夢幻世界
□高倉兄妹がもしも羊だったなら
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「ねえ、突然だけど君今ペット欲しくない?」
……なんですと?
掛かり付けの医院の自分の担当医である男がそう切り出したのは、あまりにも唐突な事だった。
風邪気味だった自分は彼の診察を受けて、適当な話を二、三切り出された後に、ところで。と一言挿んでそんな事を言われる。
自分が彼の突拍子もない発言に驚いていれば、彼はカルテに何かをさらさらと書き込みながら次いで続けた。
「実はね、うちの患者さんの夫婦がとある事情で引越しするから暫く羊さん三匹を預かってくれないかって頼まれたんだ。」
カルテを書き終えた医者は、徐に立ち上がって患者である自分を取り残し、何処かへとふらふら歩いていく。
「でもほら、うちには兎が居るだろう?
だから、下手に一緒にすれば食べられちゃうんじゃないかと思ってね。」
そこで君にお願いしたいんだ。
此方の承諾もそこそこに、帰り際にそう言って無理矢理一匹手渡されてしまった。
赤い髪の半獣半人のちっこい羊。
「君なら動物好きだし、変わってるし、一人暮らしだから、いいと思うんだよね。
とりあえず最初は一匹預けるからちょっと慣れてみてくれる?」
「無理そうだったらいいからね」と、最後にそう言ってくれたものの、無理そうだと思うのならばまずは押し付けることをしないだろうよ、と内心でむすっとした気持ちを覚える。
つくづくあの医師は性格が悪い。
あれから自分の手に渡った瞬間に、目つきを変えて明らかに敵視してきた赤い羊。
ものっすごい嫌々と拒否されて引っかかれたけれども、家に来て僅かで大人しくなった。
だが、きょろきょろと辺りを見ていて落ち着かない。
窓から外をじーっと見てるので、試しに出て行けるように開けて置いたら結局は出て行かなかった。
とりあえず何を食べるんだろうと思って試しに草をあげてみたら、「こんなもんくえるか」と逆にこっちにぶん投げられた。
…可愛くないな、本当に。
草塗れになりながらも人間と同じ食べ物をあてつけに渡せば、最初は物凄く警戒してて食べなかったけれど、此方がご飯を食べだしたら少しずつ同じように食べだした。
最終的には何の疑いもなくがつがつ食べてた。…よし、か?
腹が一杯になったのかごろりとその場に転がって、時折此方をじろじろと睨んでいた。
視線に居心地が悪くなったものの、慣れて来ればそうでもなくなった。
ので、すっかり彼の存在を忘れて過ごしていたら後頭部にリモコンを投げつけられた。
めっちゃ痛い。本当痛い。最高に痛い。
その時やっと彼の存在に気がついて、この野郎と睨んでみれば可愛げなく彼がふんっと此方から顔を背けた。
腹立ちはしたけれどもそのまま放っておいたら再び後頭部にエアコンのリモコンを投げつけられた。
……………こいつ…。
その後も眼を逸らすたびに必ず此方に何かを投げつけてくるので、痺れを切らして彼の首根っこを掴んで横に座らせておいた。
意外にも彼は暴れる事無くすんなりと自分の隣につき、その後はなにかを投げる事はなかった。
ちょっとほっとした。
色々とやる事を終えてやっと安息の時間を取ったら、既に隣ですんすんと彼が寝息を立てていた。
先程まで舟を漕いでいたくせに、自分の隣にきたらすっかり熟睡しているその様子にちょっと可愛らしくなりながらも、驚いた。
寝ている姿は天使だ。
起きた時にそういえば名前は一体何なんだ、と聞けば「おまえなんかにこたえる筋合いはねーよ、ブス。」と可愛くない一言を放ってべっと舌を出してきた。
むかっと来たのでその頭にぐりぐりと拳を落とせば「やめろお、このブスっ!おまえなんかきらいだボケ、うぉあぁあ」とじたばた暴れだした。
仕方ないので羊の首輪から名前を確認しようとするも、容赦なく殴られた。
…めげない。再び確認する。
蹴られた。
……いい加減腹が立ってくる。
噛まれた。
…さ、流石に痛い。
もう此処まできたら半ば意地でやっと名前を確認する。
…かんば?
そう自分が目にした名前を口にすれば、ぴたりと彼の動きが止まった。
「……」
むすっとした表情のまま、羊は先程までの元気をなくしたように大人しくなる。
おや、と少し驚くものの再び彼の名前をそっと呼んでみればぴくりと耳を動かしてそのまま黙り込んでしまった。
なんだ。いい名前じゃん。
と、自分が言えば羊はまるで凍りついたように固まってしまった。
それ以降、先程まで色々と此方を拒否していたのが嘘のように静かになった羊に、ちょっと驚く。
何気なく彼を抱えていた手をそっと開いて、彼を手放してみた。
すると今度は羊が逆に驚いたように目を丸くする。
ぱちくりと此方を見た後に、羊は徐にぺろぺろと先程噛んだ自分の腕を舐め出した。
その行動に今度は此方が面食らうも、あ、意外に可愛い、と此方がじっと眺めていれば気付いたかんばにがぶりと再び腕を噛まれた。
「なにみてんだよ、ねてろ!」
……。
いややっぱり可愛くない。全く可愛くない。
◆羊の長男。