夢幻世界

□夏夢に乗せた恋情達
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「なあお前ら。普通夏の大型イベントと来たら、海とかプールとか、そういう視覚的サービスイベントって物じゃないのか?」

なんでうちはこうも色気のないイベントばかり起こって、こういう男性に対する憩いの大型イベントは一切ないんだ。
さっさと食器を洗い終えた冠葉は、そう呆れたように嘆くと颯爽とエプロンを脱ぎ捨てた。
彼の手伝いを終えた弟、晶馬は兄の唐突な発言に首を傾げる。

「なんだよ兄貴、藪から棒に。」
「いや、今だからこそ調度話しておかなくてはと思ってな。」

と、カレンダーをふと見やる冠葉。
思えばそろそろ夏も終わり、遂に暦の上では秋がやってくる季節だ。
秋と言えば、果実などが熟して美味しく実る季節だし、サツマイモとか秋刀魚とかはそれこそ活躍の場。
料理のレパートリーが増えるし、正直言って晶馬にとっては特に悪い事なんてまるでないように考えていた。
だが冠葉はそんな秋が来るのを憂鬱そうに、額に手を当てて心底後悔したように嘆く。

「俺達は肝試しだの、なんだのと下らない馬鹿騒ぎをやっている場合じゃなかったんじゃないだろうか。」
「はあ?」
「ひと夏しかないのだからする事はもっと他に男としてあったんじゃないか、否…あったに違いないのに俺達は他に遠慮しすぎてその大事な事をすっかり見落としてしまったんじゃないだろうか。
いや、本来なら男として考えるべき事をうっかり失念してしまったとしか思えない。」
「……陽介、机拭き終わった?」
「あ、おー。」

また訳のわからないことを言い出したと見切りを付けて、くるりと反転した晶馬は机を拭いていた友人に声をかける。
自分に話しかけられたことに面食らいつつも、気のない返事をする陽介は冠葉のほうをちらちらと眺めていた。
恐らくは彼の動向が気になるのだろうが大丈夫だよ、と晶馬が声をかけて少し彼は落ち着く。

「どうせ冠葉の考えてることなんてまたろくな事じゃないんだから。」
「おい、お前は兄上様を何だと思ってるんだ、心外にも程があるぞ。」
「何って女好きの冠葉君、だろー?っていうか前置きが長すぎ。どうせその後に続くのは夏のナンパとか、そういう僕らに特にもならない話だろ。」

言って晶馬は陽介の腕を掴んで、さっさと居間に行こうとする。
そんな弟の方を待てと掴んで制止する冠葉は「そんなもんじゃないに決まってるだろ」とはっきり告げた。

「大体、女と出逢う機会なんて夏の間じゃなくてもいつでも会えるし、特別な事じゃないし、たいして俺に必須な事じゃない。」

さらりと余の男が羨む様な事を言ってのける冠葉に、晶馬は呆れて陽介は軽く感心した。

「じゃあなにか他にあるっていうのか?」

ふと、陽介がそう問い掛ければ冠葉は返事はなくともこくりと頷いた。
冠葉に構うとまた長くなるのに、と晶馬は声をかけた陽介に「陽介!」と彼を厳しく咎める。
すると待ってましたと言いたげに乗ってきた冠葉がにやりと笑って、「答えてみろよ」と逆に此方に質問を投げ掛けてきた。

「ええと、……あれか。スイカ割りか。」
「一瞬でもお前に期待した俺が馬鹿だった、陽介流されろ。」

途端に冷たくなった冠葉に、陽介はぐさりと胸になにかが突き刺さったようによろめくが、何も言わずに耐え切った。
言わんこっちゃないと晶馬は陽介を哀れむ。すると今度は自分にも「晶馬、お前はどうだ?」と期待した声がかけられた。
最早逃げ場をなくしてしまった晶馬はぽかんと驚いてから、陽介同じく考え込む。

「なら…盆踊りとか?」
「晶馬、俺達は老人じゃないんだぞ?」
「ああ、花火とか…」
「陽介、黙れ。」

陽介に対してのみ容赦が全くない冠葉。
にべもない彼にわかっていながらも「いや、花火とかって結構大事なイベントだと思うぞ俺は」と心の中で呟き、陽介はしゅんとした。
そんな陽介に苦笑しながら、晶馬は「後、天の川とかもイベントの一つな気がするし」とさり気無く彼のフォローをする。
だが二人のそんな平凡な答えにやはり不服そうな冠葉は、大きく被りを振って額に手を当てた。

「お前らなぁ…普通男なら、そう言う所はそんな地味なイベントじゃなくてアダルティックな方を浮かべる所だろ?
海だよ、海。あるいはプール。」
「あだ……また兄貴はそうやって破廉恥な…!」

冠葉の言葉に紅潮した晶馬は、怪訝な顔で彼を睨む。
大体海の何処がアダルティックなんだよ、と晶馬が言いかける前に「まあ、聞け。」と冠葉は陽介と晶馬の肩を抱いた。

「海っていうのは唯一合理的に女の素肌を見られる行事だ。言ってしまえば男にとっては一年の上で必要不可欠なイベントだと俺は見る。」
「そんなの兄貴だけじゃないの。」

素っ気無く晶馬が吐き捨てるように言う隣で陽介はなんとなく冠葉の言う事が理解出来ていた。

「確かに、男にとっては眼福っちゃ、そうだもんな…」
「だろ!?」
「まったく、陽介までッ」

ぽつりと呟いた陽介の一言に目を輝かせる冠葉。
陽介をじとっと横目にしながら晶馬はほとほと呆れたような溜息を吐く。

「そんな大事なイベントがなしとか、一体うちはどうなっているんだ?」
「っていうか陽毬の事で精一杯なのにそんな事を考える兄貴の頭がどうなってるんだ?」

至極全うな事をさらりと言う晶馬を無視して、冠葉は「でも元気になったんだからいいだろ」と実に軽いことを口走る。
確かにそれはそうだけれど、得たものとは別に奪われたものとかも多いわけで。と、晶馬が続けようとして、冠葉がその頭を軽く叩いた。

「いーんだよ、俺が良いって言ってるんだから。
というか、普段が考えることいっぱいなんだからたまにはその位はっちゃけた事考えないと陽毬の前にまず俺らの精神が持たないだろ。
陽毬を護るには時にはこういう気持ちを緩ませる考えも必要なんだ。陽介はともかく。」
「そこで俺を外しちゃうんだ!?」

ショックを受ける陽介をさておいて、笑顔で語る冠葉に晶馬は渋い顔をする。
確かに彼のいう事は一理あるかもしれないけれど、なによりも軟派な兄がそれを言うというのが少し不満が残った。
そんな此方の複雑な心境を取り残して冠葉は大袈裟に手を振って更に続ける。

「まあ、俺だって本気で海とかに行こうと思っているわけじゃないさ。ただ、あくまでも夏なんだからそういう気分になりたかっただけ。
…っていうか、叶う叶わないは兎も角夢を語るくらいは許されるだろ?」
「…まあ、悪くはないと思うけど」

うちの経済状況では確かに夢を見るので精一杯だ。
兄もなんのかんの言いつつそれだけはわかっているようで、晶馬はきちんと現実を見えてはいるんだなと安堵した。

「それに実際の所海に行っても行かなくても、ようは惚れた女の肌だけでも見られれば十分なわけだしな。普段と違った水着という衣装も含め。」

だが、次に飛び出した兄の言葉を聞いて晶馬は即考えを改めた。
にやりと不適に笑う冠葉の笑みは、まさに下心ありまくりの普通の青少年そのものだ。否、あるいはなにかを企んだいたずら小僧。
女性の前で見せるあのプレイボーイな姿なんて微塵も見せない。
がくりと肩を落とした晶馬が「兄貴には何人惚れた女が居るんだよ」と、やや憎らしげに彼を睨む。

「お前らだって考えたことあるだろ?その位」
「はあ?!」

すると冠葉は小首を傾げて「なにを他人事のように言ってるんだ」と、きょとんとしたように問い掛けてきた。
さも当たり前のように言う彼に、晶馬と陽介はたがいにぎくりとして、一瞬身体を強張らせる。

「な、なななな、なにいってんだよ兄貴はさ!」

それに慌てて反応を示したのは、晶馬だった。
女に疎いせいか、それとも陽介が鈍いのか、片手を意味なく何度も振って憤慨する晶馬に、意外にも迅速な反応だと冠葉は僅かに驚く。
それに我に返った陽介がこくこくと頷いて、賛同しだした。
だが口ではそう言いながらも明らかにまんざらでもない反応をした二人に、冠葉はニヤニヤとする。

「まあ、晶馬は兎も角として。…陽介、お前は流石にあるだろう?」
「え、」

と、此処で白羽の矢を立てられたのは陽介だ。
陽介は今まで蔑ろにされてきたのにここで行き成り自分に話を振られたことに驚いて、一瞬ぽかんとする。
だがすぐに晶馬の痛い視線から逃げるように俯きがちに頷いた。

「そ、そりゃあ…男としては、まあ。」
「だろうな。それが普通の男と言うものだ。」

いつになく自分に感心した様子で頷く冠葉に、陽介は少しホッとする。

「流石のお前だって道行く女のパンストや悩ましげな腰つき、でっかい胸の谷間、絶妙な太股に目を行ったりするよな。」
「いかねーよッ!そこまではない!そこだけは違うと断言するわ!!」
「チッ」

しかしにっこりとした笑顔で女の魅力を語る冠葉に、陽介は両手をクロスさせて×の字を作り断言した。
舌打ちをして俺はそっちの方がいいんだけど、と不服そうに唇を尖らせる冠葉に、陽介はぶんぶんと首を振ってはっきり否定する。

「俺はあくまでもひまり一筋ですッ、他の女の子が目に入るわけがないだろが!」
「それもそれでどうかと思うがな、男として。っていうかお前本当に陽毬しか頭にないのか?」
「ないに決まってるだろ!頭の中普通にひまりですよ!寝ても覚めてもひまりばかりで寧ろ他の子が入るスペースがない!」
「じゃあお前は陽毬の水着姿が浮かぶんだな。」
「う。」

遠回しに自分が浮かべる女性は陽毬だと確定されてしまって、陽介は逃げ場を見失いぐうの音も出ずに黙り込む。
だが、ふうと一つ息を吐くと頬を赤らめながら頷いた。

「ま、まあ…そういう事になるな。」
「ふうん。逃げないのか。逃げてもいいのに。」
「逃げるって発想事態ねえよ!」

やはり冠葉は気に入らないような、むすっとしたような厳しい目で彼を眺めていたが、陽毬一筋と断言した事によっては納得したらしくそれ以上は言わなかった。
認めた瞬間に、ふと陽介は先程冠葉が言った陽毬の水着姿を思い浮かべてしまい、そっと目を逸らす。

「(正直言うと今まで考えたことなかったけど、確かにひまりの水着姿っていいかも…)」

脳裏に浮かぶは青色のワンピースのような水着に身を包む陽毬の姿。
今まで彼女と海と言う結びつきがなかなか出来なかった為に、こんなに強く妄想を浮かべることは出来なかったが、ちょっと思い浮かべてみればなかなかどうして、はっきりとイメージが出来てしまった。
水を弾く白い肌に、太陽のような柔らかい笑顔。
ばしゃばしゃと海辺ではしゃいだ彼女が砂遊びや貝殻選びをして、「陽介ちゃん」と自分の名前を恐れ多くも呼んでくれる。
妄想とは言えどさながらその姿は人魚姫。否、人魚姫よりか麗しい。と思うのはこれも陽毬にベタ惚れしている性だ。

「(…海に入らなくても、ひまり眺めてるだけで幸せかも…)」

なんとなく自分の鼻と口の間に手を当てて、陽介は緩む顔を双子から逸らす。
冠葉は暫し黙り込んだ陽介を物凄く何か言いたげに、或いは軽蔑したように眺めていたが、それも溜息を吐く事でなんとか有耶無耶にしていた。
対して、晶馬は先程の激昂とは違いすっかり大人しくなってその場にぼんやりと立ち尽くしている。

無理もない。
本当の所、彼も陽介と冠葉が話している間、冠葉の言葉に乗せられてちらりと脳内に気になる女性の姿を浮かべてしまっていたからだ。
そんな彼の脳内を支配していたのは、姉の姿。
普通は思い浮かべるのはもっと別の異性の事だというのが健全だ。
しかし彼にとって身近な異性で何よりも陽介の陽毬に対する思いと同じように恋焦がれている相手が姉なのだからどうしようもなかった。
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