夢幻時間

□死にたがりと、生きたがり。
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もしも私が普通の身体に生まれて、
もしも私が普通に貴方のお嫁さんになれていたのなら。

もしも彼が私の隣に居てくれなかったら。
もしも彼が私を見てくれなかったから。

もしも彼が、私ではなく誰かを選んだら。

そんなもしもは限りなく溢れ、唐突に芽生え、唐突に浮かび、唐突に去っていく。
長続きすることは無い。
何故なら実際そこに居る彼を感じてしまえば、その位のもしもなんて些細な事にしか過ぎないからだ。


もしも俺が彼女と同じ身体を持っていて、
もしも俺が彼女と同じように共にその瞼を閉じる事ができたなら。

もしも彼女が俺の隣に居てくれなかったら。
もしも彼女が俺を見てくれなかったから。

もしも彼女が、俺ではなく誰かを選んだら。

そんなもしもは限りなく溢れ、唐突に芽生え、唐突に浮かび、胸の置く不覚を苛む。
長続きすることは無い。
けれどもちくりと胸は痛んで止むことは無く、彼女の笑みを目にする度に軋む。

ねえ、陽介ちゃん。
貴方は今幸せなの?

そんなの勿論幸せだよ。

(うそ。そんな泣きそうな顔で幸せなんてしらじらしい。)
(ごめん。本当は辛い事だって幾つもある。)

私の未来を理解しているから、貴方は今出来る精一杯の喜びと悲しみを背負っている。

君の未来を理解しているから、俺は今感じられる精一杯の喜びと悲しみを抱きしめている。

(ねえお願い、そんな顔をしないで。)
(だからどうか、気付かないで。)

(どれだけ私があなたを愛しているかわかる?)
(どれだけ俺が君を愛しているかわかる?)

(愛しているから笑って欲しいの。)
(愛してるから考えない事なんてできないんだ。)

お互い同士に向けられた一方通行の矢印。
その思いはどれだけ行っても彼女にしか行き着かなく、
その思いはどれだけ行っても貴方にしか行き着かない。

(ぐるぐると巡っても、)
(巡っても、)
(巡っても、君にしか向かない。)
(巡っても、貴方しか見えない。)

この恋心も、この愛情も、
すべてあなたがそこに居たから作り上げられた。
すべて君の為に作り上げた。

この心はすべて君のもの。
この私はすべて貴方のもの。

だからもしも、君の為に共に死のうといわれたら恐らく俺は遠慮なく死ぬだろう。
だからもしも、貴方の為に共に生きようといわれたら私は喜んで生きるだろう。

けれども運命は残酷で、
死にたがりは生きていて、生きたがりは死んでしまう。
彼女が既に生命の輪から外れているその時点で、二人の線は既に交わらないことを何処かで彼は知っている。
同時に彼女も、何れ彼とは同じ道を歩めないことを知っている。

傍に居たがりの二人は、永遠に傍には居られない。

「ねえ、陽介ちゃん。」
「なに。ひまり。」
「愛してる。」
「…俺も世界で一番ひまりを愛してる。」
「じゃあ私は宇宙で一番。」
「んー…今生きている人々の中で一番!」
「そ、それじゃあそれじゃあ!今まで生きてきた人達全員を含めてその中で一番!!」
「なっ!…卑怯だなー、ひまり。」
「先に言ったのは陽介ちゃんだもん!
………でも、嘘じゃないんだからね?」
「大丈夫、信じてるよ。」
「信じてくれないと、泣いちゃうから。」
「泣かせないよ。」

それでも今が確かに幸せだと、どれだけ辛い状況を知りつつも、二人は最高に感じている。

◆永久の愛より、儚い幸せを選ぶ

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