夢幻世界

□不安定な自分
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それは双子の下校途中の話。
何気なくいつも通り帰路についていた二人は、途中で同じく下校時刻の幼馴染と顔を合わせた。
出来るならば兄冠葉は彼女に逢いたくなくて、晶馬もその場から逃げ出したい位だった。
けれど彼女の目に入ってしまった手前そうする訳には行かず、結局二人はあえなく彼女に捕まり折角だからと家にまで向かう羽目になった。
二人にとっては「なんだ運が悪いな」で済むはずだったその出会いは、その後まさに言葉通り、運が悪くも冠葉と関わりの会ったらしい女子と出くわした瞬間完全なる不運に変わった。

その女子とは言うまでもなく、冠葉と男女関係に至っていた女子で。
要するに、幼馴染である彼女が一番嫌い類の人種で。
つまりは、それと対面してしまったという事は、確実に彼女華南の気分を害するに陥ったという事で。

その場は一瞬氷河期に変わり、冠葉は勿論当事者ではない晶馬でさえも凍りつく。

何も知らない女子は空かさず冠葉に近づこうとして、あっさりと鬼神と成り代わった華南に制された。
後はいつも通りの華南の独断場。
何も知らない彼女に一方的に攻撃を仕掛ける華南は流石にやりすぎだと思う部分があったが、相手の女子も負けじと華南に食って掛かってきたもので結局五分五分の勝負に持ち込んだ。
最終的には華南が勝利を収めて、女子は去り、場は収まったが…
そうは問屋がおろさない。

勿論次に槍玉が向けられたのは冠葉だ。
ちょっといいかしら、と冷酷な笑顔で言われてしまえば、まるで魔法でもかけられたかのように身体は麻痺して彼女のいう事を聞く事しか出来なくなった。
幼い頃から彼はこうだ。
高倉家で一番の権力者なくせに、忽ちこの幼馴染に強く出られるとまったくと言って良いほど敵わない。
青褪めていた冠葉は、結局それを承諾する他道はあらず、渋々冠葉と関係ないはずの晶馬は、彼女によって近くの公園へと誘われた。

目的地に着くや否や、華南は攻撃目標と捕らえた冠葉に先程の鬱憤をぶつけるように嫌味のオンパレードをぶつけだした。

「本当に貴方はどうしようもない馬鹿猿よね」
とか。

「本当に下半身でしか物を考えられないのね」
とか。

兎に角美麗な笑顔で次々と口汚い言葉を吐く。
一瞬何処かの自分たちの妹の姿に化けた女性が脳裏に浮かんだものの、それとはまたベクトルの向き方が違う為に恐ろしさを比べる事は間々ならない。

そうして冠葉に有無を言わせぬとげとげしい言葉を幾度もぶつける女帝華南。
予てから彼女を苦手とする冠葉は、何も言わずにその言葉を受けて、まるで地蔵のように瞼を閉じて黙って聞いていた。

兄がそのような仕打ちにされている最中、その間、幸いにも晶馬は彼女の眼中に置かれなかった。
だがそれもそうだ。実際彼は何もしていない。ただ単にその場にいたと言うだけで巻き込まれてしまっただけなのだから。
しかし今更逃げるわけにも行かず、兄と華南のやり取りを横目にとりあえず何か飲み物でも買って来ようとその場から抜け出した。
飲み物を差し出した所であの女帝が治まるとも思えなかったが、少しは状況変化するんじゃないかと考えたからだ。
だがまさか、晶馬が立ち上がったそこでも知り合いと出会うとは思わずに、晶馬はぽかんと驚いた。
公園の自販機で飲み物を買おうとした途中、調度バイト先に配達中だった隣の家の住人とばったりと顔を合わせたのだ。

「あれ、しょうま。こんな所でなにしてるんだ。」
「あ、陽介…」

今は帰りの時間じゃないの?ときょとんとする彼に、なんとなくほっとしたような気がして晶馬は微かに笑みを浮かべた。
いやそれがさあと、彼に話しかける体制をとると、ふとはっとしたように陽毬の彼氏である彼は辺りをきょろきょろと落ち着きなく見渡した。

「ん?今って下校時刻だよな…あれ、かんばは一体どうしたんだ?」

此方が口に出す前に先に出た話題に、晶馬は冠葉の事を気にしている彼に驚く。
彼は陽毬の一件でかなり兄に嫌われている存在だ。
最近は誰かが働きかけないとあまり積極的に話し合わない仲なのだが…
彼としては冠葉に嫌われていると自覚しながらも、やはり彼の事が好きなようですぐにこうしてちょっと姿が見えないと話題に出す。
やっぱり幼い頃から知り合う仲か、と晶馬は思いながら陽介にそっと冠葉が居る方を指差して説明しだす。
ふと陽介は顔を上げて、晶馬の言った通りの場所を確認するなり、安堵した反面絶句した。
とりあえず最初に「あれ一体どうしたの?」だの、在り来たりで想像できる彼の質問を聞いて二、三言葉を交わした後に晶馬は苦笑する。

「はー…途中でかんばの彼女に、」
「もうホント運悪くてやになっちゃうだろ。」
「あはは…」

物凄く言い難そうな顔で笑う陽介。
いいよ本当の事言っても、と晶馬は彼に促した。
馬鹿な兄貴だの、大変だの。とりあえずなんでもいいからその辺りの事を。
なにせ弟である自分ですら兄の女癖の悪さに手を焼いているのだ。
そして今回だって損な彼が巻き起こしたこの不運。
それこそ呆れ返りたくなる気分だ。
だが、返って来たのはそんな言葉ではなく、二人の方を見てふと悩んだ陽介の質問だった。

「ふと思うんだけどさ、」
「うん?」
「普通あんな態度冠葉にとってたら、元カノ連中に殺されると思うんだけど、あの子…」
「いや、逆に華南の方が兄貴の元カノをしめてるからそれはない。」
「…どんなだよ…」

今現在、渦中の人物華南に捕まっている冠葉を哀れそうにちらと見ながらも、晶馬は深いため息を吐いた。
結局飲み物を買いに良く云々をしないまま晶馬は二人からやや遠巻きになった場所で、陽介と様子を窺う事にした。
なによりも、こうして出逢った陽介に少しなりとも自分の愚痴を聞いて欲しかった、或いはあの恐さから逃れたかったというのもあったからだ。
また陽介も陽介で、これが終わりの仕事らしく、あと少しならゆっくり出来ると彼も厭わずに晶馬と会話を繰り広げてくれた。

「しかしあの冠葉が押し負けるところなんて初めて見た。」
「兄貴って本当華南の前では借りてきた猫状態になっちゃうから…。
でもあれで少し兄貴の女癖の悪さが減るから、僕としてはちょっと感謝してるんだけどね。」

こんな事兄の前で言ったら確実にシメられるに違いないが、けれどもやはり心の中では弟として彼女の勇姿に感謝していたりする。
若干良い気味だと思っている旨を伝えれば、おいおいと軽く呆れたような突込みが入った。

「お前ね、弟なら助けてやりなさいよ。
後で無視したなって怒られるのはお前だぞ?」
「僕が華南に口出しできると思うの?」
「…」

苦笑をして、それはつまり無理という事か。と悟ってくれた陽介に、晶馬は理解が早くて助かると、深く深く頷いた。
何しろ自分は華南に弱い。弱いも弱い。
所謂肉食動物と草食動物の力関係だ。
押しの弱い自分は小さな頃から彼女の我侭になんでもはいはいと聞いていたおかげで、完全に彼女に対する奴隷体質が身についてしまった。
おかげで今ではそれのせいで彼女にちょっとでも口出しをすることすら無理に近い。

すると陽介が「なんか、悪かったな…」とかなり哀れんだ顔で、素直に謝ってくれる。
それは先程の冠葉を傍観する自分の顔にそっくりだったような気がして、晶馬は少し笑った。

「わかってくれたなら、そろそろ華南を落ち着かせるのに一役買ってよ。
あのままじゃ落ち着きそうにないし、僕一人じゃ絶対無理だし…」
「それ俺に求めないでくれる?」

流石にあの子の相手は無理。と、さり気無く陽介は晶馬から距離をとって、後ずさった。
すかさず晶馬は「いやいやいやいや」と撤退体勢をする陽介に迫り距離を詰める。

「大丈夫だって、陽介ならなんとかなるって僕信じてるんだから」

にこりと優しい笑顔を見せて、その実口では根拠のない自信を振りかざす。
陽介はその一方的な晶馬の信用に再度ぶんぶんと首を左右に振った。

「お前…調子のいい事言って厄介ごとは全部俺に押し付けようとか思ってないか?
あいつはお前ら兄弟の問題だろ、大体俺あいつと話したこともないし、話したくないし。」
「あれ?陽介って、華南の事知らなかったっけ?」

一応彼も自分達と幼馴染なのだから、彼女とは面識が逢っていいはずのものだが。と晶馬は首を傾げて、きょとんと目を丸くする。
陽介は僅かに言葉を濁らせた後、「いや、知ってるけどさあ」と表情を歪めて小さく呟いた。
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