我が家のサーヴァント達

□琥珀色のリズム
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はあ、と重く深い溜息を一つ吐き捨てた。
手に持っていた書物を放り出して、自分は机に突っ伏する。
するとほぼ同時に本は重く鈍い音を立てて地面に落下し、適当なページを開いて転がった。

机に頬を付くとひんやりとした感覚が伝わってきて、自分の頭を軽く冷やす。
やっぱりどうせ、駄目だった。自分はそう呟いて己の無力さを思い知る。
自分こと陽介は魔術師等とのたまうくせに、その実魔術の才能なんてものがない。まるでない。これっぽっちもない。
駄目駄目中の駄目魔術師なのだ。
今までそれを嘆いた覚えは一つもないが、そう言うものだと認めてはいたが、内心それは認めていたのではなく卑屈になって閉じこもっていただけに過ぎなかったのだ。
それを一日に二回も大きな失敗を仕出かした自分は悔しくも自認することになってしまった。

それは本当にふとした興味心だった。
始まりは確か神童と呼ばれるロード・エルメロイが聖杯戦争に参加するという噂を聞いた事がきっかけだ。
元々そんなものに興味なんてなかったし、けれどもほぼ初めて聞いたその名前になんとなく興味を持ったのだ。
別に参加するつもりはなくて、単にそんなものがあるのか。という、野次馬精神。
それを調べているうちに巡り合ったふと一人の翁が自分が聖杯戦争に出るのかと勘違いをしてきたのだ。
勿論自分はそれを否定したが、彼は話を少しも聴いてくれることはなく、自分に何かを押し付けてきた。
得体の知れない何の変哲もないカード一つ。
特に古臭いわけでもなく、何処にでもあるような普通の新品な長方形のタロットカードであった。
それを触媒にしてみろ、と言葉少なに彼は言うとやはり話も聞かないうちから自分に強引に話をしてきた。
黙ってやれ。やってみろ、騙されたと思って真似事でいいからやってみるがいい。と。
それだけを言うと彼は今度こそ自分の前から姿を消した。
何もかもが唐突過ぎて、訂正する事は愚か、まずこんなもので何が呼び出せるのかなんて問いかけをする事すら出来なかった。
半ば狐か狸に化かされたような気がしたが、それでもあの彼の言葉が少しは気になって面白半分で使ってみる事にはした。

勿論それは意味のない徒労だとは頭の中で分かっていて、でも、馬鹿馬鹿しいとやらないよりかはやったほうがマシと思い、仕方なくそれに手を出した。
だが結局、いや、当然とでも言うべきか。魔方陣は光る事もなく、応答する事もなく、それはすぐに失敗と終わった。
まあ、そうだろう。こんなものだろう。とか、特に落胆する事もなく儀式は終わった。
やっぱり、やらないほうが良かったかもしれないな。なんて、後から思っても意味はない。
第一の失敗を終えて、そのまま片付けるのが厄介になって放置して、自分は自室で別の魔術の修行に取り組んでいた。
けれど、やはり少しも頭に入らないばかりか成功なんて夢のまた夢。
二回目の大きな失敗を終えた自分は、はあ、とまた一つ溜息を吐いた。

別に自分の力に期待をしていた訳ではないのに、ここまで無力だとは思わなかった。

もういいや、と諦めて机から立ち上がろうと両手をついた途端、急に身体に力が入らなくなった。
おや、と思う間も無く全身に浸透する虚脱感。
視界がぐらっと揺らいで世界が横たわると、全身が地面に叩きつけられた。
身体に衝撃を受けてそういえば、なんだかお腹が減ったな、と腹部を軽く撫でてふとした疑問を浮かべた。
考えてみれば、ご飯を取らなくなってから今まで、一体自分はこの場所に居たのだろうか。

せめて何かお腹に入れたいな。とは思うものの、動く気力が全く芽生えなかった。
もういっその事、このまま此処で眠ってしまえば空腹も紛れるだろうか。
いや、あるいは目蓋を閉じたらもう此処には戻ってこれないかもしれない。
まあ、たかが一日何も口にしなかっただけでそんな事にはならないと思うが…万が一なったとしても、それはそれで構わないかもしれない。どうせ、自身の存在など、霧や霞に近い、取るに足らない存在なのだから。

気力をなくした自分は、後はただ思い目蓋に耐え切れず、ふと目を閉じた。


「うわ、くっらいなー。もうなによ、この部屋ー…っていうか、やだなにこれ、埃っぽいーっ。」

周囲が溜息の砂で満ちかけた時、外から入り込んできた人物が扉を開いて、砂を搔き分けて入り込んできた。
ずんずんと胸を張ってこちらに来るその存在に、自分は閉じた目を再度かっと見開く。
内心動揺しながらそちらの足音の聞こえる方向にへとぼんやりと目を逸らすと、真っ先に靡く赤い布が眼に入った。
ぶわっと広がったそれは、少女の背中から生えていて一瞬赤い羽根を持った蝙蝠の様に映った。
少女は肩先に掛かった銀の髪を手の甲で振り払うと、彼女はくるくると辺りを見渡した。

「ふうん、如何にも魔術師の部屋って感じかしら?殺風景だし、現代機具が殆どないし…っていうかやだ、ベッドもないじゃない。貴方何処で寝てるわけ?……あ、床?」

辺りに散らばる本の山を軽く足で退けながら、浅黒い肌の彼女は心底不思議そうに此方に視線を投げかけた。
その琥珀色に輝く瞳の色は此方を向くなり真っ直ぐと射抜いてきて、心臓が激しく打ち震える。
思わず、自分は全身を硬直させて息を呑んだ。

「そんな所にぐーたら寝てるとわたしが踏み潰しちゃうわよ。っていうか、こんな所に幾時間も引き篭もっていないで、少しは外に出て歩いたら如何?…まあ、下手に外に出ると的になる可能性も否めないけど…こんなところに居るよりかは十分いいわよ。」

彼女は早口で此方を捲し立て、いつまで転がっているんだと言いたげな不振そうな瞳を揺らがせていた。
その姿に自分はただ面食らい、けれどもそういわれてはただ転がっているだけには行かず仕方なく腕に力を込めて身体を持ち上げた。
まだ少しだけ目がくらくらとしたような気がしたが、重い頭をなんとか持ち上げれば視界がいつも見ている正しい景色に戻った。
改めて眼前にその姿を映して、君は、とやっと問い掛けたかった質問を投げかける。
それに彼女はきょとんと目を丸くすると、心底呆れ果てたように溜息を吐いて肩を竦めた。

「あなた、自分が召喚したサーヴァントの事すらも覚えてないの?…まあ、わたしもちょっと眠ってたから挨拶し忘れたのも悪いけど……そこまで抜けてそうだと、ちょっと心配になってくるわね。」

やれやれと肩を竦める少女に、自分は更に愕然とした。
……マスター?って、……マスター?
……


それは、なんの?

「なんのマスターって……聖杯戦争に決まってんでしょ。馬鹿なこと言わないでよ。」

………せいはい、せんそう?

あれ、いや、待って。待った。その言葉には覚えがある。それにはよく覚えがある。
しかし、だがしかしだ。
………自分が?
そんなまさか。
いやだって。自分はその召喚に失敗したはずで。先程だって何もならなくて。
結局何も出来なかったはずで、実際その失敗の後はまだ隣の部屋にくっきりと残っている。
なのに、いきなり。そんな事を言われても……
自身の記憶を掘り出しても全く覚えの無い話に、ただ、ただ愕然とし続けていた。
やがて、間抜けに口を開いてはぽかんとし続ける自分に、業を煮やしたのか。彼女はきつめに言い放つ。

「…そんなに信じられないのなら手の甲でも見てみたら?わたしの話を聴くよりも正確な形がそこにあるわよ。」

自分の手の甲のある位置をぴっと指差す彼女に、目蓋を上下してゆっくりと視線を落とした。
半信半疑で見た先には、痣とも知れぬ赤い何かの紋章のように見える印がくっきりと自分の肌にその存在を表明していた。
すると、少女はそれにホラ見なさい。と堂々と胸を張ってにやりと笑う。
最早疑いようもないその印で、完全に自分は彼女の話を理解する他なかった。
此方の顔を覗き見ると、彼女はにっこりと微笑を浮かべた。

「ほら、それでわかったでしょう。ほら、立ちなさい。それじゃ早速、外にでも出て気分転換しましょ。」

そうして、此方がまだ何の覚悟も言っていないうちから顔の前にずいと掌を差し伸べてくる。

……いや、しかし。待って欲しい。
確かに自分がマスターだと言うのはとりあえず納得するとしよう。だが、そうだとしたら君は一体何なんだ。なんのサーヴァントなんだ。と、話を切り上げようとする彼女に縋りつくように、問い掛けた。すると彼女はそれに少し面倒そうに眉間に皺を寄せてから、じとっと此方を見る。

「あんまり質問責めって楽しくないし、好きじゃないのよね。そういうのって習うより慣れろってよく言うし………アーチャーよ、見えないけど。わたしのクラスは弓兵。貴方の弓となる存在よ。」

言葉の端々から彼女が苛立っている様子が窺えたが、それでもきちんと説明してくれると彼女は改めて此方を真っ直ぐに捉えた。
アーチャーと語る彼女はその双眸に自分を映すと、彼女は堂々として言い切った。

「そして、わたしこそが聖杯を手に入れるの。だから貴方は絶対、絶対に、このわたしに協力しなさい。…でないと貴方をわざと殺しちゃうからね。おにいちゃん。」

◆「いつか気がつく。君の人生は眼が覚めているだけで楽しいのだ」


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