夢幻世界

□振り回されて、高倉家
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洗濯機が壊れた、至急応援を願う。
つーか、今からそっちに行くから容易と覚悟して待ってろ。

隣の家からそんな滅茶苦茶なSOS電話を頂いた陽介は如何対応していいかわからず狼狽して、とりあえず嫌な予感がして相手が此方に来る前に窓から逃げ出そうと試みた。
だが、相手にはとっくに此方のそんな浅はかな考えが理解できていたようで、外で待ち伏せしていた幼馴染の一人の彼女に首根っこを掴まれてあえなく逮捕。

何処かの刑事ドラマの犯人みたいに「許してください悪気はなかったんですどうか見逃してください」と無様にぺこぺこ頭を下げるも、にっこりと笑みを浮かべた相手に速攻却下された。

「まったく…久し振りに幼馴染が直々にお願いしに行ってやってるのに、なんだいその態度は。」
「あれはお前の中でお願いに値するのか。
俺だって逃げるつもりじゃなかったんだけど、何故か本能が今日は逃げとけって言うから…」
「訳がわからんわ。」

言いながら、陽介の腕を掴んで颯爽と前を歩く彼女、高倉華南。
陽介は幼馴染の彼女の出現にたじたじしながら、その後ろを歩く。
よりにもよって華南が来るとは、と陽介はやや複雑な気持ちになって溜息をつく。
別に彼女が来たのが悪いわけじゃなくて、ただ単に忙しい彼女がわざわざうちに来るのが珍しくて、同時に彼女が自分の所に来たときには必ず良い思い出がなかったからとても不安だった。

「でも、どうして俺なんてわざわざ…」
「月並みな事聞くね、お前も。近場で頼れる男はお前くらいしか居ないじゃないか。
それとも、なにか予定でもあったのかい?」

ふと此方に振り返った華南がちょっと遠慮するように自分の手を引く力を僅かに緩める。
先程とは違って、いつでも抜け出していいよという意思がその手から汲み取れて、自分は微かに首を左右に振った。

「いや、特にはないよ。
用事って言っても身の回りの事くらいだし、遊びに行くようなんか尚更ない寂しい男ですし。」
「…そっか。」

ならよかった、と華南は安堵したように柔らかく微笑み、僅かに自分の手に力を入れた。
…まったく。昔からこういう変な優しさはあるんだよなコイツ。
突貫に突っ込んでくる割には、いざって言うと潔すぎて逆に此方にしこりが残る感じと言うか、さっぱりしている性格なんだろうけど、さっぱりしすぎて不満が残るというか。
兎に角、彼女のこの優しさのおかげで上手く振り払えないのは確か。

陽介は本当にこいつは面倒だよなぁ、と思いつつ、ちらと華南の顔を見る。

「お前って、実は冠葉に似てないか?」
「ん?そうか?
あ、でもあんまりそれあいつの前で言うなよ、怒るからね」

何気なく思ったことを口にすれば、あまりピンと来ないように首を傾げる華南。
大丈夫です。言いたくてもまず普通に会話が出来るかどうかすら危ういので。とは心で言っただけで、自分で切り出したとはいえ冠葉の事を思うと足が重くなった。
一応は陽毬の彼氏である自分の事を、今でも彼は快く思っていない。
例え連れて来たのが華南であるとは言えど、逆に不満な顔をされて門前払いされないだろうかと不安が胸を過ぎる。

だが、中に入ってみれば、考えとは裏腹に冠葉は自分に特に何も言わなかった。
一度ちらと此方を品定めするような目を向けたが、それも直ぐにそらされてしまう。
内心ホッとしながらも、陽介は冠葉の前ではいつもの陽毬との接し方を控えようと自分に活を入れる。
だが、「陽介ちゃんっ」と嬉しそうな顔で駆け寄られた陽毬を見てしまうと、早くも陽介の決心は崩れて頬が緩んだ。

「よかったあ!華南ちゃん、本当に陽介ちゃんを連れてきてくれたんだねっ。」
「そりゃ勿論。陽毬と約束したしね。
本人も何も用がない寂しい男って言ってくれたし、」
「おい。」

確かに言ったのは自分だけど、それは本当の事だけど、陽毬の前でそれを言うな!と、華南に真っ赤になって怒鳴りたい気持ちと、約束ってことはもしかして陽毬が自分を呼び寄せてくれたのか?という淡い期待とがない交ぜになって陽介はちらと華南を見る。
すると華南は気付いたようにこくりと頷いて、ウインクをした。

「でもそれならよかったあ。私てっきり陽介ちゃんは私達に黙って、とっくに誰かとどこかに行っちゃってるのかと…」
「そんな…ひまりに黙ってどこかに行くなんて有り得ないって。」
「でもお前、ちょっとした事も出来ないずぼらだしねえ。」
「ずぼら関係ないだろ。」

これでも一応洗濯干したり、掃除したり、細々とした家の事はやっていますよ。とむっとしながら華南に振り返る。
華南はきょとんとしてからああそうかと笑って、ぽんぽんと頭を撫でた。
華南にとっては何気ないそのスキンシップに、なんだかむず痒いものを感じてその手を振り払おうとする。

「ちょ…やーめーろーよー、昔から華南は人をそうやってガキ扱いしやがって」
「だって…ガキだよねー、陽毬?」
「うんっ。陽介ちゃん昔から恐い話とか聞くと私に抱きついて隠れてたもんねー。」
「そうそう。そんで泣きながら陽毬の後を追ってたし、」
「こ、コラそこの姉妹!人の過去を隠蔽するのはやめなさい!!」

そんな事実は俺の記憶にはな、…いこともないような、ないような、
なんて曖昧に陽介は言葉を濁してにやにやと似てないような似たような顔で笑う対照的な姉妹から眼を逸らす。
むすっと頬を膨らませるとその頬を陽毬の手が撫でて、再び自分の頭を華南が撫でる。

「陽介ちゃん…かーわいいっ。」
「逆に女々しくて心配になっちゃうけど。」
「(こ、この姉妹は…!)」

陽毬はともかく華南の手は振りほどきたい。
これ以上子ども扱いされるのは御免だと陽介が手を上げるが、自分が華南の手を振り払う前に、晶馬の手が華南の手を掴んで自分の方へと向きかえらせた。

「もう、なに遊んでるんだよ。姉ちゃんも陽毬も。」
「おお、ごめんごめん晶馬。」
「えへへ、ごめんねしょうちゃん。」

一瞬でこの場を取り成したこの家の次男に、陽介は心底助かったと安堵して彼に心の中で感謝する。
二人は晶馬に気付くと、やはり同じように軽く謝って、晶馬が全くと肩を竦める。
そして此方に気付いた陽介は気前のいい顔でにこりと笑って「陽介もなんか、ごめん」と申し訳なさそうに告げてきた。

「折角の休みの日なのにうち手伝ってもらっちゃって…。
本当は僕と冠葉と華南でなんとかする予定だったんだけど、陽毬と華南が…折角だから陽介の奴も働かせよう、って」
「ああ、いやいや。気にしなくていいよ。」

ちらり、と隣に居る華南を見て、晶馬は少し不満そうに口を尖らせる。
恐らく此方に迷惑が掛かると思っているんだろうな、と陽介が思っていれば「別に無理してこなくても振り払っても良かったんだよ」と晶馬が続けた。

「いや…まあ、実際予定はなかったし。陽介に捕まったからってのもあるけど、結局此処に来たのは自分の意思だし。
それに予定って言う予定も家の掃除くらいだしな。」
「へえ、ちょっとした事も出来ない啓介にしては珍しいな。」
「またッ!華南と同じ事言うんだな、しょうまは。」

と、それを言った瞬間に玄関までの道を確保する為に細々とした物を無難な場所へ避難させていた冠葉がぴたりと足を止める。
同時に、華南と掛け合っていた晶馬が凍りつき、怒気を孕んだ目でじろりと此方を睨んだ。

「……陽介……」
「へっ、」

実に恨めしそうな声で陽介の名を呼ぶ晶馬に、陽介はいつもと違う彼の態度にぎくりと身体を強張らせた。
な、なんだ?俺なにか変な事言った?と、どうしていいかわからず冷や汗を流していると、けらけらと笑う華南の声が割って入る。

「陽介、知らなかったっけ。
この子はさ、最近私と似てるって言われるの嫌いなんだよ。」
「え?…あ、ああ。そうだったのか。」

思春期、とか言う奴か?姉と一緒にされるのは嫌だみたいな。
と、陽介はぼんやり思いながら華南の言葉に納得して、悪い悪いと晶馬に謝る。
だが晶馬はそんな陽介からぷいっと眼を逸らし、華南に話かけた。

「そんな事より、華南。洗濯機拭いておいたし、埃は払ったから後は動かすだけだよ。」
「あ、さんきゅ晶馬。…陽介、行くぞ。」
「おう。それじゃあ、早速動かすか。」
「いいよ、陽介は座ってて。僕と姉ちゃんだけでも何とか出来るから。」
「「え。」」

なんと行き成りお役御免のお言葉を頂いてしまった。
陽介はきょとんと、此方に視線だけ向けた晶馬に目を丸くして。
陽介と同じく驚いた華南もきょとんとした。
晶馬はそれどころじゃないと言いたげに華南の手を引っ張って催促する。
華南は晶馬と陽介を交互に見ると、「それじゃあちょっと見てくるから待ってて」と言い残し晶馬に連れられてその場を後にした。

「(…やっぱ似てるって言ったのがまずかったのかなぁ。)」

あからさまに態度の違う彼に少しばかり申し訳ない気をしながら、陽介はばちが悪そうに頭をかく。
すると、自分の服をぐいぐいと引っ張ってきた陽毬が「大丈夫だよ。」と優しく声をかけてきた。

「え?」
「しょうちゃんは、華南ちゃんの事が大好きなの。
だから、お姉ちゃんを取られちゃってむっとしちゃっただけなんだよ。」
「…あ、なるほど。」

そういえば晶馬は自他共に認めるシスコンだった。
勿論陽毬の事も大好きだが、それ以上に華南にも懐いていたっけな。と陽介は思い出して、納得する。
隣に居た陽毬が「ね」と微笑んで、自分の腕に擦り寄ってきた。

「とりあえずお呼びが掛かるまで陽介ちゃんは私の話し相手になってくれると嬉しかったりするかな…皆危ないからって私ばっかり仲間はずれにするんだもん。」
「あはは、ひまりは高倉家のお姫様だからな。」

勇敢な王子三人に護られてるわけだ、と言えばむうっと頬を膨らませて陽毬は大きく首を左右に振った。

「違うよ、私の王子様は陽介ちゃん。
かんちゃんとしょうちゃんのお姫様は本当は華南ちゃんなんだから。」
「…………え?」
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