夢絆

□陸で溺れる魚の様
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「…ったま、いてぇ……」

唸るように呟いて、自分は前髪を掻き揚げる。
けれども、そうは言っても本当に頭が痛いわけではなく、ただあくまでも気分的なもの。
内面の暗然さに引き摺られて、体調の方まで気のせいなのに不調を引き起こしているだけだ。
まるで泥沼に足を踏み込んだように、憂鬱に沈んでいく気持ちを抑えきれる事は無く、自然と溜息に近い吐息を吐き出した。
もう歩くのすら嫌になって足を止めてしまおうかなんてぼんやりと思ったその時だ。

誰かがくしゃりとその頭を撫でた。

いつもなら逃げるはずの彼女の姿がそこにあって、けれども彼女を繋ぎとめておく元気すらなかった。

だいじょうぶ?
と、彼女がおろおろとして問い掛ける。
こんな風に彼女の狼狽する姿なんて久し振りに見たかもしれない、等と軽く苦笑する。否、する振りをした。

「…ごめん、平気。」

嘘。平気じゃない。
立ち上がれないほどに打ちのめされて、今は上手く笑えないほどに弱っている。
けれどもそれ以上に心配してくれる彼女に申し訳なくて、咄嗟に見え透いた嘘をついた。
案の定、そんな嘘は直ぐにばれてしまい、見上げれば彼女はむすっとしたような、けれども何処か頼りなさげに眉を下げて浮かぬ顔が此方を見つめていた。

「……たまにさ、すっげー変な事考えて深みに嵌ることって、あるじゃん?
考えてもどうしようもない事とか、考えなきゃいけないけど恐くて眼を逸らしてる事とか、
で、そんな事をぐるぐる考えて、なんか、どうしようもなくなってる。

今、多分僕、それだから。」

徐に口を開いて、申し訳程度にだから身体は心配ない。と彼女にそれだけでも伝える。
けれども髪の隙間から見えた彼女の顔はやはり何処か浮かないまま。
そんな顔にさせてしまった自分がとても愚かで惨めで最低だと更に気落ちする。

別に彼女のせいではないのに、理由が理由なだけに彼女がきっかけで落ち込んだような自分に、ほとほと軽く呆れてしまった。

けれどもそれすらも冷静に悔いる事は無く、行き場が無くて、抑えようが無くて、途方に暮れた気持ちだけにただ溺れて、彼女に対する余裕をあける暇すらなかった。

……だったら。

と、耳元に届く柔らかな声。
そして頬を撫でる少し冷たい指先。

…だったら無理に優しくしなくていいよ。
…嘘つかなくていいよ。

安らかにそう耳元で囁いた彼女に、一瞬自分は固まって、目を奪われた。
見えた彼女の瞳があまりにも美しく、あまりにも真剣に此方を見つめてくれていたから。
ぽかんと口を開くもそれを咎める事も、また自分も気付く事はなかった。

…私も晶馬に変なところいっぱい見せたから、だから晶馬も見せてよ。
誰にも言わないから、駄目になっていいよ。

緩やかに彼女が述べた事に、湧けも無く胸が張り裂けそうになった。
しかしその痛みは、この欝欝たる煮え切らない霧を晴らしてくれるきっかけとなり、漸く晶馬はぱっちりと目を開いてまともに息を吸うことが出来た。

「……ごめん、少しで良いから、あと少しで何とか頑張れるから」

口を開くとそこから出たのは先程と同じとは思えぬ掠れ声。
発した自分ですらその変化に驚きつつも、けれども隠す事はなく、ただ縋るように、求めるように彼女の指先に触れる。

するとその一瞬だけで彼女は自分の手を捕まえて、ぎゅっと優しく握り締めた。

「華南…さん…」

やっと呼べた、目の前の彼女の名前。
それを聞くなり彼女はいつものように恥ずかしがらすに嬉しそうに笑んで、こくりとただ頷いた。

…晶馬。

と、彼女も自分の名前をまるで慈しむように奏でるから、だからうっかり目の前の存在は自分を受け入れてくれる存在なんだと錯覚する。
そして、その身体に糸が切れたように倒れこんで寄りかかってしまった。

その肩に額をつけて身を預ければ、ぽんぽんと優しく背中を撫でられた。

「ごめん…ごめんね、あと少し、少しだけだから。」

何時間でも良いよ。

そんな彼女の囁きが耳元に届いた気がして、ざわざわとしていた気分が途端に落ち着いた。

◆思い込みかもしれないけど

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