたら、通行人に『大丈夫かこいつ』みたいな目で見られましたけど!」
「実際そうだろ。」
「あっ、返事してくれた!嬉しいっ。でも言ってることは全く嬉しくない!」

心底呆れたように、自分を見下す我が彼氏(?)。
その如何にも此方を虫けらかゴミでも見るように格下に見ている視線にも不覚にもぞくぞくした。
やっぱり自分は彼の事が好きなんだなと確認しつつも、その態度にはやはりまだまだ腹に据えかねた事があるので再度口を開こうとする。
だが、声を出す前に相手からの言葉に遮られて言いたいことが封殺された。

「あのなあ、俺はお前に言っただろ。不満があるなら別れて良いって。」
「っそ………それは、そうですけど……」

その事を出されると物凄く弱い。というか理解しているからこそ辛い。
自分で幸せだから我慢するとは言ったけれども、やはり愛してもらえない事をこうして目の当たりにすると堪えきれない苦しみがあった。
しゅんと肩を落として、小さく溜息を吐いてやっとまともな呼吸をする。
怒涛の勢いで喋り倒していた為に、やや喉もからからと渇いていた。
一旦間を開けて彼との会話を休めれば、此方の口が閉じた事を理解した彼がやっと終わったかと言いたげに此方に向いた。

「つーか、最初に無視したのはお前の方だろ?」
「え?……私が?」

唐突に出されたその言葉に、自分はきょとんと目をぱちくりさせた。
自分が心底分からずにぽかんと大口を開けて間抜け面になっていれば、額にびりっとした痛みが走り、一瞬目の前にちかちかと星が舞う。

「いった……!?!?!?」

目を白黒とさせて額のじんじんする痛みに耐えて困惑していれば、むすっとした彼の顔が掌を自分の目の前に出したまま、鋭く睨んでいた。

「今朝。いつものようにお前に声をかけようとしてやろうとしたんだ俺は。」
「…え?ま、マジ?」
「つーかかけた。でもお前こっちに見向きもしないで全く知らん顔でさっさとこっちに背を向けて一人で立ち去ったろうが。」
「……うん?」
「その上溜息までしやがって」

未だに目の前に飛んでいた小さな星を振り切ると、恐らくはデコピンされたらしい額を静かに擦る。

その話をするなり、自分を苛めていた時の悪戯そうな表情を何処へやらと失せて、一気に不機嫌に顔を歪め始めた。
眉間に皺を寄せて小さく舌打ちをする彼。

「あの時どれだけ俺が恥ずかしい思いをしたか…」

もしかして、今までどおりに「やあ待った?」とかキラキラの雰囲気を作り上げて自分に近づいて来ていたのだろうか?
そしてそれを無視されたとなれば、傍目から見たら痛々しいし、確かに本人にとっては屈辱に違いない。
彼はじろりと自分を見て、自分はぎくりと背筋をピンと張る。

「だから俺はお前がした事と同じ事をしただけで、特に責められる謂れはない。寧ろお前の方が悪いくらいだろ。」
「わ、私はそんな事してないよ!ましてや冠葉君からの言葉を無視するなん、…………って……て、
…あるかもしれない。」

即座に彼の言葉に反論して断言しようとする。
だが、そうする前にはたと今朝の一連の事を思い出して、その中に一つだけ思い当たる節があったのに気付き、思わず静かに目を伏せた。
彼は「はあ?」とやや機嫌悪く、眉間の皺を濃くさせる。
ちらとそちらを見た後に眼を離し、自分はゆっくり重い唇を開いた。

「えっと、私そういえば調度あの頃なんだけど…家にお弁当忘れてきちゃって、確認の電話した後だったんだよね。」
「………は?」

すると今度は相手の方が呆けた顔をしてぽかんとする。
流石に先程の自分ほど間抜けではないけれど、彼でもこんな珍しい顔をするんだとなんだか新鮮な気分になった。
だが、直ぐに襲ってくる言い難さと罪悪感。自分は僅かに目を逸らして、あーっと間を置いてからゆっくり続ける。

「で、うちにかけても誰も出ないから、あーもう皆出ちゃったかなーって思ってがっくりして……
折角今日上手くできたのに、勿体無いー。お昼どうしよー。ってずーっと思い悩んでて……」

友達を頼ればお弁当位は分けてくれるかもしれないとか、今日は財布持ってたっけとかそんな同でも良い事を考えていて。そのせいで他の声が耳に入らなかったと言うか…。
徐々にたどたどしくなりつつも、きちんとその話を伝えれば、彼の顔色がどんよりと曇り、更に険しさを増した。
鋭い瞳が更に鋭さを増している。

「おい華南。お前まさかそんなので彼氏の声を逃したとかそんな事言うんじゃないよな、ああ?」
「あ、や、いえ、ほんと、すみませ、いや私、ひとつの事に集中すると他の事って全くノー眼中なんで、その、………ごめんなさい。」

最早目の前に立つのは鬼神ではないかと見紛うほどに、威圧感が異常で、自分は最終的に素直に深々と頭を下げた。
というかそもそも悪いのは自分なのだから仕方ないと言えばそうなのだが…にしたってなんだか脅されているような気になるのはどうしてだろう。

「阿呆らし。」

すると暫く立った後に、ふうと息を吐いて彼がが何を思ったのか自分の頬を抓って来た。

「いひゃいッ」
「おお、良く伸びる。ついでに柔らかいなお前のほっぺた。」
「にぎーっ、やめひぇくりゃれー!」

本気で感心しているような声を零しながら左右、上下に自由自在に人の頬を引っ張る目の前の色男。
自分はべしべしと彼の腕を叩いてじたばたと抵抗して見せた。
すると、頬を掴んでいる手が緩んで、痛みが無くなる位までに頬は元の形状へと戻される。

「はふう………」
「お前本当に面白反応するな。」
「って、ていうか身体接触はなしって言わなかったっけ!?」
「俺から触るのはあり。」

なんて酷いジャイアニズム!
にやりとニヒルな笑いを零す彼に腹立たしくなったけど、それ以上に愛しさが持ち上がってきて上手く文句が言えなくなる。
相手もそれを分かっていてそういう攻撃をしてきたのか、心底楽しそうにして喉でくっくと笑い声を上げていた。

「で、それから?」
「え?」
「だから、お昼。…弁当忘れて如何したんだよ。」
「あ、パン買って食べました。」
「コロッケパン?」

此方が申告していないにも関わらずに言ってくる彼に、自分は素直に驚いてこくこくと頷く。

「そ、そうそう!それ!え、なんでわかったの!?やっぱりテレパシー?!」
「前に自分で好物だって言ってただろうが。」
「……あ。なーんだ。」
「何を期待してたんだよお前。」

そりゃあ勿論、以心伝心を。
そう告げれば問答無用で再び額にデコピンを食らわせてくる。
けれど今度は先程よりも然程痛くないし、強くない。
それを食らってさっきのは絶対懇親の力でやってたんだな、と今更ながらに確信した。
ちょっぴり残念な気になって肩を落とせば、ばーかと嘲笑われる。

「あーあ。こんな馬鹿な女の為にやきもきしてた俺が馬鹿みたいだ。」
「で、でもお弁当の事考えてたのはその一時だけで、後はすぐに冠葉君見つけたじゃん!
私が本当に今一番集中してるのは冠葉君の事だけですよ!それは信じてっ、一日中冠葉君しか考えられない!いや本当に!!」
「そういうの重い。」
「安定の暴言、ありがとうございます!血を吐くほどかなし、嬉しいです!」
「………けど、少しは悪くない、かもしれなくもないかもしれない。」

ぼそりと小さく呟くと、彼はふいっとそっぽを向いた。

◆曖昧すぎてどっちなんだか!?

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