我が家のサーヴァント達

□羽ばたく鳥に焦がれる僕ら
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間桐雁夜は、禅城葵に恋をしている。

それはとても、純粋で、何処にでもあるような普通の人が感じる恋心だった。
けれど、誰よりも真っ直ぐな想いで、誰よりもきっときっと、大きくて深いものだったと彼は確信を得ていた。
彼女とはただ他愛のない話をするだけでも幸せだったし、ちょっとした彼女の仕種が総て雁夜の胸を震わせた。
葵さんと自身が呼ぶと雁夜くんと返してくれるその声がどうしようもなく、嬉しくて嬉しくて。
それでも尚、「葵さん、」と、何度も何度も、例え意味が無かろうともその名前を呼んでしまいたくなった。
だってその響きが、あまりにも麗しすぎて、美しすぎて、愛おしすぎて仕方なかったのだから。

「あら、雁夜くん。今日は如何したの。」
「こ、こんにちは葵さん。今日は……」

そう言って学校帰りに自分が来たのを少しも厭わず、家に入る前に此方の視線を受け止めてくれる彼女はまるでその背に羽根が生えているようにも見えて。
否、実際、雁夜の目に映る彼女は確かにその羽が生えていたのだ。だから雁夜は彼女の傍に身を置くと、まるで天国に居るようなふわふわとした気持ちにさせられてどうしようもない幸福感に満ち溢れていた。
けれどそうして彼ら二人が話をしていると、必ずと言っていいほどそこには邪魔者が入り込んでくるのだ。

「おいゆーとーせー。なーに、楽しんじゃってんのー?」

どんっと肩で此方を押した雁夜より少し背丈の高い青年は、雁夜の隣に立つと彼をじとっと見つめて目つきを鋭くしていた。
それに雁夜は一瞬押し黙るも、すぐに勢いを取り戻して逆に肩を押し返す。

「あら、陽介くん。こんにちは。」

その声を聞き届けた瞬間、にたっとまるで悪戯好きの少年のような顔をした彼は、するりと雁夜の横を通り抜けて真っ先に葵の隣に擦り寄った。
まるで子犬が飼い主を見つけて飛んでくるようなその素早さに、雁夜は軽く愕然とした。

「はい、こんちわ。あーおーい。俺さっき道端でアイス落とした、元気ない。めっちゃ元気ない。元気ちょうだい。」

さっきまで辺りをわーわーぎゃーぎゃー騒いで走り回っていた男の言う事か。
今にも喉から出そうになる言葉を抱えて、雁夜はむすっと不機嫌そうに彼を見やる。
既に子供時代から脱却した身だというのに、赤子のように葵に甘える彼を不満に思わずにはいられなかった。

「もう、陽介くんってば。甘えん坊にも程があるわよ?」
「そうですよ、俺は甘えん坊ですとも。葵限定のだけどな。」

なのに、葵も葵で振り払う事はなく。そればかりか、しょうがないわね、と笑っては優しく彼を受け入れる。
おかげで彼女の笑みを受けた彼は眼に光を宿して、更に嬉々として彼女に擦り寄っていく。

「まあ、困っちゃうわね。」
「えー、困るなよ。寧ろ喜んでよ。葵ちゃん限定陽介君ですよー。」
「勿論喜んでるわよ。困っちゃうのは嬉しくて。」
「おし。」

そしてわざとらしく、ふふんと此方には鼻高々に笑ってみせた。
その気に食わない顔つきに、無性に苛立ちが湧いてきた雁夜は、易々と挑発に乗せられてしまう。
隋と一歩近づくと彼の首根っこを掴み上げて、半ば強引に葵から引き剥がす。

「いい加減にしろ。葵さんが困ってるだろうが。」

冷たく放ったその発言にぶすっと頬を膨らませた彼は、雁夜を見上げるとぶちぶちと愚痴をもらした。

「テメ、葵の前だけ優等生ぶりやがって。生意気な。なによ、その聞き分けのいい態度。気持ち悪いんだけど。つか、お前が葵と並んでるだけでこっちはすげえ気持ち悪い。年下は年下らしく、お姉さんとお兄さんを見てらっしゃい。」
「悪かったな、俺だってお前が葵さんと一緒に居るだけで虫唾が走るよ。」
「おお、両想い。」
「嬉しくない。」

首から生える雁夜の手を邪魔そうに振り払った陽介は、腕を組んで雁夜を睨む。
しかし雁夜も負けじと彼に言い返しして、やがて二人は別々の方向に顔を逸らした。
すると、耳にはぷっと小さく噴き出した声が耳に届く。

「はいはい、わかりましたわかりました。もう、本当に仲がいいんだから。陽介くんと雁夜くんってば。ふふ、なんだか兄弟みたいね。」

ぽんぽんと肩を叩いた葵が、朗らかな雰囲気を持ってして二人の間に入り込んだ。
その柔らかな声と優しい態度に、すぐさま雁夜が声色を穏やかにして彼女に否定する。

「葵さん、それはちが、」
「違う違う葵。それは違う。」

すると彼女を真っ直ぐと見つめた陽介が、葵の前にふるふると手を振って雁夜を指差した。

「これは俺の玩具で、俺が使い手。あれだ、腹話術の人形と、声出してる方みたいな。」
「お前、ちょっと顔貸せよ。」
「だが断る。」

隣に居る雁夜を指差し、コレ扱いしてこつんと胸を突く彼に、葵はきょとんと目を丸くする。
雁夜は眉間に皺を寄せると、胸の前に置かれた彼の指先を強く握り締めて、自身の胸から引き剥がしてぽいと捨てる。
またもや始まるかと思われた彼等の口論だったが、傍らでくすくすと花の様な笑みを浮かべて口元に手を当てる葵の存在を見て、どちらも口火を切る事ができなくなってしまった。

「葵。」

そんなやや騒がしい会話の中に、一線を画する涼やかな一声が入り込んできた。
まるで風の囁きのようなその囁きに、誰もが一瞬言葉をなくす。
だが、その持ち主を誰か知った葵は、はっと面を上げるとぐるりと長い髪を舞わせて振り返った。

「時臣さん!」

その明るく弾む声は両者の耳を劈くように、そして、抉るように深く響く。
雁夜はその名前を聞くなり、僅かに表情の色を変えた。
陽介は陽介で、葵と同じくその方向を見返すと目を細めて口をへの字にする。
見れば一歩離れた位置からは、両腕を組んで如何にも優しげな笑みを携えた男が、此方を眺めていた。
彼は雁夜と陽介をちらと見ると、軽く会釈をしてみせた。

「すまない。取り込み中だったかな?少し、話したい事があったんだが……」
「あ……ちょっと、ごめんなさい。二人とも。」

一旦、顔を元に戻した葵は眉を下げて両手を合わせて二人に謝る。
そして返事も聞かぬうちから、彼女はたっと地を蹴って走り去ってしまった。
まるでその辺りに止まっていた鳥が突如、空に向かって羽ばたいたかのように思えて、雁夜は一瞬眩しくなった。

一人分の穴が空いた二人の間に残るはただ喪失感。
名残惜しく葵の背中を眺めていた陽介はやがて目を逸らし、あーあ。と口に出してつまらなそうに言った。
それとは反対に、ふうと誰にも聞こえぬように雁夜は溜息を吐いて、一瞬にして顔色を暗くした。

「あのさ、先に言っとくけど、お前どうせ葵からただの弟分くらいにしか思われてないからね。」
「はあ?」

すると、落胆が冷め切らぬうちから、先程と同じ調子の素っ気無い声が雁夜の耳に届く。
雁夜は下げかけた顔をくいと上げて訝しげに彼を見つめる。

「いきなりなんだよ。」
「ん?話の始まりにいきなりも何もあるか?」
「……」

まるで変わらない彼は、真ん丸い目を此方に向けると心底不思議そうに問い掛けてくる。
雁夜はそれに返す言葉がなく、浮かんでも解く事をせずに返事としてその調子に合わせる事にした。

「つか、いわれなくても知ってるし。そんな話をしたかったのかよお前は。」
「俺がお前にする話なんて普通それだけに決まってるだろ。」

さも当然と言いたげな彼は、お世辞も遠慮もありゃしない。
寧ろそれに何かを期待しているのか、と言われそうで、雁夜は自棄になって「ああそうだよな」と言い返した。

「でも、お前だって葵さんからしたら似たようにしか思われてないだろ。…いや、お前の場合、ペットだな。」

何せ先程の扱いからして間違いないはずだ。と雁夜は、もっと酷い例えを彼に返してやる。
やや優位に立ったような気になって、雁夜が不適に口の端に笑みを浮かべると彼はむっと眉を吊り上げた。

「いやいや、俺お前よりかは望みあると思うぜ。」

どんと自らの胸に拳を当てて、陽介はやけに自信を持った口調で胸を張る。
雁夜は、半信半疑でふうん。と疑わしげに彼を見た。

「…根拠は?」
「俺、お前よりかはイケメンだから。」

……なんとまあ、自信家にも程がある上に、図々しい事を言う男か。
にやりと笑って白い歯をむき出しにする彼に、雁夜は呆然とし、それからげんなりとした。
この男のこういう変な前向きさは本当に感心したものであり、尚且つ呆れるものである。
あえてそれに同意もせず、雁夜はふんと高圧的に鼻を鳴らして流した。
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