夢幻世界

□貴方に抱かされた愛念
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「私は貴方を愛しているわ、ディルムッド・オディナ。」

もしはっきりと公然にして愛しているとこの口で紡げたらどれだけ楽か。
けれども彼と自分の間には決して無視できない高い壁が幾重にも聳え立っている。
それを無くして進む等は無理無謀な事だと彼女は内心諦めていた。
だが、胸に芽生えた気持ちを押し留める事も出来ず、自身に背を向けた男に情熱をぶつける。

「でも貴方は、…まだ、私を心から愛してくれはしないでしょう?」

振り返った彼の瞳は少しも揺らぐ事も、光を灯す事もない突き抜けるような漆黒。
それによって、一瞬でやはり自分の言葉は彼を揺らがせる事も出来なかったと知り、グラニアはずきりと内部から肉を抉られるような痛みを感じた。
けれどもそれを飲み込んで、彼女は一歩前に出る。

「俺は、…貴女に満足な愛を返すことはきっと出来ない。
愛するという事自体を今の俺がきちんと貴女に真摯に向けられるか否かは皆無に等しい。」

ちらりとディルムッドがに目を向ける。
けれども直ぐに見ない振りをして、瞼を瞑り顔を上げた。

「貴女が俺を選んだことは、恐らくは一生の恥になるに違いない。」

一生の恥?まさか。
それどころか彼と出逢った自体が自分にとっては最高の物だと言うのに。
寧ろ、恥と言うのならばそれは彼のほう。
こんな自分を選んだ事で、白い目に晒されることは当然だ。
だから、気負うべきは自分であり彼ではないのに。

「それでも俺は、……例え僅かでも、今は君に執着を抱いて良いか?」

初めて自分に全うに向けてくれたその翡翠色の瞳にグラニアは眩暈を覚えた。
それは今まで彼がくれたどの言葉の中でも自分の中で求めていた最高値のもの。
その堅実な心に少しでも自分が居残れるならば。
自分に向けられる感情があると言うならばただそれだけで、グラニアの胸は激しく震え、そして歓喜を満ち溢れさせた。

「ええ、勿論…勿論よ。」

構わない。
グラニアは胸に手を当てて、何度も何度も力強く頭を縦に振る。
喜びが満ち溢れ目から涙が出そうになるも、堪え、代わりに精一杯の笑顔を打ち振るって。
ディルムッドはそのグラニアの笑みに、彼女と同じような何処か苦しそうで、けれども安堵を帯びたように微笑し返した。

例え今は彼の総てになれなくても、少しでもその傍に、女として寄り添えるなら。

「それ以上の幸せなど、私には他には無いわ。」

◆心よりの幸福なひと時

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