夢幻 時間

□LoveかLikeか、判別不能
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「なにやってやがるんだ、そこの勘違いプリンセス。」
「……… ッチ。せめて後数時間遅ければ、」
「おい。質問に答えろ。」

その頭に輝くペンギン帽子を見て、一目で彼女が妹ではないと気付く。
冠葉は買って来た四人分の茶菓子を床に落としかけながら、今まさに姉へと唇を近づけていた寸前の彼女を制止した。

「何って見れば分かるだろう。夜這いならぬ昼這いだ。
折角こうしてうら若き乙女が眠っているのだから、据え膳食わぬは男の恥と言うことで、手を出そうとしたまで…」
「堂々と何とんでもない事言ってんだこの名前からして男じゃないプリンセス様は。」

プリンセスは名残惜しそうに姉を見た後に、酷く嫌そうな顔で冠葉に振り返りむんと胸を張って見せた。
そのプリンセスに突っ込みを入れながらも、本当に危ない状況だったのかと僅かにたじろいで冠葉はちらと姉を見る。
昨夜も夜遅くまでの仕事で忙しく、またもや机の上に凭れるようにして寝ている彼女。
起こさぬようにと彼女を気遣い声を抑えて、冠葉は舌打ちをした。

男に奪われるのならばまだ良い。
正直言うと全然良くないけどまだマシだ。
けれども女性、しかも妹の姿をした人物に奪われるなど断じて自尊心が許さなかった。
冠葉は即座にプリンセスをそっと引き寄せると、がしっと肩を掴んで自分の方へと向かせた。

「お前は姉貴の前では絶対顔を出すなって言っただろ!」
「そのようまでして貴様はこの女が大事なのか?」
「……そう言うわけじゃ、ねえけど」

実直にそう問い掛けられるとどうにも弱くなってしまい、本心を告げることが出来なくなってしまう。
だがその隙を付いたように相手はにやりと笑って、自分の腕をぺしっと叩いて落とした。

「ならばいいじゃないか。どうでもいい女なら、如何でも良い女に渡しても構わないだろう?」

フンと不適に笑うプリンセスに、冠葉は軽く動揺する。
自分の腕から離れた彼女は冷たく此方を一瞥した後、ずんずんと再び姉の元へと戻ろうとした。
慌てて冠葉はその手を掴み再びずるずると引き摺って此方に呼び寄せる。

「だからッ、駄目だっつってんだろうが!なんでそこまで姉貴に執着するんだよお前は!」
「それを言うならお前の方だろうが、浮気性。
普段はどうのこうのだと言っておいて突き放して大事なものは遠ざける。…全く、貴様のようなのをろくでなしと、」
「人の事をくどくど言うのはいいから帰れ。頼むから帰ってくれ。
姉貴が居なくなってから相手してやるから…」
「それじゃ意味がないだろうが、バカヤロウ。」

陽毬とは思えない暴言を吐き捨て、はんっと鼻で笑うプリンセス。
いい加減冠葉の堪忍袋の緒が切れかけ、この女を陽毬のベッドの上にぶん投げてやろうかと陽毬の身体を気遣いながら思う。

すると、ふと白野が小さな唸り声を上げて僅かに身動ぎをする。
それにぎくりとして、冠葉は硬直し身体を強張らせた。
すぐさまに姉の方へと振り返って様子を伺い、口を閉ざす。
姉はそのまま起きることもなく、またもや定期的な寝息を立てて静かに眠りの世界へと帰っていった。

それを確かめてほっと冠葉が胸を撫で下ろすと、いつの間にか腕の中に居たプリンセスが居ないことに気がづいて目を丸くする。
あれ、と思って辺りを見渡せば、またもやいつの間にか姉の背中にぴったりとくっ付いてその頬に口付けを落とそうとしている。

「おい、だからあッ!!」
「ストップ!」

かっとなった冠葉は白野が起きてしまう可能性を忘れて、一歩強めに踏み出そうとしてしまう。
その瞬間に顔を上げたプリンセスが、冠葉に向けてぴしゃりと待ったをかけた。
彼女の声に驚いて、冠葉は我に返る。

「それ以上先に進んで見ろ、貴様。この女の唇と頬は保障せんぞ…」
「なっ……テメェ、卑怯な……」
「ふっふっふ。卑怯上等。恋には駆け引きよりも先に奪うことが大事だ。
さあ、目くるめく白い花の世界へご招待してやろう!」
「してやらなくもいい!いいから帰せ、人の姉貴を!」
「ほう、人の姉貴とな?…それだけでいいのか、おい?
他にも言いたいことがあるんじゃないのか、お前。」
「…な、なんの話、」

自然と冠葉は顔を赤らめた。
にやにやとこちらを挑発的に笑っている彼女に、冠葉は悔しげに奥歯を噛み締める。
だがしかし、彼女の言葉が妙に胸にこびり付いて離れなかった。
それだけでいいのか、だと?
彼女は確かに自分にとっては姉だ。かけがえのない。けれども、先程の場面で放ちたかった言葉は、決してそれだけではなかったはずだ。と自問自答する。

「お、俺にとって姉貴は、…白野は……」



「なにやってんの、兄貴達。」

その瞬間、ふと間に入り込んできた第三者の声。
その声の主に気付かぬほど自分達は馬鹿ではなく、逸早く反応した冠葉は今先程話そうとした事実を咽こんで隠して彼へと振り返った。

「な、何って俺は今アイツと……」
「アイツ?」

そう晶馬が視線を逸らし、冠葉の指差す先をじっと見つめる。
しかしその一瞬の間に、いつの間にか何の変哲も無い、否。何の変哲もなくなっていたただ普通の陽毬の寝姿に冠葉は拍子抜けして、晶馬は何言ってんだか。と呆れ返る。

「陽毬と姉ちゃんが寝てるだけだろ。
もー、確りしろよな、後静かにしないと二人とも起きちゃうじゃん。」
「……。」

あの女、上手く逃げやがった。と冠葉は顔をひくつかせた。
けれどもまあ、はからずもあの横暴プリンセスの魔の手から、白野は護れたらしく、一安心と言えば一安心。
そっと二人の傍に近づき、陽毬の隣に落ちているペンギン帽を拾い上げ、冠葉は深く溜息を吐いた。

あるいは彼女はもしかしたら自分で遊びに来ただけだったのかも知れない。
そう考え始めるが、彼女のあの姉を見る瞳が一瞬だけ自分に似ていたことを思い出して、ぞっとし、それはないなと考え直した。

◆次は絶対に負けないと誓う

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