夢幻世界

□どうしようもないのはどちら?
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「振られた。…正確には、別れてほしいって言われた。」
「…そりゃあ、災難だったな。」

突然家に押しかけてきて、無言で家の掃除やら炊事やら洗濯やらをしだした知り合いの少女が、漸く開いた言葉はそれだった。
一通りの出来事を終え、床に体育座りをする彼女の隣になんとなく腰を下ろす。

「しかもただ振られたんじゃない。相手に女が居た。」

膝を抱えて項垂れる彼女に、だからやめとけって言ったのに。年長者の一言は聞いとくもんよ。なんて、いつものように軽い調子で口にすれば、意外にも反論は返って来ず「そうだね」と言うから返事が返ってきた。

「考えてみたら可笑しいとは思ってたんだよ、あの人付き合ってる間私に一切とて触れてくれないし」
「触れる、て…」

さらりとそんな事を言うものだから、つい咽こみそうになってしまう。
少し前までは、そんな積極的な事を言うような子ではなかった。寧ろ此方が猥談でも話せば顔を真っ赤にして「窓から落とすぞクソオヤジ」とか恥ずかしがっていた子だったのに…彼女が口が悪いのは昔からだけど。

「そんなに女として魅力ないかなと思って、頑張って着飾ったりしてみたけど」

ああ、確かに彼女は見違えるほどに綺麗になった。
派手な化粧は覚えたし、匂いのきつい香水や、ごてごての女の子らしい衣装を着るようになった。
以前自分が見ていた素朴で清純そうな華南とは程遠い位に。

「で、一度やっとそういう雰囲気になったかなって思ったら、無理だって。」
「…あー、そりゃあなんとも…」

恐らくは女としてはショックだろう。男だってもしも女にそんな事を言われたら、当分元気で居られない。
彼女は、今にも泣き出しそうに表情を曇らせながら「そんなに私魅力ない?」と大人しく話す。

「私いっつもこうだ。」

ぐしゃと、綺麗に整えた髪を手で崩し、おまけにつけてあった髪飾りを取って床に落とす。
まあ、似合っていなかったからちょうど良いかなんてぼんやり思えば、ハッと少女が嘲笑った。

「女が居る男ばっかり好きになる。」

自嘲するように浮かべた笑みは、笑顔になっておらず、潤ませた瞳の中の雫が今にも落ちそうだ。

「別にそういうの狙ってるわけじゃないのに、気付けばそうなっちゃってるんだよ。

途中から、華南の話が付き合っていた男の話にシフトした。
けれども自分はソレを聞く気になれず、話半分で相槌を打っていた。
途中でちらと表情を覗けば、思い出し笑いで喜んだり、やはり悲しんでいるような浮かない顔に変わって、恐らくは今回こそは本気だったのがよくわかる。
だがそれを思えば何故か変に胸の中がモヤモヤとして、華南の話を聞くたびに苛立ちがどんどん増していった。

「…お前って本当に不憫な女だねー…。」
「喧しい。」
「確か前もそんな馬鹿な男と付き合って、振られただの騙されただのうちで泣いてなかたっけか?」
「泣いてない。少なくとも泣くのは楓の前だけだ。」
「あー、なるほど。だからお前いっつも楓の部屋から泣いて出てくる…って、オイ!うちの娘に悪影響与えてんじゃねえよっ、お前みたいになったらどうしてくれる!」

そんなころころと男を変えて直ぐに降られてくるような女に!と、言おうとして虎鉄はぐっとそれを堪えた。
いつものように軽く突っ込みのつもりで彼女の頭部を叩いても、全く反応をしてくれない彼女にこれは本気で凹んでいると察したからだ。

「なにさ、あんただって抱けないでしょ、こんな女。」
「だ…」

ガキの癖に。少し前まではピーピー泣いてたガキの癖に。
何を突然そんな大胆な事を言い出しやがる。男がこの女を変えたのだと分かっていても、此処まで変わるものだとは思いも寄らなかった為に、多少自分はショックを受けていた。

「そうだよね、抱けるはずがないよね。どうせ私なんてガキだもん」
「だからどうしてそうなんだッ、お前はもう少し前向きになりなさい!」
「なれる訳ないじゃん。振られたばかりなのに」
「…そりゃご尤も。」

彼女の真っ当な言い分に、ついこちらも押し負けてしまうも、ぱっと一つの提案が脳内で思いついた。

「…じゃあ、よお。その……試しにおじさんとかどうよ、なんて。」
「………、は?」

えへっと年甲斐無く可愛らしく笑ってみせる虎徹に、彼女はぽかんと目を丸くした。
冷ややかな視線を向けられる前に「いやだって、やっぱり恋を忘れるには新たな恋が必要だとか言うからさあ」と、わたわたして彼女に説明をし始める。
けれども華南はやはり表情を返る事無く、虎徹を見つめたまま、やがてふいっと途視線を逸らした。

「さいあく。」

返ってきた声は、非常に嫌そうな一言。

「なにそれ、そんな理由で軽々しく告白とか何考えてんの?つか、どんなエロオヤジ?盛んなボケ。」
「な…ッ」

あまりにも冷たい素振りに、つい、虎徹はかちんと来た。
すぐさま華南に言い返そうと拳を握って詰め寄る。
そんな訳があるか。今のは本心だ。と衝動的に言葉にしそうになって。
けれども、彼女の顔を見てしまうと途端に虎徹の動きは沈黙した。

「…んっとに…ばか…」

消え入るようなその呟きと共に、真っ赤になった顔はいつだかの華南に良く似ていた。自分の良く知る、あの彼女に。
それを目にすれば、何故かふと苛立ちが消えてほっとしたような、少し嬉々とした様な気分になって黙り込んだ。

「…まあ、出来たら前向きに検討してくれや。俺はいつでも待ってるから。」

◆火遊びくらいが調度良かったのに

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