我が家のサーヴァント達

□欠陥品の境界線
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殺人衝動は、一種の愛情表現なのではないかと錯覚する。

どちらにしろ、相手を壊したいと言う欲望は共通しているし、全てを破壊し、支配したい。
そんな欲望も結局はそれほど自分が相手に対して強い執着心を持っているという事になる。

だから要するに、ベクトルは違えど赴く衝動は同じこと。
薄暗い冷たい場所で、自分はそう一人結論付けて呟いた。

「…なに行き成り詩人になってくれちゃってんの?もしかして、退屈した?」

ぐちゃりぐちゃりと、実に耳障りの悪い音をBGM代わりにして、其方を見ないように背を向けていた自分に、龍之介が返す。
自分は帽子で目を耳を両方を僅かに隠すと、ふるふると首を左右に振った。
退屈?まさか。友人が奇奇怪怪な人物と手を組み、真後ろで殺人を楽しんでいるなんていう非日常的行動が行われているのに、そんな図太い真剣を持つ人間ではない。

「目なんて見えないんだからこっち向いてりゃ良いのに。」

怪訝そうにぽつりと告げる彼の声。
耳に届いたその発言に自分は少しむっとして嵌めていた眼鏡を軽く直した。
将来的に絶望的ではあるが、これでもまだ見える方なんだ。
第一、見えても見えなくても人として目の当たりにしたく無い。
そう常識に塗れたことを彼に当然のように言えば、彼は僅かに間を開けてから突然げらげらととてもおかしそうに愉快そうに笑い始めた。
一瞬気が触れたかと思ってしまうその笑い声に、軽く背筋が凍りつけば、ふっと彼は声を止ませ、冷静に此方に話を投げ掛けてきた。

「時々さ、不思議な事言うよね陽介。
そんな変な思考するくせに、それでも普通の人であることにしがみ付く。
見ている方からしたらそれ、すっごいバカらしくて凄い滑稽だよ。
いや、ある意味料理の仕方次第で楽しめるから良いんだけど。」

一際、大きな金属音。
かしゃんと何かが床と接触したような金属音がして、自分はびくりと震える。
その後、かつんかつんと、ゆっくり此方に近づく足音。
それが一体誰なのか、そもそも自分以外に動く人物はここにはひとりしか居ないと直ぐに理解し、わざと大きめに音を鳴らして距離を詰める龍之介に息を呑んだ。

不思議か。確かにそうなのかもしれない。
彼のいう事は若干的を得ている。常識的な事を口では言っているくせに、内心で考えていることはそれとはまるで逆な事ばかり。
偉そうな事を言ってその実、寧ろ非人道的とも言えることすら不意に頭から浮かぶ。
けれども自分は実行出来ずにただ目を背けるだけの臆病者。

ふと、自分の背中で足音は止んだ。
静寂がその場に舞い降りて、逆に煩い位の沈黙に支配される。

「じゃあさ、その陽介の言葉通りに受け取るのだとしたら俺が陽介に抱く殺人衝動も愛情表現ってことなのかな?」

その声は先程とは違い、はっきりと間近で聞こえた。
彼のはなった言葉の意味が一瞬理解できずに、自分は呆ける。
すると、後ろから彼の血に塗れた指先が自分の頬を躊躇なくなぞってきた。
べっとりとした生温い液体の感触が肌を撫で、自然とぞわりと怖気が立つ。
それは肌に塗られた赤い化粧にか、それとも彼自体にかは不明だった。

…同性同士に愛情なんてものは湧かない。
友情関係の延長か、それは要するにただの依存だ。

どくりどくりと緊張する鼓動を胸の上から抑え、きっぱりと自分が自論を述べれば、龍之介は感心したように鼻を鳴らす。

「なるほど、依存ね。…間違ってないか。」

意外にもあっさりと合点がいったように、龍之介は自分の頬から顔を離すと、此方の隣にゆっくり腰を下ろした。

「なら、陽介が俺の傍に居てくれるのは依存?それとも友情の延長戦?」

…自分が傍に居るのは、恐らくは多分後者の方。
………それと、多分興味心。

自分には到底出来ないことを、彼の腕は遣って退ける。
心の奥底では行ってはいけないと思っている一線を悠々と飛び越えた彼に、内心では楽しみが疼いているのだ。

「陽介もさ、ままならないよね。
もう少しその固い頭を緩めれば俺と同種になっていたはずなのに。
愉しいのに。本当、陽介って勿体無い馬鹿だよな。」

ゆるゆると顔を上げて彼を見れば、その表情の明るさに驚いた。
なにせ龍之介の表情は暗闇の中でも輝かしいほど実に眩く晴れやかで、本気で楽しんでいるんだなと痛いくらいに伝わるほど。
まるで、母親に褒めてもらう為にテストで100点を取った子供のよう。
聊か稚拙な例えであるが、多分それに相違はない。

自分がぼんやりとその意味を理解しようと呆けていれば、再度龍之介の掌が此方の頬に触れてきた。ぴしゃり、と小さく跳ねて鼻先に飛ぶ水滴。
それは僅かに口元にも飛び、自分の唇を塗らした。

「……本当、陽介は勿体無い。」

心底惜しむようなその口振りは、まるで折角見つけた同胞を失うかのような寂しさが宿っていた。
けれども彼には申し訳ないが、自分は別に同胞でもなんでもないし、その様に名残惜しまれた所でどうすれば良いか対応に困る。
そう内心では困惑気味でいても、どうやって彼を宥めれば良いかと考えてしまう自分が既にどこかに居た。

「まあ、いいけど。俺には今はもう旦那が居るし。」

だが、あれやこれやと此方がもたもた考えている間に、彼は垣間見えた寂寥感がまるで嘘のように、ぱっと笑顔に塗り替えて手を離した。
そのあまりの切り替えの早さに途方に暮れて、自分はぽかんとしてしまう。
けれどもこれが龍之介か、と理解すると然程此方もそれ以上になにも残らず、寧ろ彼が執着をしなかった事に安堵した。
不意に、頬に熱を覚えたような不思議感覚に襲われる。
龍之介の掌は既にそこにはないというのに、未だに残る温もりの正体は恐らく彼がべっとりと付けてくれた赤のせいだろうと結論付けた。

不意に指先でそれを拭い取り、レンズ越しに自分の視界に入れる。
暗さも相俟ってぼやけてよく見えないけれども、その赤色は鮮血とは思えない、だが絵の具ではない、なんとも不思議な色鮮やかな色彩に見えた。
水のようにぼたぼたと掌から流れ落ちていくわけは無く、ゆるやかに、肌に染み付きながら落ちていく赤い雫。
何故かそれを見ていると無性に胸が躍りだし、そして嫌悪とは正反対の気持ちが内側でふつふつと沸きあがる。
自然と滴り落ちて行く赤を、自分は「美しい」と感じていた。

「陽介、今凄い良い顔してる。」

はっとして顔を上げて、我に返る。
一瞬だけ脳裏に浮かんだ言葉に、自分は何を考えていたのやらと震え上がった。
龍之介の声に現実に戻ったことで感謝をしつつも、必死で違う、と彼に最初に否定しようと振り返る。
だがそこには先程の笑顔の欠片一つもない、真顔の龍之介がじっと自分を直視していた。
あまりにもその双眸が底がないほどに深く、闇を思わせる黒さで此方を凝視していたものだから、自分は言葉を失った。
けれどもその先に、その奥にある僅かな光に気付いてしまえば心が底冷えし、自然と身体が彼から離れようとする。
だがそれ以上後ろに行かないようにと素早く確り肩を掴まれた。

「逃げんなよ、同類者。
殊勝ぶってもどうせその本質は変えられないし代わらない。
開花して気付くのが遅いか早いかだけだぜ、陽介。」

にやりと口角を上げる彼の笑みが、まるで悪魔の囁きにも、天使の産声にも聞こえた。
聞きたくない、と耳を伏せようとするも片方の手で帽子を脱ぎ取られ、見たくない、と目を背けようとするも次には眼鏡を取り払われてしまった。

◆狂人に近しい異常者に近しい人間


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