我が家のサーヴァント達

□追いかけっこサーヴァント
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何気なく窓の外を覗くと、ぱたぱたと二羽の鳥がはっきりと輪郭を捉えられぬ速さで飛んでいった。
最初の一羽を追うように、後から飛んでいく一羽の鳥の影。
後に残るのは揺れる木々の音ばかりで、凛はそれをただなんとはなしにぼんやりと眺めていた。
凛は父に貸して貰った魔術に関する本を抱きしめて外から目を逸らし、改めて目的の部屋の中に入ろうとする。
すると、そこは既に僅かに開いていていつものように背伸びをする手間が省けたと凛は安堵した。
ちょっと扉を押すと簡単に自分ひとりが入れる隙間が出来上がり、凛は底に自身の身体を入れる。
しかし閉じるのはまた面倒だな、と凛が思いながら扉を閉めようとすれば、ふと自分が歩いてきた廊下から耳障りな音が耳に響いた。

「ん…」

そのどたばたとした忙しない足音に、耳を澄ます。
凛はふと手を宙で止めたまま、背伸びをした態勢でぴたりと身体を止めた。
すると、その足音はどうやら近くに迫っているらしく、段々と大きくなっているのがわかり、なんとなく嫌な予感がして凛は扉を閉めるのをやめてそろっと後退りをする。

その直後だった。
ばん、と閉めるはずだった扉が勢いよく開き、自分よりも少し背の高い影が飛び込んできた。
そしてまた勢いよくばたんと閉じた。

「きゃっ!」

驚いた凛は目を丸くして、その場で一瞬ぴょんと飛んでしまう。
しかしそんな凛の小さな悲鳴に気づく事はなく、影は凛の隣を通った瞬間に近場の本棚の辺りに身を隠す。
そのまま上手い事、室内に隠れ潜んだそれは息を押し殺した。

「な、なに……」
「凛?」
「ふわああっ!?」

状況を把握できずにぽかんと凛が口を開いていると、閉じたはずの扉が静かに開かれて今度は低い声が室内に落ちる。
完全に先程の影に意識を奪われていた為に、そちらに気を向けることが出来ずに居た凛は奇声を上げて驚いた。
くるりとそちらに顔を向けると、鉄面皮の男の漆黒の眼とぶつかる。

「な、なによ綺礼!の、ノックもなく部屋に入ってくるなんてマナーがなってないんじゃなくて!?」

凛はその相手を知ると、驚きを隠すことも兼ねて彼にこれでもかと当たってみせた。
しかし、彼は凛になどまるで耳を貸さず、心此処に在らずと言った具合できょろきょろと辺りを見渡しているばかり。
疑い深く目を皿のようにしていた彼だったが、やがてふうと広い肩を落とした。

「…そうか、すまない。邪魔をしたな。」

ぱたん、と扉は閉じられて今度こそ何事も無い静寂が室内に落ちる。
嘘のように静かになった室内で、暫くして、気配がなくなったのを知ったのかひょっこりと出てきた彼はそろりそろりと忍び足で扉に近づく。
ぴったりと耳を扉にくっつけた彼はその後、糸が切れたようにへにゃへにゃとその場に座りついた。

「ぷはー、疲れたー!っつーか、おっかねー!やっぱあの黒いのおっかねー!」

大きく息を吐いた少年は心底疲れきったように、けれども達成感の篭もった表情を浮かべた。

「ったくさー、ちょっと自由行動しただけであっこまで怒る事ねーじゃんかー。金ぴかのところにはへこへこ頭下げるくせにさ。…まーそりゃ、俺とあいつは同じでも全然違うものですけど、ここまで極端に態度変えなくたって…くそ、あの髭ー。」

入り込んできたその存在は一人でぶつぶつ、否。隠し立てする事無くべらべら話し始めると、やがてふうと息を吐いた。
凛はその存在に目を疑ったものの、少し考えてからそれが誰なのか把握する事ができた。
彼は確か遠坂時臣が召喚したサーヴァントの一人の少年であるはずだった。
だが、彼は決して時臣が望んで呼んだ存在ではなく、何かの手違いで召喚されてしまった存在だと聞いた。
彼は一体何処の英霊なのか、そもそも何故召喚されてしまったのか。何の能力なのか。それら総てが誰にも理解不能で意味不明。
彼女の父ですらも扱いに困っているらしい存在。
その一因は、彼自身が此処に召喚された際に記憶喪失だという理由もあるかららしい。

事前に綺麗の口から聴いた事があった知識を思い出して、凛は自然と自身の身を固めた。
先程の口振りからして、髭と言うのは彼の主である我が父、遠坂時臣に違いない事は確か。
ん、と彼がくいっと顔を上げた。

「あれ、凛居たのか。やっほー。」
「やっほーじゃないわよ!」

平然と手を振る彼に、ぼけっとしていた凛も漸く気を取り戻す。
思わず声を荒げてしまいながら、すぐにはっとして口を閉ざした。
先程の口振りからして、恐らくはまた時臣を困らせて引っ掻き回して逃げてきたといった所だろう。

「……また、お父様から逃げてきたんですか。」

極めて冷静な語気で、凛は彼にそっと囁く。
視線を明後日の方向に向けていた彼は一度瞬きをすると、こくりと頷きへらっと笑う。

「おう。ちょっち時臣と喧嘩した。つっても、そんな喧嘩って言う喧嘩じゃないけどさ。それに…時臣よりか、恐いのはあいつの腰ぎんちゃくで…今回はどっちかって言うと黒い魔人のほうにやられ掛けたって言うか。頭トマトにさせられそうって言うか。……うん、まあ、そんな感じ。」

どんな感じだ。
途中からしどろもどろになって離し始める彼の言葉に、凛は眉間に皺を寄せる。

「あなたねっ、お父様の邪魔をしたら許さないって何度…」
「あ、凛。それ何読んでるんだ。見して、見して。」

肩を怒らせながら、今日という今日はと胸に決めて凛はすっと顎を引く。
彼女はつかつかと彼の元に近づくと、びしっと人差し指を突きつける。
しかし、彼は涼しい顔をして凛自身ではなく、その腕の中に納められている少女が読むにしては少し大きな本に目を逸らした。

「え……あ、っと……」

するところっと変わったその様子に、凛は目をぱちくりとさせて固まってしまう。
今になってずしりと重く手厚い本に気付くと、彼女は両手で本を改めて支えた。

「…」
「……だめ?」

警戒心が強い瞳で彼を射抜いていた凛だったが、それを受けて若干弱気になったらしい彼はそっと手を引いた。
困ったように笑みを浮かべながらもぎこちなさを覚えるそれに、凛は少しだけ罪悪感を覚える。

「…ほんの少しよ、少しだけなんだからね」
「お。」

捨て台詞を吐きつつ、凛は渋々ながら彼に本を渡す。
表情を緩めてそれを大事そうに受け取った彼はありがとう、と言って早速表紙を開いた。
だが、最初の一ページを開いた所でその顔はやや引きつった笑顔のまま凍りつく。
試しにもう一ページ、もう一ページと、合計三ページを開いた所で、彼はその次のページに手をつける事無くすっと下ろした。
そして凛へと視線を向ける。

「…読めない。」

簡潔な一言は凛を呆気に取らせるには十分で、加えてその蒼白な面持ちが彼女を愕然とさせてしまった。
返す、と本を返されて凛は渡したときと同様に両手で受け止める。
重い溜息を吐いた彼は、凛に対して不満を訴えた。

「子供なら子供らしく絵物語とか読めよー。」
「大きなお世話よ!私は子供である前に遠坂家の次期当主です!…それに、これはお父様が貸して……下さったんだから。」

その小ばかにされたような言い方に、忽ち凛はむっとした。
貸してやったのになんていう言い草か。それに、それは元々は父が自分に貸してくれたものなのに。
不敬な口を叩く彼に胸を張って凛が彼を見つめると、その途中で少しだけ恥ずかしくなって俯いた。
すると、彼はただぽかんと目を丸くした。

「凛は本当時臣の事好きだよな。」
「……」
「ごめん。何読むのも個人の自由だよな。」

その発言には言葉をなくして、凛は何も言わずに彼をねめつける。
やがて、彼はそれに申し訳なさそうに眉を下げて、ぐしゃぐしゃと凛の髪を撫でた。

「ちょっ…やめ、」
「お前みたいな親孝行な娘に思われて、時臣もきっと嬉しいだろーな。」
「………ほ、ほんと?」
「うん。」

折角母親に梳かしてもらった髪だというのに、乱暴にかき回されて乱れてしまう事を恐れた凛はきっと彼を睨み付けた。
しかし、優しげな彼の声音が放ったその発言には、面白いくらいに食いついてしまった。
不意に顔を上げるとそこには目を細めた柔らかな笑みがあった。
その表情に凛は思わず目を点にして、凛は少しばかり心が揺れてしまう。

「凛はすごいな。尊敬する父親の為に何でもしようとするもんな…かっこいいよ。」
「…ほ、褒められたって。」
「褒めてないぞ、本音だよ。そういう力は他の何よりかっこいいぞ。」
「あなたって口は上手いのね…あなた……えっと……」

彼がすんなりとそれを褒めてくれるものだから、どういう反応をすればいいのか分からずに凛は俯く。
自然と頬を紅潮させながら、とりあえず少しだけ素っ気無い態度を取ってふと凛は疑問を抱いた。
そういえば、彼のクラス名をまだ聞いていなかった。
初歩的なところで躓いてしまった凛に、きょとんとしていた彼はにっこりと微笑んだ。

「あははっ、そういやお前にはまだ名乗ってなかったっけな。えーっとな、俺は…」

と、彼が口を開こうとした次の瞬間、その場には異様な雰囲気が占領した。
何故か空気は穏やかなものから僅かに温度が下がったような具合になって全身が冷え切る。
背後からの威圧に気付いて、彼はロボットのようにゆっくりと顔を背後に向ける。
思わず、凛ですらも息を呑んでしまい、そおっと顔を上げて彼と同じ方向を見た。
すると、彼は忽ちぴんと背筋を立たせて奇妙な笑顔で固まってしまう。

「きっ………れい、」

凛が上ずった声で言うと、彼は顔を蒼白にしてぱくぱくと金魚のように口を動かす。

「どうにも違和感がして張っていれば…やはり此処に居たか貴様。」
「…赤鬼よりも恐ろしい黒鬼きたー!?」

彼の悲鳴が室内に響き渡ったその直後、脱兎の如く彼はその場から逃げ出した。
ところが、その前に素早く綺礼が彼の襟元をむんずと掴んで、ぽーいっと宙に放り投げた。
彼の体はその軽やかな擬音とは正反対に、間も無くして重く鈍い音を響かせて地上に落ちる。
当然、その後はすかさず腹部に蹴りを一発貰ったのだった。

「無駄話をしている暇があれば、早く師に謝罪をしろ。出来損ない。」
「……あの髭、えげつねえ事しやがって…」

◆ぶっちゃけ黒鬼最強だろ

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