我が家のサーヴァント達

□身の程知らずの祝い方
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もう直ぐアイリスフィールの誕生日ですよ。
そう、セイバーから聞かされたのはほぼ三日前の事。
彼女の誕生日くらい、セイバーから聞かされなくともとっくの昔に知っていた。
何せ自分はそれこそ形容するのも勿体無いほどに彼女に対して盲目で、知りたいことは何でも知っていたからだ。
けれども、他者、つまり彼女からそう口にされた事によってより一段と胸に強くその事が根付いてしまっていた。

だからただ重くもなく、残るものでもない腹の中に解けてしまう小さなケーキみたいなものを彼女にプレゼントしようと思っていたのに、何故か陽介は余計な背伸びをしてしまった。
陽介は、自身の胸ポケットから可愛らしいリボンで包まれた小箱を取り出し、じっとそれを眺めた。
よりにもよって、何故指輪なんて買ったんだろうか、と自分の愚かさを心より嘆く。

それは無意識だったのだ。本当に。
ふらっとジュエリーショップの前に立ち寄って、そう言えば彼女の誕生日が近いのだとセイバーから言われた事を思い出して、何気なく中に入ってしまったら、出て来た時には既にこれを手に持っていた。
自分で覚えている経緯は本当にコレだけで、実際ジュエリーショップから出てくるまでの間、一切として記憶が紛失していた。

「(馬鹿だ俺。)」

心の中で自分の愚かさを再度激しく後悔する。
こんなものを買ったところで空しさしか芽生えてこないというのに、自分は。
そう陽介は自身の頭を軽く叩いて、柱の影から見える二つの影に視線を向けた。

一つは背の高い男性のもので、もう一つはしなやかで人形のように見栄えする白い髪色、及び肌の女性。陽介の恋焦がれる女性。
彼ら二人を発見してから、その影が誰かと気付くのには時間はそう掛からなかった。

暫しの会話を楽しんでいた二人は、やがて男の方が不審な動きを見せて、夫である彼が妻である彼女の手を取って何かを差し出していた。
妻は夫からの贈り物を受け取ると、軽く呆けてから、宝石のように美しく目を輝かせる。

それを視認した穏やかな衛宮切嗣の顔と、幸福を全体的に表すアイリスフィールの笑顔。
二人の表情を目にすると、陽介は胸に弾丸を受けたような痛みを感じた。

彼女の肩を掴んで抱き寄せる切嗣を目にすると、すぐさま陽介は再度壁に隠れた。
冷たい壁に背中を当てれば、波立った様々な感情が穏やかに落ち着いて少しは冷静な判断を出来るようになる。

「(さて、どうしようかこれ。)」

陽介は先程まで見ていた光景を塗りつぶすかのように、自分の持っていた小箱に意識を向け始める。
最早使い道のないコレ。
いっその事舞弥にでも差し出そうかなんて考えるも、その気もないくせに女性に指輪を送るなんて不敬な事は流石に出来ないと思い直す。
だが残念ながら陽介には知り合いの女性なんてこの二人以外に全く交友がなく、そもそもに人との関わり自体が少ない彼にとって、この指輪の行方など限られていた。

「(…捨てよう。)」

一瞬にしてただ一つの始末方法を考え付いた陽介は、ぎゅっと箱を握り締める。

「(大体、何を自惚れてるんだ、俺は)」

こんな目出度い日だからなんて、勝手に自分までが目出度い気持ちになって我が子とでもないのに我が事のように浮かれて。
なんて実に滑稽なんだか。

「(彼女が喜ぶんじゃないかなんて思って、)」

その実、喜んだ彼女に癒されたかったのは自分のほう。
嬉しがって、嬉しがってもらって、そうして満足感を得たかったのは自分のほうで。
なんて愚かで卑怯で過ぎた願い。

「(彼女が心から喜んでくれるのは、俺じゃなくて、)」

唯一心から信頼し、心から淀みなく愛するただ一人の夫でしかありえないというのに。

胸に溜まる気持ちが嫌になって自然と息を吐いた。
自分への自己嫌悪が収まらずに、身の程も知らない愚かさに呆れ果てて、陽介は暫しその場で立ち尽くしていた。

「あら、陽介。」

ぎくりと、陽介は背筋を凍りつかせる。
その場に居るはずもなかった声に、陽介は挙動不審になりかけてくるっと声のした方向へと振り返った。
にこやかに笑みを浮かべる淑女と目がかち合う。

「あ……」

しまった。と陽介は自分の未熟さを改めて知る。
少し柱から離れて先程の彼らの位置を確認すればそこにはもう、彼女の夫の姿は居ない。
陽介は持っていた箱だけは慌てて自分のコートの中に押し隠す。
だが、箱を押し込んだ際に一瞬だけ「もしもこれを彼女に渡せたら」。
そんな最低な事が胸の中を廻った。
自然と箱を握っている手からは嫌な汗が流れて、掌を濡らす。
この期に及んで未だにそんな事を思う愚かさに、こんなもの渡しても、どうしようもないのに。と自分を叱咤した。
陽介は自身の気持ちをぐっと堪えてポケットに入れた手を力なく引いた。

「セイバーとご息女が、貴女に渡したいものがあるようです。
後、これは舞弥からで。」

そう言ってポケットの中で自分の贈り物と入れ替えにした、舞弥の贈り物が入ったやや長方形の箱を差し出す。

「まあ、いいの?」

煌びやかな笑顔を撒き散らして、アイリスフィールは両手を優しく叩く。
ほっとした陽介は、こくりと一度頷き彼女から身を引いた。

「俺からは、なにもないのですが…」

陽介が差し出した舞弥からの贈り物を両手で丁寧に受け取ると、アイリスフィールは軽く首を左右に振る。

「あらいいのよ、そんな事。
貴方はいつも私達の為に頑張ってくれるから、それだけで本当に十分ですもの。」

これ以上を望んだら、私罰が当たってしまうわ、とアイリスフィールは顔を上げて、緩やかに目を細めた。

「貴方の行動、存在自体がこれほどにない毎日のプレゼントよ。」

一瞬目の中に閃光のような光が散って、彼女の笑顔を通じて辺りが真っ白く輝いた。
なんて単純。なんて愚か。
たった彼女の一言だけで先程までの鬱々とした気分が、晴天の青空のように晴れ晴れとすっきりしてしまうとは。
そればかりか、胸の中には穏やかで温かな日の光が差し照らす。

これでは一体どちらがプレゼントを貰ったのか全く分からない。

「…行きましょうか、」
「ええっ。」

弾んだ声で頷くアイリスフィールに、陽介は手を差し伸べた。
とてもじゃないが彼女の手に触れられるようなものではない無骨で、少し未熟な掌に触れられると、軽く陽介の心臓が跳ねた。

掌に乗せられた指先に輝く金色の指輪。
彼女の白い肌にはとても目立つその色は、彼女の指を支配していた。
思わずそれを凝視してしまい、陽介は暫し沈黙する。

「陽介?」

アイリスフィールから名前を呼ばれて、やっと彼は我を取り戻した。
何も見なかった振りをして陽介は笑顔を取り繕い彼女に向き直る。

自分が買ったものとは対照的な色の輝きに、陽介は軽く胸を痛めた。
けれどそれはこうして彼女が自分なんかに見せてくれる笑みがとても眩しくて嬉しいからで、その為に心が弾んだだけなんだろうと納得する。納得させる。

「おめでとう御座います、アイリスフィール。」
「ありがとう、陽介。」

陽介が精一杯の笑みを浮かべれば、アイリスフィールは嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔に、再度胸が痛みを生じた。

◆笑ってくれればそれでいい

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