夢絆

□家族破綻者の一幕
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今日はとても疲れる一日だった、と隣を歩く兄に愚痴を吐きつつ、妹である陽毬の病院帰り、及びスーパーから帰ってきた自分は家の鍵を用意して帰路についていた。

「華南。顔色、悪いけど大丈夫か?」
「平気です。この位で弱音はいてちゃ冠葉に舐められますし。」

虚勢を張るようにふんっと此方が鼻を鳴らせば、晶馬がとても複雑そうな顔で苦笑いする。

「もう、どうして華南も兄貴も仲良く出来ないかな…。
確かに兄貴ってちょっと女垂らしだけどさ、でもそこまで嫌わなくても…」
「兄さん。思春期の女と言うのはああいう不潔な男に対して嫌悪感を抱くものなのです。
それは一般家庭における父親に然り。
我が家におけるそれは、間違いなくあれなのです。」

宥めようとする晶馬に対して自分はぴしゃりと言い放つ。
にべもない自分に最早何を言っても無駄と悟ったのか、晶馬はがくりと肩を落としてとぼとぼと先を歩いた。
その際に視界に入る彼を模したペンギンを見て、むしゃむしゃと何かを食べているのを目撃する。
先程まで何も与えてなかったはずなのに、と少し不思議に思えば一つ思い当たる節を発見して晶馬に声をかけた。

「…つかぬ事を窺うけれど、兄さん。
貴方の持っている袋、穴が開いてないですか?」
「え?…いや、そんなこ、……と、あった……。」

きょとんとした晶馬は自分の持っているスーパーの袋を確認し、見る見るうちに青褪める。
話を聞かずともその顔色で直ぐに気付いた自分は深く、そして大きく溜息を吐いて彼の背中をぽこっと拳で叩いた。

「このドジ晶馬。貴方だって疲れてるじゃないですか。十分に。」
「わ、悪かったって。でも、中身は全部零れてないみたいだしっ。
落としたのはウィンナーだけ……」

そのウィンナーは、既に二号の腹の中。
それを彼に告げれば、彼は大慌てで二号に振り返り一人で漫才を繰り広げていた。
全くと口では言いながらもそんな晶馬のうっかり具合を決して嫌がらない自分。
寧ろ、なんて可愛いんだろうと心の中で笑ってしまう。
やがて家に辿り着くと、がちゃがちゃと鍵を回して家の中に入り、電気をつける為に居間に向かった。

「華南、今日は僕が夕食の用意するから休んでて良いよ。
凄く疲れたような顔してるから、ごはん出来るまで寝てたって良いから。」

僕が起こすから、と後ろからひょいっと持っていたスーパーの袋を取り上げて、晶馬はにこやかに微笑む。
そんな彼に不覚にも心音が鳴って息を飲んだ。

「…た、助かります。」

ほら、一番頼りになるのはやっぱり彼。
それ以外にありえるわけがない。
幾ら妹と自称される人物でも、幾ら兄と呼ばれる男が居ても、どれも彼には遠く及ばない。
本来ならば彼の手伝いをしたい所ではあるが、けれども遠慮なく彼に甘えれば、彼は素直な自分によしよしと撫でてくれる為、それを見逃せずに自分はわざという事を聴いた。

と言っても、ほぼ居間で雑魚寝をするしかないのだけれど、と思いながら妹の部屋の豪勢な有様を見てやはり少しだけむっとする。
いいな、と羨望しながらも晶馬にそれを気付かれないようにと黙って瞼を落とした。

本音を言うと、自称妹に対しては少々気がかりな部分があったりした。
如何してか知らないけれど初めてこの家に来た時から彼女はずっと晶馬に付きっ切りだったし、晶馬も晶馬で陽毬に対してはとても甘かったから、とてもとてもその形を自分は羨んで、その位置が欲しいと羨望したものだ。

けれど自分は彼女の位置に立つ事もなく、三人が笑う様子を、たった一人別の場所でずっと眺めていた。

幼い頃の幻想。
そんな夢を見て、ぼんやりと自分は瞼を開く。
つんと鼻を刺激するカレーの匂いに、もう出来たのかな。と、気付いた。
あれからどれくらい時間が経っただろうか。と、身動ぎをしようとすれば何故か肩が重い事に気付く。
よく見ればそこには眠っている彼、晶馬の顔があった。
あまりにも近いその様に、どっと心臓が大きく跳ね上がって、私は息の仕方さえも忘れてしまった。

え、なんで。なんで、どうして。
なんで、なんでいるの?
いや、居ても良いんだけど…え、なんで?

混乱する頭で自分はただ狼狽してしまう。

いけない。これはいけない。
少しでも動いたら死ぬ 私が。

ああ、どうしよう

ちょっとまってそんなに近づかないでください、いいえ違うんです決して悪い意味のほうではないんです寧ろ私にとっては良い意味のほうなんですけれどもこれ以上想定範囲外のことをされてしまったら私の通常思考が崩落する上に心臓がきちんと持ちそうにありませんそもそも今きちんと息を出来ているかも不明です心臓が痛いんですまるで強く強く鷲掴みにでもされたように心臓がきゅうううっと縮んで張り裂けそうに大きくなって鼓動が激しく鳴り響いてよく言う貴方に聞こえてしまうんじゃないか状態になってしまって

ああ、どうしよう

この役は、私なんかには荷が重過ぎる。
あまりにも大きすぎる大役で更に舞台に立っている役者が私よりも大物過ぎて私はこの場に居るのに相応しくないつとまらない。誰でも良い誰か助けてお願い早く戻ってきて
おじさんでもこの際冠葉だってかまわないから誰でも良いからこの場に入ってぶちこわしにきてくださいじゃないとこのままじゃわたし

うれしくて、ないてしまい、そう

◆歓喜

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