□単純さは一つの理想系
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「私、実は結構ワカメ…いえいえ、ご主人様のご学友って好きでもないけど嫌いでもないですよ。」

ほう。その心は如何に?

「なんていうか、アイツって自分の欲望に目下忠実に動いているじゃないですか。そういうね、突貫さっていうか。ガチ馬鹿いうか。
下種だけどそこだけはマジ尊敬ーみたいな?」

ぴょこぴょこと狐耳と尻尾を揺れ動かし、マイルームでひと時の会話を交わしていた我がサーヴァントがそう語りだした。
彼女の傍らには読み捨てられた雑誌が乱雑にちょこんと置かれている。
ちらとそちらに目配せをして、一体誰がこんなものを彼女に与えたんだろうかと考えながら、自分は再び語る彼女に耳を傾けた。

「つまる所はですね、奴ってシンプルなトコだけがいいんですよ、シンプルなトコ、だけ、が。
ああいうありのまま欲望を忠実にさらけ出して、でっかい事やってのけるのは最高だと思うんです。
そういうシンプルな事すら出来ない人って居るんですから。」

一歩、此方にずずいと近づいたキャスターは自分の頬に顔を触れ合わせる直前でぴたりと止まって眉を吊り上げた。
脈絡なく彼女に接近された自分は、その唐突に差に驚いてついつい後ろによろけてしまう。

「ですからね、ご主人様だってあんな風になってもいいと思うんです。
もっと欲望に忠実に、今以上に、ご主人様はご主人様らしさをさらけ出しちゃっても。あ、正直女たらしの部分を曝け出されても物凄くコイツどうしてくれようかって思ったりすることはあるんですけど、大いに。
でもそれもご主人様ですし。」

それに私は本妻ですから。と、そこだけは嫌に強調して、キャスターはぴっと人差し指を上に突き出す。
…少々声色が低かったのは多分勘違いだろうと思う。思いたい。

「どうせね、死んだ後であれしときゃよかった、これしときゃよかったって嘆いたところで遅いんですから、こうして生きてるうちに好きな事ばんばんやっとくのが勝ちだと思うんです。
食欲を前面に出すなり、真面目に人生生きるなり、遊び呆けて寝転がるなり。
それも人それぞれの人生ってなもんですから。」

やや口調は軽快では合っても、真っ直ぐに自分を見つめる視線。
その確かな真摯さに、一瞬どきりと胸が高鳴った。
心の奥底に突き刺さるものを覚えた気がして、ずきりと軋む。

するとその場でくるりと一回転したキャスターは、自分に背を向けてそのふわふわとした尻尾をゆらゆら動かす。

「ま、偉そうな事言ってますけどね。私も過去失敗した人間だから言うんですよ。
だから今こうして第二の人生を素敵に無敵に謳歌しているところなんです。」

ご主人様の良妻として。
やはり、そう付け加えることも忘れずに、キャスターは肩越しに此方を眺めてくる。

「だからねご主人様、貴方はもっともっと我侭を言ってもいいんです。
もっともっと欲望に忠実になって、自分のためにだけ生きていいんです。
私はどのようにご主人様が生きようが、決して貴方を見放す事もしませんし、貴方のお傍から離れる事も絶対しません。

…だから、恐かったら素直に逃げていいんですよ、ご主人様。」

いつになく優しい、彼女らしくあるのに彼女らしくはないその言葉に、心底自分は驚いた。その瞳の中に見えるのは僅かな揺らぎ。
彼女らしくはない珍しい動揺だった。
確かに彼女は優しく、何もかも自分を包み込んでくれる存在だが、こんなあからさまな逃げ場を用意してくれるのには少々違和感があった。

「なんて言っても、やっぱりご主人様には無理ですよねー。
私はそういうご主人様だからこそ好きになったんですし、そういうご主人様だからこそ、私のご主人様なんですもんねーっ。」

きゃはっ、とぴょんっとその場で跳ねた彼女は声をオクターブ高くして、普段どおりの屈託のない可愛らしい笑みを見せる。
キャスターは耳をぴんと張らせて改めて此方に身を寄せてくる。
けれど、その尻尾はやはり何処か元気がなかった。

「…不思議ですよね、最初は私とご主人様の愛の為に頑張っていくぞーなんて粋がってたのに、途中から幸せすぎてそれもどうでもよくなってっちゃうんですよ。」

両手で自分の腕を抱き寄せて、キャスターは心底満足気に、そして嬉しげに表情を緩ませる。

「シンプルですよね、私こそが。あ、もしかしたら単純って言うのかも。
それはきっと、ご主人様の愛がとっても温かくて嬉しくて、だからこんな風になっちゃったのかもしれませんね。私。」

笑みを費やさずに、何故か声だけを僅かに掠れさせるキャスターに、自分は唇を開いた。
…逃げ出したいのは、もしかしたら寧ろ。
そう口にしかけて、自分はふと黙り込んだ。
もし口にしても、どうせ彼女はもしかしたらすぐにおどけて自分でそれを覆い隠してしまうに違いない。
そうすると、一瞬の内に彼女は此方を心配させまいと自身の本心を仕舞いこんでしまうだろうということが直ぐに予測できた。
このような穏かな彼女の本音を垣間見る事が出来なくなってしまうのは、とても惜しい。

だから、あえて何も言わずに彼女の腕に自分の手を静かに乗せた。
するとキャスターは此方の手にも伝わるほどに身体を強張らせていたが、直ぐに肩に頭を乗せてくる。

「ご主人様、絶対に勝ちましょうね。私、負けたりなんて絶対にしませんから。絶対に。」

そう告げるキャスターの声色は普段よりもやや低く、自分の腕を掴む手にも力が込められていた。

◆シンプルラブ


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