□未知との遭遇
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出遭った瞬間に、この人はまずいと直感が告げていた。
相手は別に知り合いでもなんでもない。ただのその辺りですれ違っただけのNPCのはずで、特に此方に殺気を向けられた覚えはない。
だがしかし、彼女の隣をすれ違ったその瞬間に、得体の知れない悪寒が背筋を走った。
全身が凍り付いて足が動かなくなったのと同時、瞬時に彼女に向けて視線を投げる。
こんな素早い行動が出来たのも、聖杯戦争を生き抜く中で多少なりとも勘が研ぎ澄まされたおかげだ。

振り返ればそこには黒い女性用スーツを身に付け、パリッとした格好をする眼鏡の女性が直立不動で此方を眺めていた。
眼鏡の奥の瞳は妖しく、据わった目付きで此方を捉えている。さながらそれは獲物を捕捉した捕食者のもの。
やはり感じた悪寒は決して自意識過剰などではなく、本物だったと自分は思わずごくりと唾を飲んだ。
だが、ふと彼女の眼差しが向けられている先を良く辿って一瞬気がそがれる。
彼女の瞳は真っ直ぐに自分の手の中、もとい、その中にあるカレーパンのみに向けられていたのだから。

自分の持っているそのカレーパンは売店で一日特別販売として売られていたものであった。
特に何の変哲もないそのカレーパンはやきそばパン同様にごくごく普通に売れていて、売り切れにもなっておらず、味も何処にでもあるものとなんらか割などはない。ないはず、なのだが……

もし目の前の彼女がただカレーパンを眺めているのならば、なんだで済ます事ができただろう。
だがしかし、その目。そのたかがカレーパンを見るにしては血走ったその目付きがどうしても只ならぬ雰囲気を醸し出していた。
先に言っておくが、決してこのカレーパンには何の細工もしていない。
なのにさてはこのカレーパンに何か細工でも施されているのか。あるいはまるでコレが爆弾かなのかと見紛うほどの神妙さであった。

「…カレー……」

……何故か、死を覚悟した。
ぼそりと呟いたその一声が、まるで悪魔かなにかのような呻き声に近しくて身を凍て付かせる。
じりと後退りをすれば、目を見開いた女性が一歩素早く此方に歩み寄った。
…試しにもう一歩、相手の眼を見つつ先程下げた足とは反対の足を下げる。が、やはり彼女も同様にもう片方の足を踏み出してきた。
よく熊に出会ったら目を離さずに静かに後退りをしろと言う定番の危険回避方法を聴いたことがあるが、相手が人間の場合はやはり、通用しないらしい。というか、こういう如何にも危険な雰囲気を醸し出す相手に出会った場合の回避方法は一体どうすればいいのやら。
しかもただ危険という訳ではない。自分が渡り合ってきた敵達とはまた違う危険を背負った相手であるならば……
そう考えつつ、さり気無く自分の身体は本能に従い彼女から離れようとまたもう一歩下がった。
相手は呼吸を合わせるように、今度はこちらの気配を読み取りほぼ同時に踏み出してきた。
……間違いない。
完全に相手は此方に距離を詰めてこようとしている。
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