夢絆

□すれ違いからやっと向き合う
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「ぎやあ!」

ごちん、と痛々しい音がした。
少なくとも自分の耳の中では確実にその音は聞こえた。
華南はじわりと痛みが染み渡る頭部を押さえて、ふるふると震える。
そして涙目で後ろに振り返った。

「…なにすんですかあ、かんばくぅん…」

そこにはむすっと不機嫌な顔をした我が彼氏。
か弱い乙女が涙目で瞳を潤ませていると言うのにも拘らず、彼は涼しい顔で、誰も居ない車両の中無言を貫いていた。
行き成りチョップをかましてきた事に関しては一言も無しですか、そうですか。全く頭に入っていませんか。と彼の相変わらずの素っ気無さにわかっていながらもがくりとする。

「…なにかあった、冠葉君?」

未だに痛む頭を抑えて、華南はそう冠葉に尋ねる。
だが冠葉はただ前を向いたままで答えない。
足を組んでいる彼とは違い、椅子の上でぶらぶらと足を動かしながら、華南はむーっと考えた。

「はっ。さては冠葉くんっ。私がさっき乗客のイケメンなお兄さんに目を奪われていたこと知っていましたか!?そんでもって、もしかしてその人に…ももももしかしてえ、嫉妬したとかですか!?
やだもう、そんな程度で冠葉君ってば!
私は冠葉君しか見えていないのにそんな事を気にするなんて!」

はっと思いついた華南は、少しばかり演技かかった素振りで冠葉の気を引こうと饒舌になってみせる。
その発言の中には明らかに彼が反応してくるだろう、調子の乗った発言のオンパレードをきちんと流して。
恐らくはこうすれば彼はまたいつものように自分に怒鳴って、先程のようにぼかんと頭をひと殴りしてくるかもしれない。
一応言っておくが、自分は決して彼に怒られるのは好きではないし、出来るならば偽りの付き合いの最中のように甘い言葉の一言や二言。あるいは甘い接触をされた方が遥かに好きだったりはする方だ。
けれども、今はこうでもしないと彼の感情に触れてきちんと話を聞く事が出来ないだろうと悟って、華南はわざとこんな行動を取ってみせた。

「…さ、さてはあ、さっきのお兄さんが冠葉君よりもカッコいい人だったから自分の立場がなくなっちゃうと思って焦ったとか?
大丈夫ですよ!私にとって冠葉君はもうものっ凄く世界一カッコいい人に見えるんですから!っていうか冠葉君以外は人形と言うかなんというか、ただの顔のない能面被った人って言うか、」

自分で言うのもあれだけれど、少々ウザったいと思う。
けれどもこう思えるくらいならば恐らく彼も同じことを思っているに違いない。
そうするならば作戦はひとまずは当たりだ。とちらっと冠葉の方を盗み見た。
するとアレだけ頑なに此方の方を見ようともしなかった冠葉が確りと自分を真っ直ぐに、けれども冷ややかに見つめていて、やった。と心の中で達成感を浮かばせた。
しかし、その直ぐ後に再び脳天にチョップを食らう。

「あう。」
「車内では静かに。」

先程の痛みに比べれば明らかに優しい彼の攻撃に、華南は頭を抑えながらはっとして冠葉に嬉しそうに笑みを浮かべた。
冠葉はキラキラとした瞳で自分を見つめる彼女に対し、嫌そうに視線を外しながらはあと一つ息を吐く。

「全く、人が考え事してる真横でごちゃごちゃ訳のわからん事を…うるさいんだよ、馬鹿。」
「ああその馬鹿!聞きたかったその馬鹿っ。やっぱり冠葉君はそうでなくっちゃね!」

言うなりぐっと親指を立てて、ぺろっと舌を出す華南。
冠葉はぐったりと肩を落としてから、心底呆れたように表情を苦くした。

「お前のその能天気さというかマゾさにほとほと疲れる。
つーか、なにがそうでなくちゃ!だ。よくもまあ、俺の事なら何でも知ってるみたいな口振りするもんだな。」

明らかに嫌味を込めてハッと嘲笑うように言う冠葉に、目を丸くした後にえへっと華南は笑顔を浮かべる。

「そりゃ勿論。知ってるって言うか、知りたいと思って常に観察していますから。私冠葉君の事、物凄く好きだからね!」
「…あ、そ。」

屈託なく此方の嫌味もさらっと交わす華南に、最早何かを言う気が失せたのか、冠葉はぷいっとそっぽを向いた。
その相変わらずな冠葉の態度に、先程までの雰囲気とは違う何かを感じて華南は心なしかホッとした。

「(だからって…考えてる事まで当てるなよ、気持ち悪いだろーが。)」

冠葉はぽつりと声に出さずに心の中だけで思って、彼女の当てずっぽうに軽く冷や冷やした。

実際、彼女のいう事は当たりに近い所だった。
この電車に入るまでずっと絶える事無く言葉を続けていた彼女が、突然発言を止め出したのがまず最初のきっかけ。
ふと可笑しいなと思って何気なく彼女を見れば、彼女の視線は自分から遥か遠くの方へと位置していて、その先に居た男の姿に、なんとなくいい気は抱かなかったのを思い出す。

別に嫉妬はしてないが。
なんとなくいつも自分が一番と都合の良い事を言ってるくせに他に目を移すこの女に腹立たしくなったのだ。

「あ、後それから言わせてもらっていい?」
「馬鹿な事だったりしたらまた脳天に一発お見舞いするからな。」

と、冠葉が冗談交じりに手を出せば、さっと華南は両手で頭を覆った。
華南は顔色をやや青くさせながら、若干震えた声を出す。

「さ、さっきの事なんですけどもぉ、これは私が言いたいから言うだけなんだけど、私本当はあの男の人に目を奪われてたわけじゃないからね!」
「……。」

まるで自分の心の中が筒抜けになっているかのように、更に追撃してその話を続ける華南に冠葉は不気味に思ったりした。
だが華南は此方の思い等気にした事無く、これだけはと必死に話を続ける。

「私が見てたのは、あの男の人の近くの、隣の車両の窓から覗いてた真っ黒いペンギンが珍しいなって思ってたんです!
だって冠葉君といつも一緒に居るペンちゃんと種類一緒みたいだから!」

何処でああいうの飼えるんだろうか。と一人悩み始めた華南に、同じのだけはやめろよ。ペアとか嫌いだから、といつものように冠葉は素っ気無く返そうと口を開く。
どうやら先程のように演技かかったようには聞こえないため、これは本当に素のようだと確認してから、ん?と考える。

冠葉は最後の言葉に引っかかりを感じ、やっと違和感に気付いた。

「………え、」
「え?」

「…え?」

ぱっと冠葉が何気なく振り返り、その冠葉のいつにない呆気に取られた顔にきょとんとして華南は驚く。
瞬間車内アナウンスが鳴り響いて二人の間に割って入った。

◆ごめん、今なんて?


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