我が家のサーヴァント達

□神に愛されない子供達
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時折教会内で見かけるいつも聖書を握っている少年が居た。
少年はいつも俯きがちで、人と目を合わせるのを怯えては、そそくさとどこかに隠れてしまう子だった。
そんな彼は対話をする事を苦手とする代わりに、聖書を読むことだけは好きそうで、一度読んだ部分でも何度も何度も読み返しては真剣に一人の時間に徹するような子供だった。
大抵教会内に居るその彼に、綺礼は目をつけども、あまり思うところも無かった。
彼自身も言峰綺礼という人物に関心を持っていなかっただろう。きっと。

それが後に家族を失い自身の弟になると知った時、綺礼は少し驚いた。
だが彼以上に少年の方がひどく驚いて、最初のうちはとてもじゃないがどう反応すればいいのか分からずに戸惑っている様子だった。

「は、はじめ、まして。」

ぺこりと頭を下げた少年は拙い言葉でたどたどしく綺礼に挨拶する。

「ぼ、…わ、わたし、は、陽介、と、言います。…こ、今後、どうか、よろしくおねがい、いたします。」

びくびくと怯える彼は綺礼と眼を合わせる事無く、じっと床に視線を向けたまま小動物のように震えていた。

それがまともに対面し、言葉を交わした初めてであった。
だが綺礼は、それでも尚、彼に対しての関心は微塵たりとも無かった。
何しろ年齢すらもかけ離れているし、自分が特に目をかけなくても父が彼を構っていたし、そう言うものか程度だった。
彼自身も、鉄面皮で威圧感を出す兄の事は何処か苦手であり、父によく懐いていた。
仮の兄弟仲は決して良いとはいえなかったものの、それでも悪いとも言えず。
悪く言っても良く言っても彼らの共通点は父という一点で繋がれた関係で、他人のままの平行線であったのだ。

だが、それもなくなってしまった今となっては綺礼にとっての弟と言う存在は無いに等しいものだった。
だから綺礼は父が亡くなって第三者に彼の事を口に出されるまで、すっかり彼を忘れていたし、その彼を発見したのも偶然だった。

何気なく教会内に足を踏み入れると、父が倒れこんでいた場所と同じ場所にごろんと転がる子供が一人。
その寝方は一瞬父を彷彿とさせて、内心で綺礼はぎくりとした。

まず、何故此処に居るのか。と、何をしているのか。
一体どちらを先に問うべきか綺礼は一瞬迷ってしまった。
その迷いで生まれた沈黙の合間を縫って、少年が先に口を開いた。

「神様が愛してるから、連れて行っちゃったのかな。」

足を踏み入れた気配に気づいたのだろう少年は、綺礼に振り返る事もなくただ天井を眺めて居るばかり。

「なに?」

出会った時以降から挨拶しか交わしてこなかった少年からの初めての普通の問いかけに、綺礼はたじろいだ。
とりあえず彼に手を差し伸べようと近づくと、その前にむくっと少年は起き上がる。
振り返ったその無表情には、散々と泣き腫らしたらしく、目元は赤く腫れぼったくなっていた。
もう何も流れていないというのに、それでも未だに彼は目元をごしごしと擦る。

「きっと、ね。神様に愛されちゃったんだよ。お父さん。それで、お父さんは居なくなっちゃったんだよ。」

少年は、ゆっくりとその視線を綺礼から離して何処に移した。
何気なくその目線の先へとゆっくり目を向けると、椅子の上にぽつんと置かれる彼の手垢がついて薄らと汚れている聖書が見えた。
はっとして今更になって彼の腕の中にはいつも抱えているはずの聖書の姿がないことに気づく。
光に照らされるそれをなんとはなしに見つめていれば、少年は更に沈んだ声で続けた。

「お父さんはいっぱい神様に頭を下げていたから、神様は嬉しくなっちゃったんだ。こんなに自分の事をすきなんだって。嬉しくなっちゃったんだ。僕だってそうだもん。好かれたら嬉しくなって欲しくなっちゃうもん。おねーさんも、きっと神様が欲しがっちゃったんだよ。」

おねえさん、とは言わずともがな自身の伴侶であった者の事。
そういえば曲がりなりにも彼は弟であるのだから、彼にとって彼女はそう言うに値する人物なのだ。
陽介は再度彼から目を背けると、父の倒れていた場に目を向ける。

「神様は、よくばりだなあ。」

他人事のように語るその一言。しかし、それは普段の臆病な彼が発するには少々達観しすぎていた。
違和感を感じながら、気づけば手は綺礼の手はそっと彼の頭をぽんと撫でてみる。
すると、次の瞬間にぼろっと、その瞳から何かが零れ落ちた。それは頬を伝って彼自身の膝に落ち、丸い染みを作る。
だが、それのみではならず、次から次へと彼の頬を雫が流れ落ちて行った。
やがて、しゃくり声を上げて、彼はぐすぐすと隠しようもなく鼻を鳴らす。
あんなにも酷い顔をしているのに、この上まだ泣くのかと、ぼんやり綺礼は思った。
一旦手を離した綺礼だったが、気づいた少年がすぐにその人差し指をぎゅっと掴んで話さない。
綺礼は振り払う事もせず、だが、涙を拭う事はせず、けれども離れる事もせず、ただ目の前で顔をくしゃくしゃにする子供と同じ目線になってしゃがみこむしか出来なかった。

「ねえ、お兄さんは行かないよね。」

やや落ち着きを取り戻そうとした少年は、恐る恐るとそう問いかける。
ぐいっと目蓋を強く拭って、しっかりと綺礼を捉える。

「…行かないよね?」

次いだ声には震えが含まれていた。
あどけない少年の瞳には不安と懇願が見え隠れしている。
繋ぐ手にも僅かな震えが伝わった。

「……ああ、」

自分の掌よりもずっとずっと小さな掌をぎゅっと握り締め、体温を伝える。
ぴくりと小さな指先は緊張するように強張ったが、兄の顔を恐る恐ると見つめると。
真っ直ぐに綺礼は彼を見つめて、ゆっくりと頷く。

「行けないさ。」

行かないではなく、きっと行けない。
短く断言すると、彼はほっとしたように警戒心を解くように手の力を緩めた。
そのせいで、自然と表情にも柔らか味が浮かぶ。その笑みは何処か痛々しく少なくとも少年が見せるような笑みではないと思った。
綺礼は、初めて目にした弟の笑みに不思議な感覚に襲われた。
すると、綺礼の手を離した弟はゆっくりと彼の肩に寄りかかった。
そんな子供の柔らかい頭に、壊れ物に触れるようにして綺礼はそっと撫でる。父が彼にしていたのよりも拙く慣れない手つきで。
兄の不器用なその掌に、少年は安堵したように目蓋を閉じて彼の腕にしがみ付いた。

◆神に愛された大切な人達


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