我が家のサーヴァント達

□マイペースホーム
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「いまや炊事洗濯家事親父はお前の専売特許だな。」

ぽつりと呟いた切嗣に、陽介はむっとして振り返りながら、持ってきた新聞を彼に押し付けた。

「普通はおはようとか言うだろ、そこは。」
「ああ、おはようおはよう。僕達が忙しなく動いている最中、うちで待っていてくれる家政婦さんおはよう。」
「家政婦じゃねえよ、馬鹿!お前の友達だろっ。」
「居たっけそんなの。」
「泣くぞ。」

未だに目が覚め切っていないのか、それともからかっているのかは判別不能だが、相変わらずな口振りに陽介は渋い顔をした。
自分と切嗣はあの日の惨劇のあった村からの生き残りであり、そして今は自分達を拾ってくれた師匠であるナタリアの元で働いている。
しかし切嗣は兎も角、陽介は切嗣達の仕事には適任していないのが発覚し、足手まといになるのが嫌だからこうして家庭に入っているのだ。
それに、自分がきびきびと動かないと彼らは適当にしか動かないのも要因の一つ。

「大体親父は違うだろ、親父は…。っていうか、嬉しくない。」
「いいじゃないか。お前が動いてくれるおかげでナタリアが全く動かなくなったし、僕も気楽だし、いい事続きだ。」
「俺にとっては良い事ないよ!?っていうかそれ殆ど悪い事ばかりじゃないか!」

ごしごしと目蓋を擦りながら、切嗣は適当な言葉をぶつける。
全くもうと寝起きの切嗣から目を逸らして、一通り片付け終えた陽介はぐるりと辺りを見渡して満足する。
流石に早朝五時からやっていたのだ。その成果がこうして目に見えて出るのはとても嬉しい事この上ない。
が、そんな中でまだ一つだけ、陽介が手につけて居ない場所があった。
その一箇所をに目を向けると、ばらばらに紙が散乱する机の上に陽介はふうと息を吐く。
本来はあの場所こそが一番片付けたくて仕方がないのだが、どれが必要で必要ではないのか陽介からしてみれば何がなにやらちんぷんかんぷんで、何処から手を付けていいのかわからなくなってしまう。
あるいは切嗣であればわかりそうな気はするが…

「勝手に動かしたら怒るよなあ、ナタリア…」

ふとそんな事を言いながら、遠回しに切嗣に助けを求める。
しかし切嗣は知らんフリをして陽介が今朝持ってきた新聞に眼を通しているばかりである。
涼やかなその素振りを見て、諦めた陽介は怒られるのを覚悟で資料を纏めるかと思って手を伸ばす。

「あ、待て陽介。」
「えっ」

その途端、ぴたりと陽介は手を止める。
遅れて先程投げた問いかけへの返答がやってきたのか、と陽介は期待を込めて振り返るが、切嗣の言葉はそれとは遠かった。

「昨日、僕の服えらい汚れたから、先にそっちの方を洗濯してくれ。多分血でべとべとに…」
「そっちかよ!っていうか、血でべとべと!?それきっと固まってるじゃないか!昨日の内に言っといてくれよそれはもおっ」
「悪い。」

よりにもよって最悪な通達をしてくる切嗣に、陽介は大振りで振り向く。
此方を見つめる事もなく、全く悪びれた素振りなどなく謝る切嗣に、陽介はほとほと脱力した。

「ああ、それと陽介。」
「なんだよっ。」
「珈琲持ってきてくれ。苦いの。」
「自分で行けってば!」

俺は小間使いじゃないんだから、と憤慨して陽介はぷんぷんとした。
とは言えど結局は一旦行動を止めて珈琲を淹れにキッチンの方角へと足を向けてしまう。
途中出口をぽろぽろと溢しながらそれを彼に持っていけば、此方を見向きせずに新聞に目を移したまま切嗣はそれを受け取った。
とても若々しい雰囲気が漂っているとは思えないその貫禄に、お前はまるで何処かの親父か、と突っ込みを入れたい気持ちがうずうずと疼く。
が、陽介は堪えて今度こそナタリアの机の整理に向かった。

「陽介。」
「はい?」
「さんきゅ。」

また呼ばれて不機嫌そうに返しながら、振り向くと切嗣はちらと目線のみを此方に向けてさらりと礼を言った。
その行動にまたぽかんとして、一拍遅れてから陽介はがくりと肩を落とす。

「……そーいうの、もう少し早くに言ってくれると嬉しいんだがなあ………」
「いいだろ、昨日僕がお前に淹れてやったんだから。」

どうしてこいつはワンテンポ遅れているんだろう。
陽介はほとほと呆れつつも、些細なその一言で気持ちが安らいでしまった。
そんな自分にも苦笑しつつ、陽介は何となくやる気が起きたような気がしてもう一度ナタリアの机に向かった。
するとよく机を覗き込めば椅子の上に畳みもせずに、そのまま放り投げられてあるぐしゃぐしゃのコートを見つける。
コレはまさか、と陽介がごくりと唾を飲み込んで恐る恐ると机を回って椅子の傍に向かう。
漸くそれを持ち上げるとやっぱりそれは彼女の黒いコートであって、皺もついてよれよれだった。
…なるほど、この親にしてこの子あり。脱ぎ捨てたまま。放ったまま、か……。
陽介はちらと切嗣を見て、妙に納得した気分になる。
とは言えど、自らもその存在に育てられた子供であるのだが。

「……あのさあ、切嗣。」
「なんだ、陽介。」
「俺ってナタリアって時々世の中のお父さんみたいに思うときがある。何でもその辺りに脱ぎ捨てたままだし、片付けないし…」
「……それは間違いじゃないな。」

ふと、陽介が自分の胸にだけ溜め切れなくなって、愚痴とも、嫌味ともつかない今の気持ちをそのまま述べれば、やけに感慨深く、真剣な切嗣の声が返ってきた。切嗣は持っていた新聞を畳むと、机の上に置いて此方にくるりと振り返る。
その瞳はあまりも真面目すぎて彼と視線を合わせたこっちの方が吃驚した。

「ナタリアはどちらかと言うと感性とか性格とかは女性というよりも男性に近いし、やる事なすことどっちかと言うと親父臭い。
僕だってこの間も彼女の仕事について行った時、車の中で雑魚寝する彼女はとてもじゃないが女性とは思えなかった。つか、僕が困った。
容姿も明らかに性別を間違えているとしか思えないし…女性的主張がなければあの人とてもじゃないけど……」
「聞こえてんだよ、坊や達。」

珈琲片手にあまりにもぺらぺらと饒舌に話す切嗣に陽介は飲み込まれかけて、けれども節々に納得していた。
ところが彼の背後からぬっと出てきた影がゆらりと動き、その場を威圧する声を発した。
その瞬間、少年二人は顔面を蒼白にしてぴたりと黙り込んだ。

「な……たりあ、………さん。」

とって付けたように陽介が彼女に敬意を表す呼び方をすれば、その人物はぎろりと陽介を睨んだ。
寝起きだからかその人相は普段の倍増しに悪く、思わず陽介が顔を引き攣らせるほど。

「き、昨日は疲れてたんじゃないの…?まだ、寝てた方が…」
「ああ、私もそうしたかったんだけどねえ。ちょっと目が覚めてぼんやりしてたら何処かのクソガキ共がろくでもない話を続けてるから、ついつい起きざるを得なかったんだよ。」
「年増の地獄耳………いッ!」

この期に及んでわざわざ彼女の癇に障ることを遠慮なく溢した切嗣の頭を、後方から話の渦中の彼女が乱暴に殴りつけていた。
その瞬間切嗣は大振りに横によろけて、片手で後頭部を抱えて悶絶していた。
目の前で行われた暴力に陽介が絶句していれば、切嗣が苦しそうにぐるりと振り返った。

「なんで僕だけ叩くんだ…!」
「お前の発言の方がいっちばん腹立たしかった。なんだその考察気取りは。ったく、人が少し寝坊すれば起こしもせずに陰口を叩くとは…陰険なガキ共に育っちまったもんだ。」
「育てたあんたの性格の悪さのせいだろ。…だッ!」

だからいちいち言わなきゃ良いのに、余計な事を言うから反撃を食らう。
再度ナタリアがぐーに固めた拳で切嗣の頭を抉った時には、今度こそ切嗣は沈黙した。
その度に陽介は面白いほどにびくびくとして後退りをしてしまう。
今のうちから言い訳を考えておかねば後で酷い事になる。陽介がなんとかして思考をフル活動していれば彼女はちらと此方を見た。
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