□未知との遭遇
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「いやー、すみません。
決して貴方から奪うとかそういったつもりは…ただ少し、目の前に好物が突然ふっと現れたものですから、これはどうしても捕えないとならないなーって思いましてついうっかり体がですね……えへっ。」

そういったつもりがない人が全力疾走で此方を追い回し、挙句の果てにはドロップキックまでかけてくるものだろうか。
更にはくの字に曲がった背中に飛びついて、その上に馬乗りになるなんてことが有り得るのだろうか。
眼前で飄々とした様子であっけらかんと笑う女性に、自分は未だに背中にじくじくと残る痛みを堪えつつじとっと見つめた。
こちらの批判めいた瞳に気づいたのか否か、彼女は気まずそうに顔を背けてはごほんと咳払いをする。

「え、ええと。その、あ、ありがとう御座います。とても美味しかったですよ、コレ。」

引き攣った顔でがさがさと空になったカレーパンの袋を見せて、彼女はにこやかに感謝してみせる。
さり気無く話をそらす彼女に未だに疑念は消えなかったが、愛想でそれはどうも。と一応頭を下げてみた。
とは言えど、あくまでも頷くようにして首だけを下げるのみだ。
正直背中を少し丸めるだけで背骨が軋んで痛みを訴える為大きな行動には出れなかった。女性とは言えども凄い攻撃力に改めて感心すると同時に身を震わせた。
すると漸く会話が成り立った事に安堵したのか、彼女はおほんと咳払いを一つして向き直る。

「先程は本当に急な暴挙に打って出てしまい、尚且つはしたない真似をしてしまい本当にすみませんでした。
更に何処のどなたとも知れぬ貴方にこの様な理不尽な暴力を…。ごめんなさい。背中、痛かったでしょう?
ああ、本当にすみませんね。
あの…お詫びという訳ではないのですが、変わりに貴方に何か一つ、ささやかなお返しをしたいと思うのですが…。」

途端に貞淑に雰囲気を変えた彼女に、思わず自分は驚いた。
何せ先程まで一心不乱にカレーパンに喰らいついていたとは思えない真剣な顔つき。
そして物腰柔らかな丁重な姿に、少しばかり面食らった。
恐らくは此方が本来の彼女のあるべき姿なのかもしれない、と見直すも、確りとその手にカレーパン等もう跡形も残っていない袋を抱えている当たり、未だに疑念は拭えない。先程の奇行はよほど自分の中に彼女への警戒心を植え付けたようだった。
だがしかし、彼女に対しての近寄りがたさが失われないのはきっとそれだけではない。
何と言うか、この女性に関わってはいけないと本能が叫び、脳内に警報が鳴り響いていたのだ。

「……やっぱり、赦してはもらえませんか……そうですよね、いきなりこんな暴力的なことをした女を信用するなんて、普通では考えられませんよね…ほ、本当に、ごめん……なさい。…ごめんなさい。」

すると、此方の態度が変わらぬ様子を感じ取った彼女は、途端に語句を弱弱しくした。
しゅんと肩を落として目を伏せる女性は、口元をそっと手で覆う。
眉尻を下げて寂しさを漂わせるその姿に、それは反則だ。と内心ぐっと言葉を詰まらせた。
先程まであんなに破天荒な振る舞いをしていたくせに、突然のこんなしおらしさ。

…いや騙されるな。相手はカレーパンを持っていただけで、ただ好物が目の前をちらついただけで、人格が変わるほどの人物なのだ。
それを証明するように、忘れそうになる背中の痛みが自分を我に返らせた。彼女が植え付けた恐怖は未だに自分の中に根付いている。
ゆえに、やはりまだ胡乱気に彼女を見るしか出来ない。

その瞳の端には輝く雫。それがつうっと頬を伝って流れ落ちたその瞬間、

……やっぱり折れたのは結局自分だった。

「ええ、許してくれますか!?そうですよね、そうだと思いました。貴方ってそういう優しい人だと一目見た瞬間に分かりましたよ。
…まあ、なんとなーく誰にも彼にも優しすぎて女性関係では勘違いさせては命の危機にさらされそうな気もしますが…あら、何故でしょう。貴方の背後に眼鏡の男性が見えます。」

頬の涙をぐいっと手の甲で拭うと清々しく彼女は胸をどんと叩く。
けろっとした彼女は訳のわからないことを此方にぺらぺらと饒舌に語り、自分は口を開いて呆気にとられる。
というか、ほんの僅か前まで彼女は泣いていたような記憶があったのだが…と、改めて彼女の顔をじっと覗き込むも、目尻には雫の一粒も流れておらず、そればかりか鼻も赤くなっていなければ目元も全く赤くなっていない。
まるで最初から全く涙など流した覚えなどないような……

気のせいか、この彼女の強引さと言うか、相手に有無を言わせない姑息な手段を使う部分は、とある狐様を彷彿とさせる。

「あ。申し遅れました。私、知恵留と申します。どうぞ、親しみを込めて“シエル”と御呼びくださいね。」

遅い自己紹介をした後に、彼女はにっこり笑って手を差し伸べてくる。
その柔らかではきはきとした繊細な声音も在ってか、その目を細めた表情があまりにも慈悲に満ちていて優しく見え、思わず自分は息を呑んだ。
初対面の魔物のような彼女の恐ろしさしか印象がなかったのだが、こうして改めて彼女の姿を目の当たりにすると、とても見目麗しい風貌をしているということが発覚して目を奪われた。
良く見れば何処となく外見に比べて落ち着いたその振る舞いは、大人っぽさを窺わせるし、こうして見るとまるで淑女だ。
ふとぼんやり彼女を眺めていたが、その内自然と頬が熱くなり、ぱっと目線を逸らしてしまった。
けれど、不自然にならないようにと自分も彼女に名前を伝えると、わかりました。と彼女は優しく笑ってくれた。

「では、今後貴方が何かお困りの時はその悩みを解決し、いの一番に駆けつけて貴方を如何なる災厄からも守りましょう。なにせカレーの恩です。特に、何処かのバーサーカーからは、必ず、 必ず 貴方を御守する事を誓いますよ。…ふふ。」

……なんだか、その笑みに若干の自分ではない誰かに向けられた悪意が込められていたのは気のせいか。

因みに、部屋に戻ると「先ずは金的、次も金的」とぶつぶつ言いながら新たな技を磨く自らのサーヴァントに恐怖を抱いたのはまた別の話である。

◆一夫多妻去勢拳完成まで後少し
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