我が家のサーヴァント達

□信用させないのが悪か、信頼できないのが悪か
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珍しくなにもする事がないとある日の事。
何気なく屋敷の中をうろついていれば、渋い顔をしたセイバーと対面した。
整った顔立ちが辛く歪むその様は、恐らくは見ている誰もが勿体無いと思うほどにつくづく残念だった。

「セイバー、どうしたんだ。」
「………ああ、陽介ですか。」

なんとなく彼女をそのまま放っておけずに、声をかける。
するとやっとの事此方に気付いた様子のセイバーが、はっと顔を上げて丸い瞳で此方を眺めた。

「いえ、その取り分けて如何したというわけではないのですが、如何せん納得いかない事と少々悩ましい事がありまして…」
「……切嗣様の事、か?」

彼女の顔を見てぱっと思い浮かんだ事を包み隠さずそのまま訊ねれば、ぴくりと僅かにセイバーの眉が動く。
一瞬柔らかさを取り戻したような風貌は、すぐさま切れのある顰め面に戻って、如何にも不機嫌さを漂わせた。

「……申し訳ありません。」

それは遠回しな肯定の言葉。
渋々ながらにも洗礼された動きでぺこりと頭を下げるセイバーに、陽介は慌てて気にしなくて良いと手を左右に振る。

「セイバーの気持ちもわからなくもないからな。」

召還されてから突然あんな不躾な態度を取られたら、理由は理解できてもやはり納得できない気持ちは屡あるだろう。
かく言う自分も彼に対しては恐らくはセイバーと似たような納得できない感情を僅かに抱えていたりするので、尚更彼女の気持ちが分かるような気がしていた。
セイバーは静かに面を上げるものの、やはり渋い顔で僅かに視線を此方から逸らしていた。

「…陽介、少々宜しいでしょうか。」
「ああ、どうぞ。」
「キリツグについての事をお聞きしたいのですが、」

やはりか、と陽介は彼女から来るだろうと思っていた質問の内容を即座に察した。
恐らくは今日も彼女の口から出ることは、自らの主への疑心。あるいは彼への不信感だろうと再三彼女と愚痴を交わしてきた自分であるからこその事がよくわかり、陽介は彼女の話しを受け入れる体勢に移る。

またセイバー自身も彼の妻であり、彼に心より信頼を寄せているアイリスフィールにその心情を吐露するよりも若干主に対して冷め気味な彼に告げる方が楽であり、常に彼を頼っていた。
陽介はそれを嗜める事もなく、主人への愚痴をうんうんと聞く彼に普段は言えないことまでぽつりと零してしまっていた。

「…兎に角、彼の言動についてはやはり理解できない事があります。」
「だろうな。」
「アイリスフィールが私に気を利かせてくれることはわかります。彼女の必死さも、彼女の堅実さも胸が痛いほど伝わりよくわかりますとも。
ですが、やはり私は我が主の事を…………」

そこまで言って、言葉を止めるセイバー。
彼女は暗い顔をしたままきゅっと上唇とした唇を合わせて、への字に曲げた。

「セイバー…その気持ちはわからなくはない。けれども切嗣様の向かうべき先の道に、確かに俺達の道はあるんだ。
君の願いも、例え不満があろうとも、彼を信じてついていけばきっと叶う。」
「私の、願い…」

その言葉を告げた瞬間、ぴくりと彼女の眉が動き顔色が変わった。
故国ブリテンの為にこの聖杯戦争を勝ち抜く決意を持った彼女にはその言葉が効く所があっただろう。

「…そう、ですね。私が間違っていました。」
「セイバー。」

セイバーは若干表情を和らげて、ふうと息を一つ吐いた。
陽介は安堵して、ほんの僅かに口元に笑みを浮かべる。
本音を言えば自分も彼の事を彼女と同じように、けれども別の意味での不満を持っている人間ではあるが、主として信用しているのは確か。
だからこそ、彼女には彼の事を信じていて欲しい所もあったりした。

「幾らあのようなマスターとは言えど、私のマスター。信じねばいけませんよね、あのようなマスターでも。」
「そ、そうだ。あのような主でも。」
「ええ、あのような口数が少なくのっそりとした根暗っぽい怪しい黒服男でも。」
「…」
「例えあのような不敬な態度を取り続けて、少しも人の前では口を聞かないあの黒服仮面のような男であっても。」
「ちょ……待て、セイバー。」

気のせいだろうか、セイバーの言葉に若干刺々しいものを感じる。
一応はこくりと彼女に頷くも、そのあまりにもはっきりとした彼への暴言に、陽介は少し難しい顔をした。

「…あの、セイバー。」
「なんでしょう。」
「幾らあのような主であっても、そこまでいう事はないんじゃないだろうか。確かに君の言葉に理解できる部分はあるが…」
「あ…すみません、訂正します。口数が全くない。の間違いでしたね。」
「セイバー……。」

にっこりとそう告げるセイバーに、陽介は少々狼狽する。
だが此方の苦悩を僅かに受け取ったセイバーはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「陽介。」

途端、後ろからかかった刺すような鋭い声。
陽介は一瞬条件反射でぎくりとするも、涼しい顔で声の主に振り返った。

…そこには真っ黒い衣装を身に纏い、今まで異常に真っ黒な雰囲気を醸し出した、鬱蒼とした主人が立ち尽くしていた。






「二人の気持ちもよくわかるけど…あんまりこの人を苛めないであげて?この人は、本当はとても優しくて繊細な人なの。
だから、そのなんていうか…喧嘩は程ほどに、なんてね。」

言葉を選びながら困った顔でアイリスフィールは微笑する。
まるで子供のようにアイリスフィールに抱きついてしくしくと泣いている様子を見せるいい年をした男に、二人の従者は心底呆れた。呆れ果てた。
だが、そんなマスターであっても、彼女から言われてしまえば二人は弱く、素直に深々と頭を下げるしか他なかった。

「陽介…」
「なんだセイバー」
「私のマスターは嫁に泣きつかないと私達に勝てない軟弱者なのか?それでも信じろとまだ言うのですか?」

肩をわなわなと震わせて、眉間に青筋を立てるセイバー。
硬く握り締められたその拳が今にも彼へと炸裂しそうなほどに上げ下げされているのを見て、自分は何も見ない振りで眼を逸らした。

◆やはり信じられないと目が語っていた。


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