夢幻時間

□無垢な色に押し負けて
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「あのね、きれいさんっ、凛はあんな事いってるけど、きにしなくてもだいじょうぶなのよっ。」
「はあ、」
「えっと、凛はおとうさまの事がだいすきすぎるから心配しちゃいすぎるだけでっ。だから、きれいさんの事もほんとうに嫌いとかたぶんそういうのじゃなくて、ええと、だからきれいさんもそんなにおちこまないでっ。」

「……ああ。」

唐突に怒涛の勢いで自分に謝ってきたり、必死で何かを訴えてくる遠坂家の長女に、綺礼は屈んでいた腰をやっと持ち上げて少々難しい顔を見せた。

…別に落ち込んでいた訳ではなく、単純に床に落としたペンを拾ってしゃがみこんでいたの事だったのだが…

実は綺礼はつい先程、彼女の妹である遠坂家の次女、凛より直情的な嫌味の一つを言われた所だった。
それは勿論彼にとってはいつもの事で、子供の戯言だとしか認識しない些細な事。
自分に激情を向けてくる彼女には非常に悪い事だと知っていたが、綺礼はそこまで面倒を見ることは出来ずに冷淡に彼女扱った。
すると、どうやら柱の影からそれを見ていたらしい彼女の姉が自分と凛の仲をはらはらとして見守っていたらしい。

そのおかげで、もしやあの時の出来事が自分を悩ませたのでは。等とすっかりおめでたい勘違いをしたようだった。

勿論直ぐにそれを訂正をしようと口を開くものの、幼いとは思えぬ彼女の気迫に押されて綺礼は思わず口を閉ざしてしまう。
仕方なく、彼女に付き合いただうんうんと話を聞いて、謝罪の内容には綺礼は曖昧に答えながら返してみせた。
すると、少女はその内に安心したようにぱっと笑みを浮かばせる。

「よかったあ、わたしは凛も、きれいさんの事もすきだから、けんかしてほしくないの。」

文字通り、ほっと胸を撫で下ろす白野に、綺礼は理解に苦しむように瞼を上下させた。

「……君は、私に思うところは無いのか?」
「ないよ。だってきれいさんをしんじてるもの。」

彼女の妹のそれこそ圧巻な咆哮を思い出し、綺礼は彼女に疑問を投げ掛ける。
けれども白野は意外にもあっさりと、かぶりを振ってきっぱりと断言した。
そのあまりにも毅然とした自分への信用振りに、流石の綺礼も絶句する。
次いで、にこりと笑みを浮かべる白野。

「だってね、きれいさんは凛にきちんとおへんじをかえしてくれたでしょ?
嘘でも、なぐさめでも、子供に接するようなあいまいな言葉じゃなくて、しんけんにかえしてくれた。」

だから貴方は信用できる。
最近の子供にしては聊か素直すぎるほどに真っ直ぐに、彼女は続けて言った。

「おとうさまの事、よろしくね。きれいさん。」

純真無垢なその瞳には、果たして自分はどのように映っているのだろうか。
天使か、救世主か。…あるいは神か。
そこまで考え、綺礼はふと笑いが込み上げてくるような気がした。

だとしたらお門違いだ。
自分はその様な大それた人物などではない。
その様な一方的な信用を寄せられた所で如何すればいいのか困惑するまで。

「私などを信用しても、君の思い通りになるかどうかはわからない。」
「うん、わかってるわ。」
「…けれども、君がそこまで私を信用すると言うのならば、」

だが、しかしその信頼が意外にも空虚に塗れた自分の胸の中に残り、こびり付いて離れなかった。
綺礼は自然とその場にしゃがみ、彼女と同じ目線に立つ。

「最善は尽くそう、君の為にも。」

自然と口をついてしまったその言葉に、彼自身驚きながら彼女を見た。
すると呆気に取られていた少女は、やがてこくりと嬉々として頷く。

「だからすきよ、きれいさん。」

元から赤めな子供の頬は、更に朱色に染まっていた。

◆小さな約束

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