夢幻 時間

□所詮男は獣なり
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それは英雄王がまたもや自分の身体を遠慮なくあちこちと触っていたある時の事だった。
最早彼の自分に対する過度な接触は、ただの戯れだと判断していた自分は、抵抗もそこそこになり、すっかり慣れきってしまっていた。
というのも、実際は自分も彼も、どちらとも相手を心から異性として見ていないと言うのが一番大きい所だったからだ。

確かに英雄王は時に男を思わせる部分はあるにはあるが、けれども自分にとってはどれだけ思っても大きな子供と言う印象が消えなかったし、恐らく彼とて自分の事などただの子供、あるいはそれ以下として見ているに違いない。
自分は少なくともそう勝手に判断を下していた。

「何をしてるんだ、貴様は、何を。」

だから、洗濯物を取り込んできてくれたランサーがその場面で鉢合わせてしてしまった時も、ついつい理解が遅れて、一瞬何に怒っているのか全く分からなかった。
直ぐ後にいつものようにランサーと英雄王の競り合いが始まるかと思ったが、直後に家に掛かってきた言峰神父からの電話により、英雄王は呼び出され事なきを得た。

しかし、ランサーの怒りは静まる事はなく、残された自分に白羽の矢が立った訳で……

「毎度毎度俺も同じ事を言いたくありませんが、主。
貴女はもう少々慎みと言うのを持っていただきたい…否、ご自身が女性と言うのをもう少し自覚して、慎みを持っていただきたい。」

…本当に、申し訳ありません。

英雄王が居なくなり、静かになった我が家。
だがほっとする暇もなく、直ぐにくどくどと彼の説教が始まった。
これは流石に逃れる事はできないと、自分は止むを得なく大人しく彼に従う。

いやでも、別に英雄王は自分の事をなんとも思ってなんか居ないし。

「…主よ、貴女は一切として穢れがなく美しい魂を持っている御方だと俺は知っている。
だからこそ、目に映る有りの侭を信じてしまうのは仕方ないと思っています。」

惜しみないほどの褒め言葉を使いながら自分を咎める従者に、一瞬怒られているのか否かと錯覚しそうになる。
けれども険しく歪む彼の顔を見れば、自身が叱られているというのは明白だった。

「ですが、純朴すぎるのは時には最悪の結果を招く事もある。
貴女はその様に目に映る総てを真実だと思っていますが、男と言うのは常に心の奥底に女性には見せぬ穢れた心を隠しているものだ。
だからこそ、貴女がそのように思って信頼していても、いつその信頼が崩される事になるのかわからない。」

そんな馬鹿な。
と自分が大袈裟だと彼に半笑いを浮かべる。
そもそもにあの英雄王が自分に対してその様な気の迷いを抱くなんて、断じて有り得ないし、それは流石に考えすぎだと否定した。
しかし、ランサーはその自分の答えに更に気分を害したように眉間の皺を濃くする。

「では今此処で俺が貴女に不敬を働いたとしても、貴女は笑って過ごす事が出来ますか。」

鋭く冷たいランサーの視線。
普段の彼とは一段と違う真剣なその瞳に射抜かれて、流石の自分も震え上がる。
彼が本気だと言うのが受け取れて、言葉を失った自分は狼狽する。
それは、と自分が口を開こうとした瞬間、彼の腕が自分の頬に静かに手をつけた。

「貴女が今先程笑ったのは、俺の今の問い掛けに承諾したのと同じ事だ。
…何処まで貴女は愚かで居続けるつもりですか、主よ。」

流石に冗談だろうと、今度は一蹴する事は出来なかった。
憤怒して振るえる声色に気付くと、自分はもう何も言えなくなって俯く。
此処まで彼に激昂されるとは思わなかった。
けれども真面目で清らかな精神を持った彼だからこその当たり前の怒りなのだと直ぐに理解すれば、忽ち羞恥に追いやられ、非常に申し訳なくなった。

 …ごめんなさい。今度から更に気をつけます。

改めてしゅんとしながらそう誓う。
今度からは英雄王とは言えど、出来るだけならば抵抗する手段を身につけよう。
それでも駄目ならば蛇柄の何かを身につけよう、と決意を新たにする。
けれども彼は沈黙を貫いたまま、じっと此方を睨むように見下しているだけ。
流石にその視線と静寂の空気に耐えられなくなって自分は息苦しくなる。

「…例え従者であっても、今後は一切として信用しないで下さい。」

そうゆっくりと告げると、彼は頬においていた手を自分の額に移動させて、前髪を掻き揚げた。
何をされるのかと思い、一度びくりと怯えてしまうも、彼はそれに躊躇する事無くそっと顔を近づけてきた。
そのまま触れるだけの、けれどもきちんと感覚が分かる位の口付けを額に落とした。

「……俺にも、です。」

◆彼が何処か寂しげにそう告げた。

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